1977年11月号
目次
連続企画 探偵小説55年を考える
長篇
疑問の三(前篇) 橋本五郎
中篇
黒鳥共和国 木村清
短篇
山脇京 村田等
エッセイ特集=現場の証人
吾が探偵雑誌の思い出 松本泰
黎明期の思い出 春日野緑
「探偵趣味」回顧 甲賀三郎
「猟奇」漫談 滋岡透

目で見る探偵小説50年
円本ブームの落し子 島崎博

連載本格探偵小説
匣の中の失楽 竹本健治

連作小説
砂蛾家の消失 泡坂妻夫

研究・評論
続・書かでもの記 横溝正史
ゴーレム・幻影館10 紀田順一郎
別冊・横溝正史W鑑賞 金田一郎
ミステリ館への誘い・新刊紹介 二上洋一
ミステリ遊歩道 栗本薫

疑問の三
橋本五郎
神戸市内にある湊川公園の一角で、女の死体が見つかった。時は10月の末日の朝早く、公園の音楽堂の前のベンチに腰かけた姿勢でその死体は見つかった。発見者は御用聞きの小僧で、たまたま自転車を立てかけて、隣のベンチで休もうとしたところ、はずみで死体が倒れて発見された。
死体の女は身に着けていた服以外は何も持たず、付近を捜索したが遺留品もなかった。ただひとつ手の中に明治44年発行の1銭銅貨を握りしめていたのが、不思議だった。死因は何者かによる絞殺で、警察は被害者の身元の確認に全力をあげるべく捜査が開始された。
ところがその翌日11月1日に、今度は同じ公園で、男の死体が見つかった。死体は羽織袴の正装で、男の死体があったのは前日の現場のすぐそばであった。年齢は40歳前後で、死因は前日の女の死体と同じ絞殺だった。そしてこの男の死体も明治44年発行の1銭銅貨を握りしめていた。
警察は2件の殺人事件は同じ犯人によるものとして捜査を強化した。その翌々日の3日の朝、その公園で新聞配達員の上月と田南の2人が今度は女の死体を見つけた。上月たちは湊川公園周辺が配達区域で、配達が終わると公園で待ち合わせて、店まで変えるのが日課だった。
2人が店に向かって歩き出した時に死体が目に入ったのだ。死体の女は40歳前後で、やはり明治44年の1銭銅貨を握りしめていた。しかし今度は身元が分かった。非常に目立つ指輪をしていたのだ。その指輪を辿って行ったところ、死体の女は神戸の実業家棚橋幸蔵の妻はつえとわかった。
はつえはもともと料亭勤めをしていた女で、幸蔵の後妻に入ったが、評判は芳しくなかった。警察はさっそく棚橋家に向かったが、そこで意外な事実に直面した。はつえどころか主人の幸蔵、居候している幸蔵の従弟横山十吉、幸蔵の伯父で東京から来ていた壁川剛三の4人が、芝居見物に行ったまま行方が分からなくなっていたのだ。
4人は湊川劇場に出ている市川男女十郎一座の芝居を見に行ったのだが、その後幸蔵、はつえ、横山の行方が知れず、壁川だけが見つかった。壁川たちは芝居を見た後、それぞれ別行動となったようで、壁川は大阪で泊まり、翌日の列車で東京に戻ったのだった。

黒鳥共和国
木村清
このところ東京市内のあちこちで美人の失踪事件が起き、世間を騒がせていた。警視庁では誘拐事件とみて捜査していたが、手がかりは一向につかめず、被害だけが増えて行った。そんなとき東京の市役所の土木課に勤める木村は、銀座のカフェ黒鳥に出入りするようになる。
黒鳥は大野二郎という男の経営するカフェで、木村はそこの女給良子に惚れ、良子もまた木村に好意を寄せていたのだ。ところが黒鳥に出入りするうちに不思議なことを聞いた。黒鳥には2階があって、そこは家人の住居となっているのだが、2階に上がって行った人物がいつまでも帰ってこなかったり、どこの誰とも知れぬ人間が2階から降りてきたりすることがたびたびあるというのだ。
木村はその時は聞き流したが、やがて美女失踪事件の現場に黒鳥のバッジが落ちているのを知ると、黒鳥が事件と関係していると思うようになった。考えてみれば黒鳥は人の出入りが怪しいだけではなく、経営者の大野も長期間不在だったりすることが多かった。そこで木村は警視庁に乗り込み黒鳥疑惑を告げた。警視庁でも色めき立ち、黒鳥に捜索を掛けることにした…

山脇京
村田等
山口県政界の惑星杉山正之助が、雪の夜何者かに路上で殺された。それに続く4つの怪死事件を、ものの見事に解きほぐした敏腕な新聞記者山脇京は、その功績で神戸支局への栄転が決まった。辞令を受けて一週間後の多くの人の見送りを受けて汽車で旅立った京だったが、なんと車中で服毒自殺を遂げた。羨望と得意の絶頂にあるはずの京に何があったのか…

砂蛾家の消失
泡坂妻夫
土砂崩れによって不通となり、ローカル駅で足止めされてしまった亜は、商人谷尾と釣りに来ていた室野の3人で、歩いて山越えをして幹線鉄道の駅に行くことにした。
谷尾が地元の人間で、この付近の地理に明るいと請合ったのに乗ったのだ。ところが谷尾はあまり道を知らない上に、狂った磁石を頼りに歩いたために3人は道に迷ってしまった。
夜になり野宿かと諦めかけた頃に、前方に人家の灯が見えた。歩く道々谷尾が語っていた砂蛾家らしい。砂蛾家は江戸時代からの医師の家だったが、不始末で没落し片田舎にひっそりと世間に忘れられたように暮らしていた。
今も若い当主が一人で住んでいるらしいが、地元でも詳しいことは誰もわからないということだった。訪ねてみるとその家は果たして砂蛾家で、亜たちは事情を話して、一晩泊めてもらうことになった。
砂蛾の当主は髭面のいかつい顔をしていたが、意外に親切で亜たちを暫く待たせて家に上げ、夕食を振舞ってくれた。
その夜、疲れた3人が寝ようとすると窓が釘付けにされ開けられないようにされていた。しかしその釘は新しかった。さっき亜たちを待たせている間に、大急ぎで打ったものらしい。
好奇心旺盛な谷尾が持っていた商品のくぎ抜きで釘を抜いて、3人は外を見た。窓外には合掌造りの古びた家屋が一軒建っているきりだった。別段隠すようなものでもないのに、と不思議に思いながら亜たちは床に就いた。
目が覚めると3人とも不快な気分だったが、外は太陽が輝き爽快で3人の不快感は消したんだ。ところが外にあったはず合掌造りの家屋に目を向けると、家屋はあとかたもなく、ただ土が見えるだけだった。
合掌造りの家屋が一晩で消えてしまったのだった。砂蛾家の当主に聞くと、そんなものは始めからなかった、幻覚を見たのだと一笑にふされてしまった。


連続企画「探偵小説55年を考える」は、エッセイ特集として甲賀三郎ほか戦前のエッセイ4本、短篇と中編はサンデー毎日の第5回大衆文芸に当選した2作で、短篇は村田等の「山脇京」、中篇は木村清の「黒鳥共和国」で、いずれも昭和4年の作品。編集者島崎博の解説では、2人ともこの1作のみで消えてしまった作家だという。
幻の長編復活は橋本五郎の「疑問の三」で、700枚を今号と次号に分けての掲載。橋本五郎は大正15年に新青年でデビューし期待された作家だが、長篇1作と40余りの短編しか発表しなかった。「疑問の三」はその唯一の長編で、昭和8年新潮社から出た新作探偵小説全集全10巻のうちの第5巻。
連続企画がかなりのボリュームで、読者サロン等は休載となり、そのほかの主な掲載は竹本健治の連載「匣の中の失楽」の第8回と泡坂妻夫の連作短篇亜です、よろしくの第6話「砂蛾家の消失」の2本。

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