エコール・ド・パリ殺人事件

一流画廊の集まる銀座でも一、二の伝統と格式を誇る暁画廊の社長暁宏之が自宅で殺された。宏之氏は父親の死後に、その遺産である画廊を引き継いだが、エコール・ド・パリと言われるモディリアーニからスーチンに至る一派に心酔し、その研究を取りまとめた著書もあるほどだった。
暁画廊のライバルである画商によれば、宏之氏はあまり見向きもされないその一派の画家たちの絵を集め、金を掛けて名声を高めて高く売り抜けるという商法で今の地位を気づいたのだという。
ともあれ、宏之氏の自宅には一般に公開されることがない秘蔵のコレクションがあり、特にエコール・ド・パリの画家のスーチンの絵が多数あった。宏之氏はそれらの絵に囲まれながら死んでいった。
宏之氏の胸にはナイフが深々と刺さり、その絵には血塗られた手で触ったらしい跡があった。しかしあまりに何度も触ったらしく、指紋など証拠物の採取は不可能だった。
部屋のドアとフランス窓には内側から頑丈な閂がかけられていた。宏之氏の死体を発見したのは執事だが、ドアの鍵は執事の手元に一つと宏之がもつものが一つの2個だけで、絶対に合い鍵などないという。
執事は鍵を手放さなかったし、宏之氏の持つ鍵は部屋の中から見つかった。また死体発見時に犯人が部屋の中に隠れていたということも絶対にないという。

すると犯人の逃走経路として考えられるのは庭に面したフランス窓だけとなり、窓の外には足跡も残っていた。だがフランス窓の閂は堅い上に、閂の上から血の痕が無数についていた。
その血の跡からも指紋等の採取は不可能だったが、閂の締められた後から血が付着したことは明らかだった。その血は宏之氏のもので、つまり犯人は閂がかけられた後に血を閂にベタベタと付けて逃げて行ったことになる。
なぜそんなことをしたのか、あるいはなったのかはともかく、期せずして宏之氏の血が閂の封印の役割を果たしていたのだ。
ライバルの画商や遺産相続争いに敗れて家を出た宏之氏の弟、さらに天才少女画家といわれた宏之氏の妻、執事など関係者や容疑者に尋問が行われたが、アリバイがあったり動機が希薄だったりして容疑者の特定には至らなかった。
また屋敷内にある多くの絵は一枚も盗まれておらず、絵も全て本物だったから、強盗や物取りあるいは絵を狙っての犯行の線も望み薄であった。
捜査にあたる警視庁の海埜刑事も事情聴取をはじめたが、これといった成果は出ず、事件は長期化の様相を呈し始めた。
そこに海外を放浪している探偵好きな甥の神泉寺瞬一郎がひっこりと日本に帰って来た。瞬一郎は宏之氏からコレクションを見せてもらう約束をしていたというのだ…
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