聖なる死の塔

神戸にある聖マリア女子学園は、小学校から高校まで12年間一貫した教育をする名門校であった。校舎の隅にはひときわ高い鐘楼があり、鐘楼は通称塔と呼ばれて丘の上の塔の女子校として名前が知られていた。
敷地内には塔のある校舎のほかに修道院や寄宿舎もあり、自宅通学できない生徒は寄宿舎で生活することになっていた。
3月30日朝、春休みの最中に学園の教師でありシスターでもある川辺恵子の死体が塔の真下で発見された。恵子は塔の上から落ちたらしく、事故か自殺と考えられた。というのは、鐘楼へ出入りできる唯一のドアに鍵が掛っており、その鍵は恵子の死体の服のポケットにあったからだ。
ほかにも鍵は2つあるが、その所在は確認されていて第三者が突き落とすことはできないと考えられたからだ。

この2日後、恵子の同級生で現在は東京でフリーライターをしている高梨洋子のところに恵子からの手紙が配達された。
手紙の消印は3月31日、その内容は「過去に重大な間違いを犯し、ずっと罪の意識に苛まれていたが、また事件が引き起こされた。一度相談したいので、4月11日の同窓会にきてくれないか」というものだった。
聖マリア女子学園在学当時は大の親友だったが、恵子は修道院に洋子は東京にとわかれて以来、音信は途絶えがちだったが、洋子は恵子の死と手紙に驚いて聖マリア女子学園に向かった。
聖マリア女子学園の園長は恵子と洋子の担任だったシスター中山紀子。紀子は洋子に恵子からの手紙を見せられ、洋子の頼みもあって洋子を暫く寄宿舎に泊めることにした。
聖マリア女子学園では最近黒い聖母の噂がでていた。黒い聖母とは夜中に寄宿舎内を歩き回る幽霊で、洋子の在学中にも噂があった。噂は代々受け継がれるらしく、10年に一度くらい見たという話が広まるのだった。
最近でも何人かの生徒が黒い聖母を見たと言っていた。さらに1月、2月、3月と動物が殺される事件が立て続けに起きていた。1月には犬、2月には兎、3月には猫が腹を切り裂かれて殺されていたのだ。
紀子学園長も立て続く不吉な事件や噂に神経を尖らせていたのだった。洋子は洋子で恵子の死は他殺ではないかと考えていた。そして寄宿舎に泊り込んで学園内で捜査を始めるが…

島田荘司と新本格作家のメインページにもどる
Mystery Collection Mainへもどる


Last modified -