新・本格推理 特別編・不可能犯罪の饗宴

シリーズ出身作家6人と七番目の椅子獲得者の書下ろし作品集。二階堂黎人と柄刀一の特別対談と村上貴史の評論「地上最高のゲーム道場」も収録。
死霊の如き歩くもの   
三津田信三
民族学者本宮武の屋敷は東京郊外にあった。敷地内には本家と呼ばれる洋館と、武の曽祖父が建てた四つ家という別邸があった。四つ家は口の字の形で、名前の通り四つの角に一つづつ部屋があり、それを渡り廊下がつないでいた。
玄関は北の面の中央に、南の面の廊下は母家と呼ばれその中央には塔がそびえて母家から上がれるようになっていた。四つの角の部屋は南西から時計回りに一家、二家、三家と呼ばれ南東側が四家となる。
一家から四家はそれぞれ武を慕う4人の若手民族学者がそれぞれ研究室として使っていた。それぞれの部屋はオープンで、例えば一家から三家に行こうとすると必ず二家か四家を通らなければならなかった。
そこで各家の若手学者たちはそれぞれ工夫して本棚を配置し、通路と研究室を仕切っていた。その四つ家の中央部は中庭になっており、さらにその真中に四阿があった。
ある年の正月、その四阿の中で4人の学者の中のひとり井坂が殺された。凶器は竹筒を折ってギザギザにした先に、未開民族の毒を塗ったもので、それで井坂の頬を傷つけて毒殺したのだ。
この事件の前後に雪が降っており、四阿から南の母屋に向う下駄の跡が一筋だけついていた。四阿で犯行を終えた犯人が南の面に向ったものと思われたが、奇妙なことにその足跡は一旦南の面に向ったあと、くるりと向き直り後じさりしていた。
さらにその下駄がひとりでに南の面に上がる三段の石段を昇っているのが、一家にいる人物に目撃されていた。そして南の面の中庭から上がったところにはお手伝いの女が陣取って編物をしていた。
お手伝いの女は耳は少し遠いが目は確かで、雪がやんだころに南の面に中庭から上がって来た人つは誰もいないというから、まさに雪の中の不可解な事件となってしまった。

花散る夜に    
光原百合
茉莉花(まつりか)村の丘の上にあるマノミの木から採れる実は、とても硬くて食用にはならなかったが、酒に漬けて3年以上たったマノミ酒を飲むと、病気やけがを直すことができると評判だった。
そのマノミの木を守るのは初音で、初音の家は代々マノミの木守りだった。初音はマノミ酒の製造管理もしていて、マノミ酒を求める人は必ず初音を通さねばならなかった。
マノミ酒を飲んだからといって病気やけがが必ず治るわけではなかった。治る場合はマノミ酒を飲むと暫くして昏睡状態になり、1日以上たたないと目が覚めなかった。逆にマノミ酒を飲んで病人が寝入ったら、その病人は必ず全快するということだった。
だから初音の家の裏にはマノミ酒を飲む病人のための小屋があった。病人は必ずそこの寝台でマノミ酒を飲み、治る場合はそのままそこで眠るのだった。
そしてマノミ酒には奇妙な副作用があった。目が覚めて病気やけがが全快するのと引き換えに、最も愛する者の記憶を一切失うのだ。それは夫や妻、あるいは親や子供であるかもしれないが、必ず病人が最も愛するひとりだけの記憶が一切失われた。
したがってマノミ酒を飲むにはそれなりの覚悟がいった。病気やけが治っても最愛の人の記憶が失われたり、あるいは誰の記憶を失うかで騒動になる危険もあるからだ。
さてそんなマノミ酒を飲みに来たのは遠くのある国のお妃さま。重い病気にかかり愛する夫でもある国王とともにやって来たのだ。もちろんマノミ酒の副作用は承知したうえだった。
そしてお妃が小屋でマノミ酒を飲んだ直後、付き添っていた国王の叫び声がした。初音が駆けつけると、何者かに腹部を刺された国王が小屋から出て苦しそうに転げ回った。一方お妃の方はマノミ酒が効いて、寝台で何事もなかったように眠っていた…

時速四十キロの密室  
東川篤哉
探偵事務所の所長鵜飼杜夫とその助手戸村流平は、依頼された尾行をしていた。建設会社社長の小山田幸助から、若妻恭子の浮気の証拠をつかむよう依頼されていたからだった。
恭子はその夜、海岸近くの貸別荘に向った。そこが浮気相手との密会場所であることは間違いなかった。鵜飼は表を、戸村は裏口を見張る。見張り続けること5時間、裏口に運送会社のトラックがついた。
トラックから2人の人物が降り貸別荘の中に入る。暫くして2人は重そうに箱型ベンチを持って出てきた。低い背もたれのついた2人掛けのベンチで、座面の下は物入れになっている。おそらく浮気相手がその中に隠れていることは間違いなかった。
そこで戸村がトラックを尾行することになった。トラックは海岸通りに出て市街地に向けて走る。この道路は片側が崖、もう一方が海で、途中にわき道もない道路だった。
しかも深夜のことで車はなく尾行は楽だったし、トラックも時速40km程度しか出さなかった。戸村は125ccのバイクで50mほど後をぴったりと追走した。
7kmほど走ってやっと市街地に入ったが、その最初の信号で戸村のバイクはトラックに追突し、戸村は大きく跳ねあげられてトラックの荷台に落ちた。
運転席から2人の人物がすぐに降りて来た。戸村はかすり傷程度だったが、トラックの荷台は血だらけだった。箱形ベンチの中で男が喉を掻き切られて死んでいたのだ。
男は恭子の浮気相手で、箱形ベンチに入った時は生きていたのは間違いない。トラックが出るときにもベンチの中から声をかけたというから、その時点でも生きていた。
男の入った箱形ベンチは、その後は幌もないもない荷台の上に晒され、それをすぐ後ろに着いた戸村がバイクの上からずっと見ていた。にもかかわらず殺されてしまったのだった。

ハンギング・ゲーム    
石持浅海
日本の首都東京にある公開処刑場では、今まさに死刑が執行されようとしていた。世界各国で死刑制度が廃止されるなか、明治から続いてきた一党独裁国家の日本では死刑制度が堅持され、公開処刑まで行われていた。
一党独裁国家とはいえ、日本は恐怖や弾圧で国民を抑え込むような国家ではなかった。ときの権力者たちは法を守り、法の範囲を逸脱する行為は絶対にしなかった。だから民主主義などと無縁であっても、世界有数の経済大国になったのだ。
そのなかで死刑制度の堅持は大多数の国民の支持を受けていたし、公開処刑は今や国民の娯楽になっていた。だからといって日本の司法がことさら死刑を望むような体制にはなっていなかった。
死刑の対象は殺人だけであり、それも必ずしも死刑になるわけではなかった。そもそも死刑制度や公開処刑が犯罪抑止効果を発揮して、日本の凶悪犯罪の発生率は極めて低かった。だから首都の公開処刑場も使われるのは年に3〜4回程度だった。
死刑は絞首刑によって行われる。野球場を小さくしたような円形の公開処刑場の中央に絞首台が据えられていた。そして周囲を観客席が取り囲んでいる。今日の公開処刑に集まった観衆は1万5千、満員だった。
死刑囚は菱田一敏、罪名は殺人教唆であった。菱田は警察がブラックリストのトップに挙げている反政府活動家のリーダーだった。そのカリスマ性は抜群で、多くの反政府活動の黒幕と見られていた。
だが絶対に自分では法を犯さなかったから、法治国家である日本では逮捕できない。それがある反政府活動家と接触があったことで逮捕され、あっという間に死刑判決が確定し、今日を迎えたのだ。
今日の死刑執行官は最優秀といわれる番匠少佐だったが、番匠はじめ警察には反政府活動グループが公開処刑の場から菱田を奪還するという情報が届いていた。菱田奪還の総指揮は松浦と菊池という菱田の部下でも最も優秀な2人があたっているという。
しかし松浦と菊池という名前は知られていたが、それがいったい誰なのか、老人なのか若者なのか、男か女か、一切のことがわかっていなかった。だが何らかの手で菱田奪還を図ることは確実だった。番匠対反政府グループの戦いの幕が公開処刑の場で繰り広げられるのだった。

聖アレキサンドラ寺院の惨劇    
加賀美雅之
帝政ロシアは滅んでしまったものの、国内はチェーカーというソビエト政権下の秘密警察が、旧体制側の人間を狩りたてていた頃、シベリアのイルクーツクで殺人事件が起きた。
事件の舞台はイルクーツクの聖アレキサンドラ寺院であった。冬の朝、寺院の堂守ミハイル・ブレハーノフの死体が、寺院2階の鐘楼の梁から吊るされているのが発見された。
ブレハーノフは堂守とはいっても、革命児のドサクサに紛れて、堂守の株を安く買っただけだった。そして西から避難してくる難民を高い金を取って宿泊させ、さらに金を貸して高利を取るあくどい男だった。 こんなブレハーノフだから金を突いたりなど絶対にせず、鐘楼は荒れるにまかされていた。ブレハーノフは鐘楼と壁一つ隔てた部屋に一人で住まっていた。そのブレハーノフが喉を掻き切られ、さらにその死体を首吊りの状態で鐘楼に晒されたのだ。
ブレハーノフが殺されたのは自室のドアのところであることは、床に広がった血痕から明らかだった。おそらく即死だったろう。犯人はその死体を何らかの方法で鐘楼の高い天井の梁から吊るしたのだった。なぜ、そしてどうやってブレハーノフを吊るしたのだろうか。

かれ草の雪とけたれば    
鏑木蓮
岩手県江刺郡岩谷堂町役場は不思議な建物だった。もと病院だった建物を、役場として使っているのだが、最上階の4階は八角錐で、その屋根の上に寺にでもありそうな相輪が空に向って聳え、その下の3階は立方体、その下の直方体、1階部分がさらに横長の直方体だった。
その洋館で税務官吏が殺害された。死体は4階部分で見つかり、死因は撲殺だった。その日役場では、翌日に行われる音楽会の予行演習が行われる予定であった。
演習に参加する人々が役場の1階に集まり、さてそろそろという時に階上から叫び声と大きな物音がした。町長が3階まで上がって見ると、4階から役場職員の柴田孝治が夢遊病のような足取りで降りて来た。
3階から4階に通じるのは、階段というより梯子といった方がいい狭さで、4階部分に上がって見るとそこには税務官吏の死体が転がっていた。4階は狭くて、そこには死体を除いて人の気配は全くなかった。
町長は1階から3階まで誰ともすれ違わなかったし、その後警察が来るまで町長と柴田は3階にいた。つまり柴田以外が犯人であるわけはないのだ。当然警察は柴田を逮捕した。だが柴田は無実であると信じる柴田の妹文は、宮沢賢治に手紙を書いた。

だから誰もいなくなった    
園田修一郎
地球から7光年の距離にある入植を検討していた惑星があった。その惑星は驚くほど地球と環境が似ていて、8名からなる先遣隊が派遣された。その先遣隊から1月前に救難信号が届いた。
救難信号によると8名のうち7名が殺されて首を切断され、残るひとりは行方不明だという。事件は基地内で起き、未知の生物が基地に侵入した形跡はないという。
唯一の手掛かりは救難信号とともに送られて来た基地内の記録で、これは先遣隊の一人が日記風に記したものだった。先遣隊の派遣はあまりにも古いことで、資料も散逸し詳しいことはわかっていなかった。
ただ8名の先遣隊のうちにはアンドロイドが含まれていた。だが誰がアンドロイドかはわかっていない。アンドロイドには三原則があった。ひとつ、人間に危害は加えないし、危害が及ぶのを見過ごしてもいけない。ふたつ、アンドロイドは人間の命令に従わなければならないが、人間に危害が及ぶような命令には従ってはいけない。みっつ、アンドロイドは自分の身を守らなければならない。
このアンドロイド三原則から、アンドロイドは用心棒にもなるために先遣隊に組み込まれた様だった。アンドロイドは自分がアンドロイドであることは隠すから人間から見て誰がアンドロイドかは容易にわからない。
一方アンドロイド同士ではその区別はつく。さらに厄介なことに先遣隊の中にはプログラミングの失敗から狂ったアンドロイド、三原則の一番目と二番目を守らないアンドロイドがいる可能性があった。
これから地球を出発しても惑星への到着は7年後、しかもその惑星の属する恒星系の太陽が爆発する可能性が出てきて、とても新たな派遣はできないという。アームチェアディテクティブで事件を推理するしかないのだ。


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