神の子の密室

ユダヤの町エルサレムは、まもなく迎える過越の祭りを前に賑わいを増しつつあった。そんなエルサレムでいま一つ人々の噂にのぼっているのは、イエスと呼ばれる男のことだった。
3年ほど前に布教活動をはじめたイエスは、傲慢とも思える神の一人子を名乗り、神に愛されていると説き、多くの弟子を持ち信者を増やしていた。
その活動範囲は広範にわたり、それとともにその評判は著しく相反するもの、つまり盲目的に信じるものと真っ向から問答無用でひていするものが入り混じり、さらに誇張され尾ひれがつき、今やどの情報が正しいのかまったくわからなくなっていた。
そのイエスが間もなくエルサレムにやってくるというので、町中の評判になっていた。信じる者は熱狂的になり、否定するものは憎々しさを隠そうともしなかった。
そのようなときにエルサレムを訪れたエジプト通商隊の一員の一人が、イエスの話を聞き興味を持って友人や町中のさまざまな人たちにイエスの話を聞く。
その結果イエスは人々から商売の理解者、手品師、詐欺師、臆病者、医者、貧民の指導者、禁欲家、詩人、東方思想の伝達者、革命家、革命の裏切り者、弱者の味方、誇大妄想狂、悪霊に憑かれた者等々、実に多くの評価がされていた。
ところが外国人の一団であるエジプト通商隊は、祭りでの喧騒と混乱を嫌いイエスが来る直前にエルサレムから引き上げる。そのためにイエスのことを聞き調べ、さらに興味を深くした一隊員も、イエスに会うことができなかった。

その隊員が次にエルサレムを訪れたとき、そこには衝撃的な事実が待っていた。イエスはエルサレムに入ったあと、ユダヤの民の告発により逮捕され、ゴルゴダの丘で十字架刑により処刑されたという。
処刑されたのは金曜日であったが、処刑後十字架から降ろされたイエスの体は、洞窟に入れられた。このこと自体は安息日の関係から行われることで不思議ではない。不思議なのは処刑が金曜日に行われたことだ。
十字架刑に処せられた死刑囚はすぐには死なず、しばらく生きているという。したがって処刑が行われるのは月曜日で、安息日に入る金曜日の日没前に十字架から降ろされて死体置場に積まれる。
それが今回イエスの処刑は金曜に行われ、十字架にあること数時間で降ろされて死体置場に積まれたのだ。おそらく、その時点ではイエスは生きていたと思われる。
生きたままのイエスの体が置かれた死体置場の洞窟は、外から鍵がかけられて見張りが置かれた。その洞窟の扉が開かれるのは一週間後である。そして次の金曜に扉が開かれたとき、イエスの体は消えていた。
これがイエスの復活として伝わり、またまた大評判となってさらに信者を増やし、ユダヤ民や為政者であるローマ人は苦虫を噛み潰していた。
イエスの復活…信じるかどうかはともかくとして、その体が消えたのは事実である。外国人である一隊員は、その話を聞いてさらにイエスに興味を抱き、エルサレムの町に飛び出していった…

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