月に吠えろ!

副題は萩原朔太郎の事件簿。朔太郎が探偵役で室生犀星や山村暮鳥、北原白秋などが登場の連作短篇集。
死者からの手紙
大河内明子の兄の中林久作は作家であった。明子の夫の匡が担当の編集者である。だが、久作は捜索のために滞在していた二上山で、足を滑らせて転落死してしまった。
暫くして明子のもとに死んだはずの久作から手紙が届いた。手紙は確かに久作の筆跡であり、明子を天上に誘うような文言が書かれていた。しかも墓参りに行ったことなど、誰も知らないはずの明子の行動にまで言及されていたのだ。
気味悪くなった明子は夫の匡に相談するが、匡は明子の妄想で、無意識に筆を走らせているとのだと言わんばかり。精神的に参った明子は、同じマンドリン教室に通う朔太郎に相談してみたが…

閉じた空
小石川で行われた青年実業家津田龍二朗による気球搭乗会会場。開口一番、津田氏のあいさつの後、津田氏自身が気球に乗ってのデモンストレーションが行われた。
津田氏独りが乗った気球はぐんぐん高度を上げていったが、突然気球からピストルの音が2発響いて来た。慌てて気球を降ろしたが、気球の中では津田氏がピストルで射殺されていた。だが、気球の中には誰もおらず、飛び立ったときも津田氏以外は乗っていなかったのは間違いない。
では津田氏は自殺したのだろうか。だが聞こえてくるのは津田氏は自殺する理由もなければ、自殺するような人でもないという声ばかり…

消えた夢二の絵
竹久夢二が浅草に出店した絵草紙屋は、若い女性を中心に大層な人気だった。朔太郎も同人の詩人たちや北原白秋らとともに遊びに行った。それが契機になり朔太郎のとこに夢二の店の開店一周年記念パーティの招待状が送られて来た。
朔太郎たちが招待状を持って夢二の店に行くと、店が何だか慌ただしい。夢二の妻の多万喜によると、店にあった夏姿という夢二の作品が消えてしまったという。その作品は昨夜、店を閉めた後も店内にあるのが外から目撃されている。通りかかった女流文芸家が戸の隙間から覗いたときに、確かに店にあったのだ。
店の鍵は夢二だけが所持し、人が出入りできるような窓もない。あるのは小さな覗き窓だけだ。絵の大きさからいっても覗き窓から外に出すこともできない。絵はどこに消えたのだろうか…

目の前で消えた恋人
ヤクザの娘の響子は、上野の松坂屋百貨店の5階で、坂圭一の姿を見た。坂圭一は役者で響子の恋人であった。坂はちょうどエレベーターに乗り込み、ドアが閉まる寸前だった。
響子はすぐわきの階段を駆け下りた。エレベーターの速度からいって追いつけるのは3階だった。響子が3階に着いたとき、エレベーターも同時についてドアが開いた。だが中には誰も乗っていなかった。
すると坂圭一は4階で降りたのか。否であった。響子も坂圭一が4階で降りたと思い、すぐに取って返すように4階に行ったが、そこのエレベーターの前には老夫婦がいたのだ。老夫婦はずっとエレベーターを待っており、4階には停まらなかったと証言した。坂圭一はエレベーターから消失してしまったのだ。

ひとつの石
朔太郎が神谷バーで知り合った洋画家河明が、自宅の庭で殴られて死んだ。凶器は石だった。そのことを朔太郎に知らせに来たのは、明の妹の河セツだったが、セツは犯人は山井尊だと断定した。
明は山井の事業に出資したが、その出資がはじめから明を騙すもので、それが動機だというのだ。だが山井にはアリバイがあった。死亡推定時刻の夜10時、山井は犯行現場から30分はかかる陶山という人物の部屋に顔を出したのだ。
そのころ陶山の家ではマージャン大会が開かれていた。だから山井のアリバイ証人は、陶山を含めて4人だった。4人が4人とも陶山の部屋の時計で山井が来た時刻を確認し、それは夜10時に間違いないと証言した。だが朔太郎は、あくまで山井犯人説に拘った。

怪盗対名探偵
新たに朔太郎たちの同人になった若い女性上嶋由嘉里の父親で、一代で財をなした上嶋信吉氏が友人の南田智康氏から星の翼というガラス製の壺を預かったのだ。時価一千万円という高価なものだった。
ところが信吉氏のところに、怪盗Xと署名された犯行予告状が届いた。内容はもちろん星の翼を奪い取るというものだ。そこで信吉氏は警視庁に相談し、敏腕と名高い柳警部が警備のために派遣されて来た。
星の翼は鍵をかけた一室に保管され、その鍵は1つだけ、それは常に上嶋氏が身につけていた。部屋や屋敷の内外には警備の警官も配置された。だが、それだけの警備をしたにも関わらず、星の翼は部屋の中から消えてしまった。

謎の英国人
日本に来て養蜂を営む英国人エルロック・ショルメス氏が、友人の菊池寛を訪ねたときのこと。2人のほかに偶然にやって来た室生犀星とともにビールを酌み交わしていると、荒々しい足音が聞こえて来た。泥棒が侵入したのだ。
一同が飛び出すと、その泥棒はショルメス氏の女中本橋ヒトエだった。ヒトエは老女とは思えぬ速さで菊池邸を飛び出し、すぐ近くのショルメス氏の邸に逃げ込んだ。菊池と室生の2人も追いかけた。
ヒトエは屋敷の中に飛び込むと2階に駆け上がり、ある部屋の中に飛び込んだ。少し遅れて菊池と室生がその部屋に入ったが、そこには確かにいるはずのヒトエはおろか誰の姿もなかったのだった。


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