縛り首の塔の館

20世紀初頭、パリの予審判事シャルル・ベルトランが密室、足跡のない殺人、瞬間移動など不可能犯罪の数々に挑戦。
縛り首の塔の館
この地方の名士ヘンリー・グッドフェローズは、祖先と同じように政治に関わり、保守派の領袖として信頼を集めていたが、妻を亡くし自らも悪性カリエスに冒されて、今では車椅子によらなければならなかった。
子供がなかったために甥のシドニー・バレット青年がグッドフェローズの日常を見ていた。2年ほど前にフランソワ・マノリクスという心霊術師が、この地方にある縛り首の塔の館を購入して移り住んできた。
心霊術などというものはグッドフェローズにとっては虫酸の走る代物で、以来2人の間には険悪な関係が続いた。ついに我慢できなくなったマノリクスがグッドフェローズに挑戦をした。自分が霊体となって30マイル離れた屋敷のグッドフェローズを襲うというのだ。そして、その挑戦が行われた。
縛り首の塔の館の逆L字型の部屋にマノリクスは甲冑を着せられ、その上からロープで椅子に縛られて監禁される。部屋には3つのドアがあるが、直接表に出る2つのドアは施錠され、唯一の鍵は使用人に預けられた。
家の中へのただ一つのドアは外から施錠され、ドアの前の部屋には4人の男がいる。しかも4人は交代で常時ドアの上の覗き窓から、椅子に甲冑姿で縛られたマノリクスを監視する。
そして交代のつど声を掛け、返事を聞くのだ。グッドフェローズに傷を付ける短剣はダイアルのついた手提げ金庫に入れられ、鍵は男Aが預かり、ダイアルの設定は男Bが行う。
この状況で2時間半、その間にマリノクスは霊体になってグッドフェローズを襲うというのだ。2時間半の間、部屋の中の甲冑姿に動きはなく、返事もした。だが、時間が来てロープを解き甲冑を外すとマリノクスは死んでいた。
心臓を22口径の銃で撃たれていたのだ。一方、グッドフェローズの方も自宅で殺されていた。凶器は金庫に入っていたはずの短剣で、めった刺しにされていた。
金庫を開いてみると、そこにはグッドフェローズの血痕のついた短剣があった。そしてグッドフェローズの手にはマリノクスを撃った22口径の拳銃が握られていた。
つまりマリノクスは霊体となって30マイル離れたところにいるグッドフェローズを襲いに行き、瀕死のグッドフェローズに霊体を拳銃で撃たれ、その銃弾が30マイルを飛んで衆人環視の状況下のマリノクスの胸部に喰い込んだというのだった。

人狼の影
5月3日、独身のピアノ教師で28歳のジョセフィーヌ・ランドルが自宅を出たまま行方不明となり、一週間後に全裸死体で発見された。体中に無数の傷跡があり、致命傷は喉笛への噛み傷であった。
その傷は死体発見の数時間前につけられたもので、つまり犯人はジョセフィーヌを拉致して一週間にわたり暴行し、最後に喉笛に喰らいついて殺したのだった。
この猟奇的事件にはじまり6月、8月、10月、12月と同じような事件が続いた。いずれも被害者は若い女性で、拉致されてから一週間後にその死体が見つかった。暴行されている点も、喉笛の噛み傷が致命傷となった点も同じだった。
いつしか人々はこの事件の犯人を人狼とよびはじめたが、ベルトラン率いるパリ警察は容疑者すら絞り込めない状況だった。
年が明けて2月、一冊の手帳が警察に届けらてた。その手帳には今までの5人の被害者の名前と、拉致された日付が記入され、さらに6人目としてロレーヌ公爵夫人ルイーズ・ポワティエ、2月7日とあった。
ロレーヌ公爵にすぐに連絡が取られ、公爵夫人を屋敷から出さずにその周囲を警察官で固める作戦が取られた。だが、その作戦もむなしく2月7日夜、公爵夫人は自室で殺された。
その部屋は窓もドアも内側から鍵がかかっていた。鍵穴から覗いた公爵と小間使いは、夫人が首を切られその胴体は窓際に、首は部屋の中央に据えられているのを見て仰天した。
公爵がドアを破って惨状を確認すると小間使いに警察を呼びにやらせた。小間使いが警官とともに駆けつけると、そこには腕を噛み破られた公爵と首のない夫人の死体があった。
公爵によると隣室から人狼が現われて公爵の腕に噛みつき、さらに夫人の生首を咥えて窓から逃げて行ったというのだ。しかもその人狼の正体は、公爵邸の厩務係マルセルだというのだ。

白魔の囁き
アイリーン・シンプソン嬢の伯父アブナーは、若い頃は一種の冒険家で、カナダやブラジルに渡って辺境の土地を一人であるいたり、気心の知れたガイドと寝袋ひとつで数週間彷徨したりしていた。
そのアブナー伯父が大事故にあい、車椅子での生活を余儀なくされるようになったのは十数年前、カナダでのことだった。伯父は現地人のガイドアーサー・デスビットとともに大鹿を撃つために、カナダの雪原を野営しながら歩きまわっていた。
ある夜、激しい物音で目覚めると隣に寝ているはずのアーサーが起きあがってブルブルと震えていた。どうしたのかと訊ねても何も言わず、そのうちに「俺の脚が溶ける。こんなに早く、すごい速さで」と叫んだきり、アーサーの姿は消えてしまった。
あまりの出来事に唖然とし、正気に還ったときはすでに日が高くなっていた。それからアーサーの姿を捜しまわり、やがてアーサーと得体のしれない獣の足跡を見つけた。
その足跡を付けたが、だんだんとその歩幅は広くなり、やがてアーサーの足跡も獣のそれに変化していた。そして足跡はついには無くなり、アブナー伯父は道に迷い、一週間ほど満足に食べずに森の中をさまよった挙句、小屋をみつけてそこの住人に救助された。
そこはラット・ポーテージという町の外れで、アブナー伯父の話を聞いた町の人たちは捜索隊を繰り出したが、アーサーも獣も発見できなかった。町の人たちはウェンディゴの仕業だと噂しあった。
ウェンディゴは身長15メートル以上、額の真中に真っ赤に輝く星を持ち、昼夜を問わず森や沼地、草原をうろついて、その姿を見た者は死に見舞われるという、大自然の中で最も恐ろしいといわれる精霊だった。
アブナー伯父は命は取り留めたものの脚は凍傷にかかり、英国に戻りアイリーンと一緒に暮らし始めた。そして今年アブナー伯父のところに、兄の死の真相を聞きにアーサーの弟のヨーゼフが訪ねて来た。
アブナー伯父はウェンディゴの話をし、遠来のヨーゼフを泊めた。翌朝、アブナー伯父の屋敷の庭でヨーゼフの死体が見つかった。何とも奇妙な格好で、検死の結果15メートル以上の高さから墜落死したものとわかった。
だが屋敷は2階建てでせいぜい高くても7メートル、となりの廃教会には15メートル以上の鐘楼があるが、その塔は閉鎖されていて上ることは不可能だし、上った形跡もなかった。第一に死体があった位置と鐘楼とはかなり離れていたのだった。

吸血鬼の塔
アンリ4世の塔の前にジョルジュ・アンブルヴァルが着いたのは午後4時。そのとき塔の入口にはフェイ・シールズがいて2人は言葉を交わし、数分後にジョルジュは塔の中に入って行った。
午後4時10分にジョルジュの妻エレーヌと息子のピエールが塔の前に来て、フェイと言葉を交わしフェイはその場を去った。ジョルジュが塔の屋上から落ちて頭が粉々になり即死したのは4時15分だった。
これはフェイ、エレーヌ、ピエールの3人の証言と、塔の見える位置でピクニックをしていた一家の証言で明らかであった。問題は、塔に入ったのはジョルジュひとりで、ジョルジュが落ちた後に塔に入ったエレーヌは、塔の中で何人も発見しなかったことだった。そもそも塔の中には人が隠れるような場所もスペースも存在しないのだ。
では事故かといえば塔の屋上は首の高さまで胸壁があって、誤って落ちるような構造にはなっていない。かといってジョルジュに自殺するような動機もなかった。
なぜジョルジュが塔に行ったかといえば、それは「性悪女」に恐喝され金を渡すためだった。そのことは塔に向かうジョルジュがはっきり言っているし、2千ポンドの入った黒いブリーフケースを持って塔に向ったのは間違いなかった。
だが、そのブリーフケースはどこからも見つからなかった。ではフェイが取ったのかといえばそうでもない。フェイは薄着で手ぶらだったのはエレーヌもピエールも見ていた。金を持って「性悪女」と対峙するはずだったジョルジュだったが、金も命も消えたのだった。
そして「性悪女」とはそれまでの所業からフェイのことらしいが、フェイはジョルジュが落ちる前に現場から手ぶらで去って行ったのも間違いのない事実だった。

妖女の島
200年も前に死んだ魔女が現代に甦って、一人の女性を鍵の掛った寝室の中で刺し殺し、犯行直後に室内から煙のように消えうせてしまった。
そんな事件が起きた場所は南フランスのポルクロール島にある、小説家ルシアン・パスツール氏の屋敷山査子荘。被害者はルシアン氏の夫人アンリエット。
アンリエットが寝室にいたとき、その寝室の窓と15メートル隔てて向き合った四阿にはパスツール氏の内弟子へレナ・ダンドレジーがいた。
これは毎晩のヘレナの習慣で、四阿から星を眺めて思いを馳せていたのだが、屋敷の方から悲鳴が聞こえ、婦人の寝室に明かりがともった。
一旦明かりが消えて再び電灯が灯ると、そこには古風な衣装を着てポンパドール風の髪形をした婦人が、短刀をまさに振り下ろそうとしていた。
ヘレンは四阿を飛び出し寝室に駆けつけると、悲鳴を聞いたパスツール氏が先に来ていた。だが寝室のドアには内錠が掛っており、へレンが持ってきた斧でドアを破った。
寝室の中には短刀で刺された婦人の死体。もう一つのドアにも内錠が掛り、窓も鍵が掛っていた。だが犯人の姿はどこにも見えなかった。
ヘレンの見た古風な女は、肖像画に描かれた女とそっくりだった。その肖像画の女は、200年前に魔女裁判で処刑された女だという…


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