六月六日生まれの天使

男の住むマンションの部屋でその女は目覚めたが、なぜその男の部屋にいるのかはおろか自分が誰なのか、どこに住んでいるのかすらも思い出せなかった。
自分も男も全裸であったし、自分が男を受け入れたのは状況からも間違いなかった。セックスを楽しんだのか確かだが、それがどういう成り行きでそうなったかもさっぱり覚えていなかった。
そしてまだ寝ている男は、奇妙な仮面をかぶっていた。その女は恐怖感を感じて逃げ出そうとするが、服もバックも見当たらない。しかたなく洗濯機から男のもと思われるシュートパンツとTシャツを失敬した。
そこに男が起きてきた。まだ奇妙な仮面はかぶったままだ。女の恐怖感は頂点に達し、男の靴を履くや玄関から外に飛び出した。
外に出て女は驚いた。雪が舞っていたのだ。そして街にはクリスマスツリー。女は逃げるようにコンビニに飛び込んだが、いったいここがどこなのか、今日がいつなのかもわからなった。
がコンビニで新聞を見て、今日がクリスマスイブであることを知る。そんな日に、真夏の格好で街に飛び出してしまったのだ。しかも財布もないし携帯もなく、どうすることもできない。
コンビニで途方に暮れていると、外からサンタクロースが手招きをしていた。誘われるように外に出ると、いきなりサンタクロースから叱責の声。だがなぜ怒られるのかもわからない。
今度はサンタクロースに恐怖感を感じ、出てきたマンションに戻り、記憶を頼りに5階の男の部屋に戻った。男はもう仮面をかぶっておらず、何事もなかったようにドアを開け、その女をヨシエさんと呼んだ。
すると自分の名はヨシエというのか、と女は思った。記憶が喪失してしまった女、そしてその男冬樹は前向性健忘という病気だった。前向性健忘、病気になる前の記憶はあるが、発症後の記憶は5〜10分でなくなってしまうのだ。
だからヨシエという名も、記憶が消えてリセットされると思い出せなくなるので、携帯に写真と名と短いコメントを入れておき、いちいち確認して会話をするしかなかった。
新しい記憶ができない男と、過去の記憶を忘れた女。この二人はどういう関係にあるのだろうか。そしてヨシエの正体は…

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