名探偵はもういない

木岬研吾は犯罪学者である、といえば聞こえはいいが、その実、彼は仕事らしい仕事もせずに、日々、探偵小説を読んだり、動植物から毒物を抽出する研究をしたり、金庫の破り方だの、密室の作り方だの、といった、およそ世のため人のためになりそうもないことに精力を使っていた。
そんなことをしていても木岬が何不自由なく暮らせたのは、祖父の代からの遺産があるからであった。そして年に一度、なかば自費出版の形で売れない研究書を出して、親戚筋の冷ややかな視線を辛うじてそらしていた。
その研究書も「法律に触れずに手に入れられる毒物」とか「日本全国完全犯罪リスト」とかいうものだから、すぐに発禁処分になり、昨年の「密室の作り方」は出版前に出版社が辞退して、日の目をみないほどだった。
この最新作になるはずだった「密室の作り方」は、実際は国内で使われている鍵の90%の鍵の仕組みを紹介し、あらゆる鍵の開け方や外部からの施錠の仕方を書いたものだった。
当然に木岬は警察からも要注意人物としてマークされ、一族からは冷たい目で見られ、実家にもいづらくなって、ここ数ヶ月はほとんど旅行に出ていた。そんな木岬の唯一の理解者が、小学4年生の義弟の敬二だった。

敬二は木岬に心酔し、その夢は犯罪者になることだった。そして春休みには両親から許しを貰って、木岬の旅に同行した。そして木岬と敬二は春まだ浅い栃木県北部の道を次郎峠に向って走っていた。
次郎峠への道路はスカイラインと地図にも満足に載っていない旧道の2本があるが、木岬たちが走ったのは旧道の方である。やがてあたりが暗くなり、猛吹雪となった。
吹雪の中を何とか走り続けたが、峠で雪崩があり、木岬たちはもと来た道に引き返せなくなった。そして木岬たちがたどり着いたのはすずかけというの名の山奥にあるペンション。
ところがそのペンションは満員だった。季節はずれのこの季節に、まともな道路からも遠いペンションが満員であることとは意外だったが、どこにも行けず泊まるところもない木岬たちは何とか泊めてもらう事にする。
しかしペンションの客は双子の姉妹、得体の知れない男が2人、木岬同様に吹雪で道に迷った外国人、そして女王然として振舞う中年女と、皆一癖ありそうな人間ばかりだし、フロントの初老の男は紋付は折り姿だし、知能が未発達の大男の下男など、ペンションのスタッフもまともではなかった。
そして雪が降り積もった翌朝、ペンションすずかけに連続怪死事件が起きた。誰からも嫌われていた女王然として中年女が自室で締め殺されたのだった。
島田荘司と新本格作家のメインページにもどる
Mystery Collection Mainへもどる


Last modified -