ネヌウェンラーの密室

エジプト、ルクソールの王家の谷北西部の未発掘ゾーンでは、日本を含めて9ヶ国の調査隊がエジプト政府から割り振られた地区で発掘調査をしていた。
王家の谷では昨年の発掘シーズンの後半に、大量の遺跡が見つかったためか、今年の発掘シーズンは各国の競争もかなり熾烈であった。
日本からは鷹岡大学の調査隊を中心に、いくつかの大学も調査隊に参加しており、情報文化大学の一行もそのひとつであった。
情報文化大学は鷹岡大学に比べれば数ランク下で、予算も少なく、鷹岡大学の情けで参加しているようなものだったが、情報文化大学の考古学教授漆原安雄教授にしてみれば、そのこと自体が不満の種だった。
加えて漆原は鷹岡大学の葦沢教授の猛烈なライバル意識を持っていたし、また2人は人間性の面でも合わなかった。後にわかったことだが2人の間には、過去に女性を巡るトラブルもあったようだ。
そして情報文化大学の一行に加わったのが、週刊誌の記者で鷹岡大学の調査隊の取材に行く新自敏之。新自は漆原教授の助手の一人宮地玲香の知り合いで、ルクソールに向う飛行機で偶然出会い、情報文化大学一行と行動を共にすることにしたのだった。

王家の谷について情報文化大学の一行はさっそく割り当てられた地域で発掘を始めた。オベリスクといわれる大きな柱をどけてみると、なんとその下から手付かずの王墓が見つかった。
王墓はおそらく第17王朝のネクエンラー王のもので、この発見はツタンカーメン王墓に匹敵する大発見だった。この発見を巡って情報文化大学と鷹岡大学のあいだで、ちょっとした諍いがあったが、とりあえず王墓の入口周辺の土砂を取り除くことにした。
土砂をある程度除けて、王墓に中には入れるようになったが、カイロに出張中の鷹岡大学の葦沢教授が戻ってきて調査の方針を立てることになり、ライバル心を燃やす漆原教授は苦虫を噛み潰したようになった。
さらに日本人の子供が行方不明となり、王墓の中に入り込んだように思われた。女の子は現地で取材している漫画家の梓美紀の年の離れた妹だった。
梓美紀は取材を兼ねてルクソールに滞在しており、発掘現場にも出入りしていた。美紀は情報文化大学調査隊のスポンサーの一人でもあり、調査隊側からは文句が言えなかった。
この日も調査隊の一人と鬼ごっこをしているうちに、一人で王墓の中に入ったようだった。一行は子供を捜す目的で特別許可をもらい未発掘の王墓へと侵入する。
ところがそこはとんでもない世界だった。一行は王墓の中に閉じ込められてしまい、さらにその閉ざされた空間で次々とメンバーが殺されていくのであった。
そして墓の主ネクエンラー王も棺の中で剣を深く刺されて死んでいた。すでにミイラになっていたが王が4000年前に王墓の密室で刺し殺されたのは間違いのない事実であった…
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