1977年9月号
目次
連続企画 探偵小説55年を考える
小笛事件 山本禾太郎
探偵小説と犯罪事実小説 山本禾太郎
慈父・山本禾太郎 九鬼紫郎

遺書 持田敏
探偵小説の本格的興味 井上良夫

連作小説
藁の猫 泡坂妻夫

連載本格探偵小説
匣の中の失楽 竹本健治

研究・評論
続・書かでもの記・11 横溝正史
探偵作家風土記・東京篇 玉井一二三
別冊・蒼井雄鑑賞 金田一郎
ミステリ館への誘い・新刊紹介 二上洋一
ミステリ遊歩道 栗本薫

藁の猫
泡坂妻夫
画家粥谷東巨の回顧展がデパートで開かれ好評であった。東巨は徹底した写実性と完璧を求める姿勢を貫いた画家であったが、生前はあまり注目をあびることもなかった。
東巨が注目されだしたのは一年余り前に狂い死にといってもいい死に方をしてからであった。今回の回顧展は、その人気と初めて展示される「新色藤子像」が話題となって客を集めていた。
その会場に亜の姿があった。亜は学者と共に開店前のデパートの大理石の壁をカメラで写していた。そこにはアンモナイトの貴種があった。撮影が終る頃、同時にデパートが開店し回顧展の会場にも客が入ってきた。
亜は展示されていた一枚の絵をふと見て、白目をむいた。回顧展を企画した丘本たち周りの人間が聞きただすと、絵の少女の指が六本あるという。丘本もよく絵を見てみると、確かに亜の言うとおり指は六本あった。
そのほかの絵を見て廻った亜は、他の絵にもおかしなところがあると言った。それは水平に置いた水差しの水の水面が斜めになっていたり、時計の長針と短針がありえない位置関係にあったり、春の絵に秋の草花が描かれていたりといろいろであった。
しかもその奇妙な描写は「新色藤子像」を境に始まっているという。丘本は徹底した写実性と完璧を求める東巨が、なぜそんなものを描いたのかと頭を抱え込んだ。そして亜に東巨の晩年の話をはじめた…

遺書
持田敏
ある朝、内山検事のところに舞い込んだ1通の手紙。差出人は村田勇造となっていた。村田勇造とは、恋人を公園に呼び出して絞め殺した罪で死刑判決が確定した酒田進の裁判で、重大な証言をした男であった。村田は酒田の恋人の友人であったが、酒田が恋人を殺した動機が村田と恋人の仲を邪推したからであった。
手紙を開いてみると、それは村田の告白であった。曰く、村田は酒田と恋人の仲を羨み、酒田から恋人を奪おうとしたが相手にされず、2人に復讐するために恋人を殺して酒田に罪をなすりつけようと計画したのだった。そのために恋人の筆跡をまねて恋文をねつ造し、酒田にあらぬ邪推をさせたうえで、恋人を呼び出して絞め殺した。
その間酒田のアリバイを奪っておいて、その後偽の恋文と嘘八百の証言で酒田を死刑に追い込んだのだった。その恐ろしい告白の手紙を読み終わった内山検事は、酒田事件を担当した山本弁護士を呼び出したが…

小笛事件
山本禾太郎
京都市上京区北白川西町に住む平松小笛方で事件は起きた。その住居は三畳、四畳半、六畳の3部屋が連なっているのだが、四畳半の部屋で小笛の養女千歳が日本手拭で首を絞められて死んでいた。その死体には掛布団が掛けられていた。さらに六畳間では大月喜美子と田鶴子の幼女2人が、千歳と同じく日本手拭で絞殺され、その部屋の鴨居からは小笛の縊死体がぶら下がっていたのだ。
小笛は男性遍歴が激しく、朝鮮はじめ各地を渡り歩くように過ごし、今はここ京都で下宿屋を営んでいたが、現在は下宿人はおらず、養女の千歳と2人で暮らしていた。かつて大月氏は小笛のところの下宿人であり、そのころから大月氏の2人の娘を可愛いがっており、今でもときどき大月氏の子供を預かっていた。もっともこれは小笛の一方的な行為で、大月氏としてはありがた迷惑であったが、断りきれずに時々預けていたのだった。
事件は子供の様子を見に来た大月氏の妻シゲノと近所の主婦、さらには通りかかった出入りの商人によって発見された。ただちに警官が駆け付けたが、警察の当初の見解は小笛が千歳と大月氏の2人の娘を殺したのちに、首を吊って自殺したというものであった。事実遺書らしき小笛の書き物が置かれていた。
だが捜査が進むにしたがって事件は意外な方向に進んだ。小笛の索溝が不自然であり、遺書の内容をはじめ、現場の状況にも不自然な点が多々あったのだ。この結果、事件は小笛の自殺を装った殺人事件と断定され、容疑者として小笛の情人広川条太郎が逮捕された。
広川は神戸で会社勤めをしていたが、京都帝大の学生だったころ小笛の家の下宿して、小笛と関係を結んでいた。今でも小笛と条太郎の間には行き来があったが、あろうことか条太郎は千歳とも関係を持ち、それを知った小笛から千歳と結婚するように強要されていた。
さらに条太郎は事件があったとされる日の前の晩から小笛宅に泊まっていた。そして小笛の書いた遺書には、広川の印鑑が押され、現場には広川の名刺が数葉散らばっていた。また解剖の結果、小笛らが相次いで死んだのは、夕食後5乃至9時間後とされ、それは条太郎が泊まった日の真夜中のことであった。ところが条太郎は、真夜中どころか翌朝も小笛をはじめ皆は生きていたと証言したのだった。朝起きて食事をし、5時半には出勤のために家を出たが、そえを小笛が見送ったとまで言ったのだ。当然解剖結果とは異なるが、警察は条太郎の嘘と判断し、ここに条太郎は起訴された。


1976年7月号からはじまった連続企画「探偵小説55年を考える」今号で13回目を迎えた。前々号からは幻の本格長篇を一挙掲載するという企画で、その第1号は多々羅四郎の「臨海荘事件」(前々号と前号に分載)だったが、今号は第2弾として山本禾太郎の「小笛事件」を一挙掲載。
もともとは「頸の索溝」と題して昭和7年7月から新聞連載されたもので、実際の事件を法医学上の鑑定問題から取材した作品。550枚のボリュームの作品を一気に掲載した。
ほかに新青年に応募された「遺書」と昭和10年にぷろふいるに掲載された井上良夫の評論「探偵小説の本格的興味」、泡坂妻夫と竹本健治の連載。

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