水の迷宮

羽田空港と浜松町を結ぶ東京モノレールが開通した直後に開館した羽田水族館は、設計が古くて魅力がなく、開館当初こそにぎわったが飽きられるのも早かった。
それに第三セクターであったために、運営は雑で職員はやる気のない者ばかりだった。年々来館者は減り続けたが、近隣にしながわ水族館ができると潰れる寸前の経営状態になった。
そんな水族館の中でも飼育係長の片山だけが、何とか魅力的な水族館にしようと孤軍奮闘していた。片山は後輩の古賀を水族館に入れて協力を求めたが、1人の力が2人になったところで、焼け石に水であった。
水族館はいつ閉鎖されてもおかしくないところまで追いつめられ、いまやそのタイミングを図っている状況にまでなった。その状況を一変させたのが都知事の決断による波多野実の招聘だった。
新館長になった波多野は米国で博物学を学んだエリートで、羽田水族館を見事に改革し、今や羽田国際環境水族館と名を変えて、狭いながらも人気スポットのひとつとなった。
3年前、まだ再生の途上にあった水族館では悲劇が起きた。波多野の下で水族館改革に先頭切って邁進していた片山が、深夜の水族館で死去したのだ。
片山は皆が帰った水族館で、深夜までもくもくと作業を続けていた。それは孤独な作業で、片山が描く夢のような水族館実現のためのものだった。
ところが、その夜は次々と水槽に異常が起きた。立て続けに水温が低下したのだ。片山はその度に水槽の中の魚を予備の水槽に移した。
今までの過労に加え、そんな異常な状態が負担になったらしく、片山は水槽の裏の職員通路で事切れていた。だが、この片山の死は、職員の団結を強め、それ以来波多野以下職員一丸となって片山の意志を継いで、水族館を魅力あるものに変え、それが今の隆盛に繋がった。そういう意味では片山の死は無駄ではなかった。

片山の三回目の命日に事件は起きた。館長宛の携帯電話が職員通路のドアに袋に入れて貼り付けてあった。そしてその携帯電話に一通のメールが届いた。
そのメールは水槽への攻撃を予告するもので、その予告どおりに水槽に酒の瓶が投げ込まれた。さらに別の水槽に入浴剤が投げ入れられ、その次はクエン酸が仕掛けられた。いずれも実行の直前にメールが届いた。
いったい犯人の意図は何なのだろうか。警察に届けるにしても、被害はほとんど出ていないし、メールも巧妙に書かれていて、犯罪を構成するとは思えなかった。
館長の波多野は職員で見回りを強化するという消極策をとらざるを得なかった。職員は総出で目立たぬように館内を巡回したが、犯人はそれを嘲笑うかのような行動に出た。職員通路で飼育係長の大島を殺したのだ。
悪質な嫌がらせ事件はついに殺人事件に発展した。ここに至って警察導入の意見が大勢を占めたが、冷静に考えてみると職員通路へ出入りできる人間は限られている。館長以下正職員しか出入りできないのだった。ということは犯人は内部、それも正職員の中にいるということに…
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