1977年7月号
目次
連続企画 探偵小説55年を考える
幻の本格長篇&評論
臨海荘事件(前篇) 多々羅四郎
科学的研究と探偵小説 小酒井不木
探偵小説論 井上良夫

書下し珠玉短篇
 山沢晴雄

幻影城第二回新人書下し
密室のショパン 霜月信二郎

連作小説
黒い霧 泡坂妻夫
下僕にドラゴンの血を 新羽精之

連載本格探偵小説
匣の中の失楽 竹本健治

研究・評論
続・書かでもの記・9 横溝正史
メトロポリス(下)・幻影館7 紀田順一郎
探偵作家風土記・外地篇 玉井一二三
「銀と青銅の差」と「『期待』と名づける」鑑賞 金田一郎
ミステリ館への誘い・新刊紹介 二上洋一
 
臨海荘事件(前篇)
多々羅四郎
省線大井の駅から程遠からぬ臨海荘というアパートで殺人事件が起きた。10月12日の朝10時ごろに、アパートの小使中居村二郎が、郵便物を13号室に届けたところ、様子がおかしかったので管理人の太田耕作に連絡し、扉の鍵を開けた。
そこには13号室の住人本野義高が、短刀で刺殺されて転がっていた。死体のそばには黄銅鉱石が転がっており、犯人はこの鉱石で殴って気を失わせて刺殺したらしく、鉱石には血が付着していた。
出入口は一か所しかなく鍵がかけられていた。鍵は特別あつらえで2つしかなく、ひとつは被害者の持つ財布から出てきたが、もう一つの管理人が持つ合鍵は数日前に壊れてしまっていた。
また部屋の窓には全て内側から錠がかけられていた。死亡推定時刻は前日の午前11時以前だったが、アパートの玄関にある管理人室にはずっと管理人がいて、その管理人は11日9時30分に被害者が外出から帰ってきたのを目撃していた。
したがって殺人は11日の9時30分から11時の間に行われたことになる。この時間に3人の人物が被害者を訪れていた。被害者の甥の本野義夫、声楽家で義夫の友人の大枝登、映画女優で被害者の親戚の秋川澄江の3人で、この順番に訪れていた。
最初は3人とも被害者は生きていたと証言したが、警察の尋問で澄江が、ついで大枝が被害者はすでに死んでいたと証言を変え、その結果義夫が逮捕収監された。現場には義夫の血染めのハンカチが落ちており、それが警察の手に入ったのである。
事件は義夫の逮捕で一応の区切りがつき、近藤という開業医が往診途中に何者かに襲われて重態となる事件も発生したために、捜査本部も解散したが、凶器は発見されていないし、現場の部屋からはスーツケースがなくなっているのも気がかりだった。そしてベテラン刑事の長瀬は義夫犯人説に疑問を持ち、独自に捜査を続けた。


山沢晴雄
中小企業の社長秘書内田京子は、社長のお供で日曜日に大阪市内を一緒に歩き回る。社長は両親代わりに育て、かつその後会社で仕事を与えてくれた人で、京子にとっては父親のような存在だった。
映画を見、立ち寄った古本屋で社長は本を買い、取引先の店を訪ねた。そこで社長から用事を頼まれ、阪和線南田辺駅前の喫茶店で、ある人に文書を届けてほしいと頼まれる。
喫茶店で待つ京子に、約束の4時を5分ほど過ぎた頃に社長から電話が入り、約束はキャンセル、変わりに会社に戻って手紙を出してくれと言われる。手紙の内容はカセットに吹き込んであるとのことだった。
会社に戻ると言われたとおりカセットに吹き込みがあったので、タイプにうち速達で出す。ふと見ると部屋の隅に先ほどまで社長の持っていた鞄があり、机の上には古本屋で買った本があった。
社長は電話で手紙をカセットに口述したあと、友人のところに行くと言っていたので、そう思ってビルを出ようとした。その時にビルの管理人に聞くと、社長はビルの玄関を通っていないと言う。その時は裏口から入ったと思っただけだったが、その後裏口に通じる扉が、作業のために塞がれていたことを知り、びっくりする。
社長はビルの玄関から入る以外にないはずなのに、いったいどこから入ったのだろうか…

密室のショパン
霜月信二郎
箱崎音楽学校の創立者であり経営者であり校長でもあった箱崎大造は、男三人女一人の子供を自宅に呼び寄せ、病気の為に引退し、副校長の玉置正彦に後を譲ると宣言した。
玉置は大造とは敵対していたが、時代の流れには勝てないと、子供たちの反対を押し切っての決定であった。その夜9時半には玉置と弁護士を呼んであり、その席で最終的に決定するつもりだとも言った。
そして8時少し前に大造は、母屋から20メートルほど離れて建つ書斎兼ピアノ練習場に日課となっているピアノのレッスンに向かった。すぐにショパンの「雨だれ」が聞こえ始め、その音は間断なく続き、ピアノの音が止んだのは9時20分ごろであった。
9時30分、玉置たちがやってきたが一向に大造は現れず、離れに行っても一つしかない扉には鍵が掛けられていた。予備の鍵を探し出し鍵を開けて入ってみると、殴り殺された大造の死体が…
凶器は室内にあった銅製の重い花瓶、ドアの鍵はスイス製の特殊な物で合鍵の作成は不可能で正規の鍵は大造が握っていた。
ドアを開けた予備の鍵は使われた形跡がなく、埃にまみれていた。現場の離れは完全な密室であった。

黒い霧
泡坂妻夫
早朝の商店街に突然黒い霧が発生し、商店街中をパニックに陥れた。黒い霧の正体はカーボン。袋に入ったカーボンが商店街の道路に落とされ、それを車が轢いてカーボンの煤が舞い上がったというわけ。
商店街に居合わせた亜は真っ黒になりながらも、商店街の近くの陸橋の上から故意に落とされたものであることを見つけた。陸橋の上には道路と単線の市電の線路が走っていた。
この事件の犯人はカーボンを袋に入れ、袋の口を針金で縛り、市電の線路の真ん中に打ちつけた釘に針金を伸ばして引っ掛けてカーボン入りの袋を陸橋からたらしたらしい。
始発の市電が線路の上を横切る針金を轢ききって袋が落下、それを車が轢いて街中にカーボンを撒くという仕掛けだった。
聞けばこの商店街では一月前にも運送車が落としたカーボンの袋を、ほかの車が轢いて街中を黒くしたばかりだった。今回の事件はその一月前の事件を真似たものらしいが、いったい誰が何のためにそんなことをしたのだろうか。
愉快犯、模倣犯などの常識的な説から、はては一月前の事件でカーボンで汚れた畳を入れ替えて大もうけした畳屋が二匹目を狙った陰謀説まで飛び出したが…

下僕にドラゴンの血を
新羽精之
何度か訪れた平戸の地で私は、船べりから急流の黒潮に手をひたしながら、キリシタンの伝承が生きている海に、言い知れぬ懐かしさを覚えていた。
この地の隠れキリシタンの間では、サン・ジュアンさまが祈りの合言葉として、厳しい弾圧下でも信仰を守る護符となっている。そのサン・ジュアンがどういういわれで合言葉になったかというと…


連続企画の「探偵小説55年を考える」は今号で11回目。これまでは短篇中心だったが、今号からは長篇を復刻していくとのことで、その第1回目は昭和11年の「臨海荘事件」。今号は前篇として2号にわたって掲載。
「臨海荘事件」は昭和10年に春秋社が行った我が国初の書下し長編の公募での第2席入選作。ちなみに第1席は蒼井雄の「船富家の惨劇」で、「臨海荘事件」と北町一郎の「白日夢」が第2席だった。
「臨海荘事件」の作者多々羅四郎は、この一作だけで消えた作家で、経歴等は一切不明。今回は40年ぶりの復刻となった。そのほか今号には小酒井と井上良夫の2本の評論を再録。小酒井のものは大正11年の新青年に、井上のものは昭和9年のぷろふいるに発表された。

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