中途半端な密室

本格推理、新本格推理に東篤哉名義で応募し掲載された4篇に雑誌「ジャーロ」掲載の1篇で編集。
中途半端な密室
黒覆面の暴行魔が跳梁する町。今夜も暴行魔の襲われかけた女性が保護された。この女性に対しては暴行未遂に終わったらしかったが、女性は襲われたショックで失語症になってしまっていた。
ちょうど同じ頃に町では有名な不動産業者の社長が公園のテニスコートで、ナイフで腹を刺されて死んでいた。テニスコートは4メートルの金網で四方を囲まれた長方形で、その中央に死体はあり、あたり一面を血が染めていた。
テニスコートの唯一の出入口には内側から鍵が掛けられていて、屋根はないものの一種の密室状態であった。テニスコートの殺人と暴行事件は果たして関連があるのだろうか…

南の島の殺人
南の島S島で優雅な夏休みを送る大学の同級生柏原則夫から手紙が来た。則夫はS島の島内を散策するうちに、ある家に招き入れられてお茶を振舞われた。
1時間ほどその家の住人達と雑談をして、午後6時ごろにその家を出る頃には雨が降っていた。そこで傘を借りた則夫は、翌朝傘を帰しに行く。すると、その家の庭にあるパラソルの下で死体が発見されたという。
死亡推定時刻は昨夜の8時ごろ。則夫が出てから2時間ほどしてからだ。死体の主はハゲ頭の中年男だったが、不思議なことにその死体は一糸まとわぬ全裸であった。

竹と死体と
昭和11年2月27日付けの関東新聞を発見した大学生2人。その新聞には20メートルの大竹で首吊自殺した老婆の記事が出ていた。しかも老婆が首を吊ったのは、地上から17メートルの場所。物理的に老婆はどうやってそんな高いところで死んだのか…

十年の密室・十分の消失
島根と広島の県境近くに建つ洋館は、天才画家といわれた中江陵山画伯が住んでいたが、10年前に陵山画伯が洋館から少し離れたところに建つ丸太小屋で自殺を遂げてからは、画伯の兄の孝太郎が住んでいた。
丸太小屋は高床式で、陵山画伯がアトリエとして使っていたもので、夏のある日のこと陵山画伯は密室となった丸太小屋の中で首を吊っていた。
その時に8歳だった陵山画伯の子の美也子は、忌まわしいこの土地から遠ざけられていたが、10年目にあたる今年久しぶりに孝太郎に会いに帰って来た。
10年の間に美也子も成長し、父の陵山画伯が首を吊った丸太小屋を見ても、美也子はショックを受けることはなくなっていた。ところが翌朝、雪の中でわずか10分の間に丸太小屋が消失してしまったのだ。
洋館の窓から見たときには丸太小屋が確かに見えたが、雪が降り始め視界が悪くなり、10分ほどして雪が小降りになってみると丸太小屋は消えていたのだった。

有馬記念の冒険
岡山市の繁華街にあるカツ丼店鶴屋の2階でのこと、午後3時過ぎに店主の鶴岡が遅い昼食をかき込みはじめた。店の2階は鶴岡の自宅で、鶴岡は店が一段落したころ、1階から賄のカツ丼を持って来て昼食にするのが常だった。
テレビをつけると、ちょうど有馬記念が出走したところだったが、その瞬間後頭部に大きな衝撃を受けた。だが襲撃犯は一撃しただけで、脱兎のごとく逃げ去った。鶴岡は大怪我を追ったものの命に別状はなかった。
警察による捜査の結果、鶴岡がタンス預金していた50万円が消え失せていた。さらに鶴岡御証言から安田賢三という男が容疑者として浮上した。さっそく安田にあたると、アリバイはなかったのだが、安田の住むアパートの部屋の向い側にいた2人の学生が結果的に安田のアリバイを証言することになった。
学生2人はその日、部屋で有馬記念のテレビを見ていたという。ちょうど有馬記念のゴールのときに、そのうちの1人が目をあげると安田の姿が見えたというのだ。事件発生は有馬記念の出走時、安田が目撃されたのはゴール時。その間2分30秒。現場から安田の部屋までは約2キロ半、車で10分ほど。安田のアリバイは成立してしまったのだが…


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