恋霊館事件

阪神淡路大震災は多くの人々の人生を狂わせたが、神戸の私立探偵有希真一と占い師雪御所圭子もそのなかのひとりだった。震災から以降も神戸を舞台に、苦悩しながらも不可能犯罪の謎に挑む有希と圭子の2人。
仮設の街の幽霊
阪神大震災後に設けられた眺星台仮設住宅ので一人の女性が自殺した。和箪笥の取ってにタオルをかけて首を吊ったのだ。
その女性、湊康映は震災後に夫と別居して離婚話が進み、一方同じ仮設住宅に住む大堀克伸という中年男から言い寄られ、みだらな行為に及ばれることもあったらしい。
康映の部屋には遺書もあって、それらのことが綴られており、人生を悲観して死に及んだものらしい。その事件以来、仮設住宅には康映の幽霊が出るという噂がしきりだった。
夜中に石の地蔵尊が動いたり、人魂が出たり、康映の部屋からすすり泣きが聞こえたり、住宅の裏の林の中に幽霊のような女が現れたりした。
そして事件が起きた。大堀が死んだのだ。大堀は後頭部を鈍器で殴られて殺されたのだが、その後ろにも前にも目撃者がいた。それら目撃者の前で大堀は突然倒れて死んだのだ。まさに康映の幽霊が殺したように…

紙の家
震災後に作られたユニークな仮設住宅は、ほとんど紙でできていた。被害を受けた住宅が撤去されて更地にされて上にまずビールケースが並べられ、重しとして土嚢が詰め込まれた。
その四方に板がはめ込まれ、直径11センチ、長さ2メートル、厚さ4ミリの再生紙でできた紙製の管、大きなトイレットペーパーの芯のような管が並べられた。その上にベニヤ板が敷かれる。これが床だった。
さらに周囲の板には櫛のように刻み目が入っており、そこに紙製の管が差しこまれる。これが壁になった。壁の一部には大きな隙間が作られ、ここがドアと窓になった。窓はガラスではなく板戸である。
壁の管には鉄筋が入れられ固定され、四隅から突き出た鉄筋が固定される。さらにその上にキャッバスで内と外を張られた山型の屋根が載せられた。つまり紙製の仮設住宅だった。紙はもちろん防水加工されていた。
非常に頼りないが公園のテントなどよりは格段に快適であり、安価で工期も2人ほどで済みプライバシーも守られた。この仮設住宅が完成し、住人の牧野弘至が入ったが、その最初の夜に死んだ。
ドアのノブに首を吊ったのだ。仮設の紙の家とはいえドアにも窓にも鍵が内側かかり、現場は密室だった。警察は自殺と断定したが…

四本脚の魔物
大学教授柏場雅思は神戸の山の手の屋敷町に広壮な住宅を構えていた。その書斎で雅思の叫び声がし、妻とお手伝いが駆けつけたがドアは中から鍵がかかって開かない。
雅思は書斎にいるときはドアも窓も内側から鍵をかけるのが習慣だった。そこにちょうど長男の中学生とその家庭教師が来合わせた。家庭教師と妻は書斎のベランダに回り窓を破って書斎に入った。
雅思は床に倒れて既に絶命していた。雅思の死因は心臓発作によるものだったが、その背中には鉄の棒が突き立っていた。
鉄の棒はかなり古いものらしく本来の用途はよくわからないが、雅思の背中に3ミリほど突き刺さっていた。その程度では雅思を死に至らしめることなどできず、せいぜい少し深い傷を負わせるのが関の山だという。
むしろ背中に受けた棒によるショックで、心臓が弱かった雅思が発作を起こして死んだというのが真相らしい。そして雅思の側には呪われた椅子があった。この椅子はガドガンの椅子と呼ばれ、それに座った人間は必ず死ぬと言い伝えられた曰くつきのものだった。
雅思は市内の骨董店からその椅子を買ったのだが、言い伝えや迷信など頭から馬鹿にしてとりあわず、平気で書斎の椅子として使っていたという。やはり雅思も椅子の呪いで死んだのだろうか…

ヒエロニムスの罠
喫茶店を経営する古葉悠輝子から友人の若本夏樹に電話があったのは夜遅くだった。電話はただ一言「助けて」と言っただけで切れた。
夏樹は悠輝子も恋人である安道敦司にも電話で知らせ、悠輝子のマンションに向かった。悠輝子の喫茶店は住んでいるマンションの地下にあった。
地下というよりは正確には半地下というべきで、夏樹は悠輝子が部屋にいなかったために喫茶店に向かった。すると喫茶店のドアの下からは水が流れ出しており、すでにドアの前の半地下状の床には30センチの水がたまっていた。そこに敦司も駆けつけてきた。
2人でドアを開けようとするが、鍵でもかかっているのかドアは開かない。そこで敦司がドライバーを調達してきてドアノブを壊して2人は中に入った。
シンクの水道が開けられてシンクからは水があふれ出し、それが床を水浸しにし、さらに外にまで溢れていた。その水の中に悠輝子の死体があった。悠輝子はナイフで刺されて殺されており、凶器のナイフも水の中から発見された。

しばらくして悠輝子を殺したと言って緒沢香澄という女が出頭してきた。だがその香澄の話は異様だった。香澄は安道敦司の元恋人で、敦司を悠輝子に奪われたといって憎んでいた。ある雑誌でアメリカの異端の科学者ヒエロニムス博士が発明したヒエロニムス・マシンというのを販売しているのを見てすぐに購入した。
ヒエロニムス・マシンとは日本語では遠隔害虫駆除機と呼ばれ、対象の標本や写真をその機会にかけると指一本触れることなく遠くから害虫を殺せる機能を持つという。
しかもそれが人間にも効果があることは公然の秘密だった。ヒエロニムス・マシンを購入した香澄は、まず悠輝子のマンションのベランダにいるカナリアを密かに写真に撮って実験してみた。するとカナリアは死んだ。ヒエロニムス・マシンの効果が証明されたのだ。
次に香澄は悠輝子の写真を盗みとってヒエロニムス・マシンにかけた。それが今回の悠輝子の死の原因だというのだ。さすがに警察でもこんな証言は受け入れられず香澄は放免されたが、その話を聞いた雪御所圭子は香澄の話は信じるべきだという…

恋霊館事件
写真館を経営する松尾敬介は、休日になると神戸市内の洋館を写真に撮りあるいていた。ある日、有馬の山中に恋霊館という洋館があることを知り、人に尋ねながら訪れた。
恋霊館はかつて英国人貿易商のヘンリー・カートが妻と娘とともに住んでいたが、サディストでもあったヘンリーが娘の結婚を巡ってトラブルになり、妻と娘を殺し自分も自殺した。それ以来恋霊館は空屋敷となり、今に至っているという。
その呪われた館にやって来た敬介は、その館が高津伸伍の管理下にあることを知った。高津伸伍は不動産屋で、敬介の写真館も高津から借りていた。
高津は陰険な男で無許可で撮影をすれば何を言われるかわからないから、一旦引き揚げて許可を取って撮影することにした。撮影の許可は得ることができ、当日は高津の妻の悠子が立ち会った。
2人で恋霊館に行ったが、あろうことかその日から2人は不倫の関係に陥った。2人の不倫の場はいつも恋霊館であった。1995年1月17日、阪神大震災が起こったときも2人は恋霊館にいた。
地震の少し前に敬介が現場を去り、神戸の街中に戻る途中に激震が襲った。震災を境に2人は連絡を取らなくなったが、半年ほどして連絡を取り合うようになった。
やがて2人は恋霊館で再会した。その帰り道、敬介が神戸に戻る途中にかなり大きな余震が来た。悠子のことを心配した敬介が恋霊館に戻ると、なんと恋霊館はきれいに消えており、更地が広がっていた。しかも悠子もそこにはいなかった。悠子は十数分の間に古い洋館とともにこの世から消失してしまったのであった…。

仮設の街の犯罪
仮設の街の幽霊解決編。バッティングセンターで知り合った東條貞良が眺星台仮設住宅の世話人であったことを知った有希は、幽霊事件を解決する為に雪御所圭子とともに仮設住宅に向った。


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