1977年1月号
目次
連続企画 探偵小説55年を考える
「苦楽」探偵小説選
デパートメントストア狂想曲 小舟勝二
二重の陥穽 和氣律次郎
ものいう犬 田中総一郎
宝猫 松浦美壽一

新連作小説
G線上の鼬 泡坂妻夫
パイド・パイパーは鼠で殺せ 新羽精之


連載小説
朱の絶筆 完結編 鮎川哲也

新年懸賞犯人当て
遅れてきた密室 問題篇 筑波孔一郎

作品発掘
極南魔海 埴輪史郎
アヴァンチュウルの設計技師・埴輪史郎 鮎川哲也

評論・研究
カリガリ博士・幻影館 紀田順一郎
探偵作家風土記・中国篇 玉井一二三
小栗虫太郎の出現・日本探偵小説史ノート 中島河太郎
編集者の悪徳・博文館の侍たち 岡戸武平
出版物の取締りと著作権T・博文館とその周辺 小林一博
スパイ小説の系譜・フランス探偵小説史 松村喜雄
ミステリ館への誘い・新刊紹介 二上洋一

第2回幻影城新人賞・評論部門発表
編集者の不安・赤い家の秘密をめぐって 麻田実
都筑道夫の生活と推理 栗本薫
透明人間の定理・リラダンについて 友成純一
選評
若い人たちへの期待 大内茂男
可能性に期待 尾崎秀樹
一長一短をめぐって夜もすがら 紀田順一郎
 
デパートメントストア狂想曲
小舟勝二
京橋交差点にごう然とそそり立つ東亜デパートである夜、貴金属がごっそり盗難にあうという大事件が起きた。東亜デパートでは、ついこの前エスカレータで女児が大けがをする事故があったばかりで、そのときは責任者の片岡接待部長が譴責を受けた。
その後片岡の部下の沢野が、偽伝票を使って横領している事実が判明したが、片岡部長は不問に付した。むろん自らの保身のためであった。そして、今度はその片岡部長が宿直の一人として泊り込んでいた夜に、盗難事件が起きたのだった。

二重の陥穽
和氣律次郎
砂田伊三郎は20年間にわたる泥棒生活のあいだ、一度もヘマをせず、したがって当局にも一般世間にもその素性は知られていなかった。伊三郎は若い時から仲間内との交際もできるだけ避けていたが、たまには義理堅い連中と組んで仕事をすることがあった。
その連中の中に、下谷のお初という女がいて、その紹介で伊三郎は鎌倉の村田森之助に下男として雇われることになった。森之助は鎌倉の古い洋館に一人住まいで、家政婦を一人雇っているだけだった。その家政婦がお初だったのだ。
したがって広い洋館に主従3人、伊三郎はそこを拠点に周辺の邸宅を荒らしまわった。たちまち周辺の邸宅から多くの被害が出た。わずか7日間に、4件の邸宅から貴金属や現金3千円が盗まれた。すべて伊三郎の仕業であった。
そしてある夜のこと、胸騒ぎがするというお初が止めるのも聞かずに長谷川氏の邸宅に忍び込み、まんまと盗み終えた伊三郎が、思わぬヘマをしてしまった。窓から抜け出ようとした際に花瓶を落として割り、盛大な音を発してしまったのだ。
たちまちあたりは大騒ぎとなり、警戒していた警察の連中も集まって来て、伊三郎は絶体絶命の状況に追い込まれてしまった。

ものいう犬
田中総一郎
神戸の山の手にあるジャクソン・ホテルというのは、ホテルとは名ばかりで木賃宿同然の安ホテルだった。経営者も番頭もイタリア人であったが、そのホテルの13号室に夜毎幽霊が出るとの噂がしきりだった。
田舎周りの曲馬団で動物使いをする黒川は、その話を聞きこむと興味を持って自らジャクソン・ホテル13号室に泊まりに行った。実は黒川には不思議な才があって、自分の思っていることを牛や馬や犬や猫など動物の口を借りて発することができるのだった。世にいうペントリロキストだったのだ。
黒川はペスという愛犬を連れて13号室に入ると、噂どおりに夜中に幽霊が出た。黒川は驚いたふりをして部屋を飛び出し、扉の隙間から部屋の中の様子をうかがった。すると幽霊が奇妙なことを始めた。

宝猫
松浦美壽一
私がこの下宿に越してきてから、奇妙な夢ばかり見るようになった。夢はいつも同じで、私の部屋で男と女が両方から壁に沿って忍び足でたがいに近寄り、やがて私の寝ている頭のところで衝突する。その男女は夫婦らしく、衝突すると夫婦喧嘩を始めるのだ。眠っていた私もさすがに気が付き、文句を言いながら急いで身を避けようとするところで眼が覚めるのだ。
その夜もやはり同じ夢を見て眼が覚めた。8度目である。明かりをつけ、何をするでもなくぼんやりと部屋の片隅を見ると蜘蛛がいた。私は蜘蛛を追った。蜘蛛が天井に昇り、手が届かなくなると箒を持ってきて追った。
その箒が床の間の上の一角をついたとき天井板が跳ね上がり、そこから箱が一つ転がり出た。その箱は中に一枚の書きつけが入っているだけだったが、翌朝その話を下宿の主人にすると主人は飛び上がって驚いた。
その箱には、この家の家宝である猫の置物が入っていたという。宝猫と呼ばれ、純金で作られ目には宝石が入れてあった。どう安く見積もっても10万円の価値があり、仏壇の下に鍵をかけて保管していたが、先日近所で火事騒ぎがあった際に失われたというのだ。探偵小説家たる私は、主人の要請で箱の中身の行方を推理することになった。

G線上の鼬
泡坂妻夫
暮れも押し詰まった12月28日、雪の降る夜の東京郊外の道を一台のタクシーが走っていた。
走っているのは市道G号線、直線道路で右側は畑、左側には木立がまばらに続き、幾本か交差するわき道にもこれといった特徴がない田舎道であった。
タクシーの後部座席には亜が乗っていたが、そのタクシーの前に突然一人の男が立ちふさがった。同じタクシー会社の運転手仲間で、この先のG線と交差するわき道でタクシー強盗にあったという。
襲われた運転手金潟を乗せて近くの電話まで行き、そこから警察に連絡し、到着した警官やパトカーを引き連れて、襲われたタクシーのところに向かった。
金潟運転手は無我夢中で逃げたらしく、どのわき道でタクシーにあったかわからず、ようやくタイヤの跡を追ってたどり着いた。
ところがタクシーの中では強盗らしい男が殺されていて、車から出ている足跡はG号線に向かう一つ、つまり金潟運転手の逃げ出した時についたものだけだった。車の中は徹底的に調べられたが誰もおらず、何も出ず、警察は金潟運転手を犯人として連れ去ってしまった。
残った亜と同僚はタクシーの中に乗り込んできた刑事から話を聞いたが、亜はその話を聞くと車を飛び出し雪のG号線を何かを捜して歩き始めた。

パイド・パイパーは鼠で殺せ
新羽精之
九州南端にある青島海上ホテルにネズミが現れた。最初は1匹のネズミがロビーを駆け抜けただけだったが、ホテルにとっては重大事であった。しかもことはそれで済まなかった。人の目に触れるネズミの数が日を追って増えていったのだ。
青島というのは無人島で、そこを菅沼政久という男が買い取り、海上ホテルを開業したのだが、もともとは人が住んでいた島だったのだ。それがなぜ無人島になったかというと、その原因がネズミだった。ネズミが異常繁殖したのだった。
島の住民たちは県に駆除を頼んだが、ネズミの繁殖力には到底追いつかなかった。ネズミは増え住民を脅かした。そこに現れたのが菅沼だった。菅沼は自ら島に乗り込んで、ボランティアでネズミ退治を行った。ゴミの処理や通り道を塞ぐなどの対策のほかに、天敵も導入した。
最初は猫、さらに狸、それでも駄目だとわかるとイタチを島に放した。だがどれも多少の効果を上げただけで、結果的には失敗した。そこで菅沼は最後の手段として毒餌作戦を行った。
毒餌でネズミは大量に死んで成功したかに見えたが、生き残った少数のネズミは毒餌に見向きもしなくなり、逆に凶暴性を増して人間にまで食いつく始末だった。その結果風土病と思われる病気が蔓延した。ついに住民は島を捨てる決意をし、島は無人島と化した。
菅沼は島を買い取り、その金は住民に分配された。菅沼は無人の島のネズミを徹底的に駆除し、海上ホテルを建てたのだ。そのホテルにネズミが跋扈しだしたから、ホテル側も駆除業者を入れるなど退治に躍起となった。
しかしネズミは増え続け、ついには青いネズミが現れたり、海の上を大量のネズミが泳いで来て浜に上陸し、海水浴客を襲ったりした。そしてついにネズミは菅沼社長を襲った。菅沼社長はドアチェーンが掛った部屋で、ネズミに食い殺されたとしか思えない状態で見つかったのだ。

極南魔海
埴輪史郎
第二次大戦末期、南氷洋に現れたドイツの潜水艦U001号。艦には乗員90名のほかに日本の軍人3名が便乗していた。大戦中の日独間の連絡はもっぱらインド洋を往復する潜水艦によっていたが、大戦末期ともなると日本側の潜水艦基地のマレー半島もドイツ側の基地であるフランスも連合軍の攻撃にさらされ、潜水艦連絡も不可能になってしまった。
そこに登場したのがこのドイツの新型潜水艦で、この虎の子潜水艦を使って日独連絡を復活しようという計画が立てられたのだった。しかし大西洋を南下する過程で連合国海軍の発見するところとなり、いつしか予定航路は大幅にずれてしまい、やがて南米最南端に追い込まれるように進んだ。
艦内の水兵たちの士気は日ごとに落ち、やがて艦長に対し降伏を要求するまでになった。やむなく館長も降伏を決断したが、日本の軍人3名が反抗して魚雷を人質に艦を乗取ってしまった。
日本軍人たちは南米最南端のホーン岬を回り、太平洋経由で日本に向おうとしたが、季節がそれを許さなかった。艦は南氷洋で雪と氷に閉ざされようとしていたのだった。

遅れてきた密室
筑波孔一郎
新年懸賞犯人当てとして書かれたもので、問題篇80枚。専用葉書に犯人の名前、動機、殺害の方法を書いて、12月末日の消印有効で編集部宛に送ることになっていた。解答篇は3月号に掲載予定で、商品は本誌1年分だった。
その夜、柳逸作の家には新劇俳優の田上厚志と香田夏子、それに大倉ミユキの3人が集まっていた。柳逸作は大倉ミユキのパトロンで、ミユキはたいして名前も売れていないのにアルバイトもせずに演劇に打ち込めるのは、柳がバックにいるためだった。
この3人と柳、それに柳の妻の冬子、息子の武、それに柳家の同居人で作家の月葉弘一郎の7人で酒宴となった。座が砕け酔いが回り、酔いつぶれたミユキは2階の寝室に寝かされた。ミユキは酔うと服を脱ぐ癖があり、このときも下着姿だった。
部屋に運んだのはパトロンの柳で、30分ほどして様子を見に行くと部屋の中でミユキが腹を刃物で刺されて死んでいた。刃の先には毒が塗られていたらしく、傷はごく浅かったが即死に近い状態だった。様子を見に行ったのも柳だったが、その姿は偶然に月葉にも見られていた。
部屋の窓は内側から施錠されて出入りできず、ドアを開いた柳の姿は月葉も目撃している。ミユキが死んだのはドアを開ける直前だった。事件は密室殺人だったのだ


今号では第2回幻影城新人賞の評論部門が発表された。昨年の第1回に続いて入選作はなく、佳作に選ばれた麻田実、栗本薫、友成純一各氏の評論が掲載された。のちに小説でも大活躍する栗本薫氏のデビューである。
連続企画「探偵小説55年…『新青年』の創刊から『幻影城』の創刊までを考える」の今回は、雑誌「苦楽」に発表された探偵小説の傑作選。「苦楽」は大正13年1月から昭和3年5月まで、通巻53号にわたって発行された。今号掲載の4篇はいずれも大正後期から昭和初期の掲載作品である。
鮎川哲也の連載「朱の絶筆」は今回が最終回で、入れ替わるように今号から泡坂妻夫と筑波孔一郎という幻影城作家が隔月で書下ろし短編を掲載。今号は泡坂氏で亜愛一郎が活躍する「G線上の鼬」。また、新羽精之の「十二支によるバラード」の掲載が今号から始まった。

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