卍の殺人

山梨でワインの醸造を行う旧家安東家の屋敷は、その形から卍屋敷と呼ばれていた。安東家の当主は82歳になる安東いつ。いつには双子の娘祝子と福子がいた。
双子の姉の祝子と妹の福子の夫はすでに死亡し、祝子には息子の美徳とその妻三恵、美徳と三恵の子供幸彦、それに美徳の義弟で養子の匠の家族がいた。
一方の福子の方には娘品子と宵子の姉妹、品子の夫隆広、品子と隆広の子供笑子がいた。福子は夫の姓を名乗り福子の一族は布施を名乗っていた。
卍屋敷は二分割されて、それぞれの辺に安東家と布施家がまったく同じ部屋の配列で住んでいた。中央の交わる部分は両家共通に使うホールで、そのほかは門も玄関も裏口も駐車場もトイレもバスルームも、全て両家は別々であった。
安東と布施は両家での競争意識が必要以上に強く、匠が養子になったのも、その両家のつりあいを取りつつ競争するためのものであった。

そんな境遇にあって安東匠は高校卒業と同時に東京に出て一人暮らしをしていたが、当主いつから宵子と結婚しなければ養子縁組を解くとの宣告を受けた。
宵子はプライドが異常に高いうえに高慢ちきであり、匠はまったく興味がなく宵子と結婚するくらいならば養子縁組を解かれたほうがいいくらいであったから、この話は渡りに船であった。
そして正月に恋人の萩原亮子を連れて結婚話を断りに帰省することにした。 大晦日に匠とともに安東家に入った亮子は、さっそく宵子の嫌味攻撃に晒される。
その夜、亮子は匠と部屋にいたときに窓から品子が男に絞め殺される現場を目撃した。慌てて匠とともに品子のところに向うと品子は自室で絞殺されていた。さらに美徳が自室でほとんど同時刻に扼殺されているのが見つかった…
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