1976年12月号
目次
連続企画 探偵小説55年を考える
「新青年」1926年
あやかしの鼓 夢野久作
予審調書 平林初之輔
偽刑事 川田功
監獄部屋 羽志主水
レテーロ・エン・ラ・カーヴォ 橋本五郎
 山本禾太郎

連載小説
朱の絶筆 鮎川哲也
蜻斎志異・完 初恋 朝山蜻一

書下し読切
掌上の黄金仮面 泡坂妻夫
急行あがの 天城一
マクベス殺人事件 宮原龍雄

評論・研究
続・書かでもの記 横溝正史
渡辺剣次さんの思い出・幽霊居坐る 高木彬光
日本探偵小説史ノート・昭和十年前後の翻訳 中島河太郎
博文館の侍たち・新館時代 岡戸武平
博文館とその周辺・取次の発達と明治前期の出版界 小林一博
フランス探偵小説史・ルパンと著作目録 松村喜雄
探偵作家風土記・近畿篇 玉井一二三
「黒いトランク」と「準急ながら」鑑賞 金田一郎
新刊紹介=ミステリ館への誘い 千葉健児

1976年幻影城作家別総索引 幻影城サロン
 
あやかしの鼓
夢野久作
100年ほど前に音丸久能という鼓作りがいた。久能は今大路家という堂上方の、小鼓に堪能な綾姫という姫君に思いを寄せた。この綾姫というのがいたずらで、いろいろな男に関係して、隠し子まであったというが、久能に色よい返事をした。
しかし、それも綾姫のほんの一時の慰みで、やがて綾姫は鶴原という小鼓の上手のもとへ縁づいた。その輿入れの時に久能は何も言わず、小鼓をひとつ綾姫に贈った。これがのちにあやかしの鼓とよばれる、因縁の鼓である。
この鼓は陰気ではあるが、静かな美しい音を出したが、綾姫、その夫の鶴原卿、それを作った久能といずれも変死をし、やがて鶴原家では鼓を土蔵に秘めてしまった。
久能を先祖に持つ音丸久弥は縁あって東京九段の能小鼓の名手高林弥九郎のもとで養われていた。やがて高林家の一人息子が失踪すると、高林家の養子となり跡取りとなった。そんなある日のこと、鶴原家へ使いをすることになった。あのあやかしの鼓のある鶴原家へである。
鶴原家は当主が死んで、未亡人のツル子が仕切っていたが、その日はたまたまツル子が留守で、鶴原の甥で妻木と名乗る青年が応対に出た。妻木は鶴原家で書生をしているという。
妻木は久弥を家に上げ、あやかしの鼓の話を始めた。毎晩のようにツル子があやかしの鼓を打つのだが、その鼓がどこに隠してあるのかわからないというのだ。そして久弥に一緒に探してくれと言いだした…

予審調書
平林初之輔
老教授の家の隣にある空家、それは老教授の持ち家であったが貸家札を貼ってあった。ある朝、林という男が家を見せてくれと言ってきた。鍵はかかってないから勝手に入れというので林は空家に入った。そして台所で女の死体を見つけたのである。
林は死体に驚いて自分が疑われると思い込み、それを床下に隠そうとした。そこに教授の家の女中がやってきて、その試みは失敗に終わった。林は逮捕されたが、死体は死後12時間以上経過しているとの検死結果が出て嫌疑がはれた。
変わって容疑者となったのが老教授の息子であった。老教授の息子は昨夜空家に入ろうとすると、玄関の戸が何かに引っ掛かって開かなかった。強引にこじ開けると玄関の土間で大きな音がした。土間に立てかけてあった鉄の古寝台が倒れ、その下に女が死んでいたのであった。
この息子の供述に驚いたのが老教授であった。老教授は息子が精神病だと判事にい立てたが、鑑定の結果まったく正常であると門前払いされた。すると老教授は観念したかのように判事に向って、自分が女を殺したと自白をはじめたのだが…

偽刑事
川田功
停車場からある婦人の後を追けた栗屋君。その夫人が大きなデパートに入っていくと栗屋君も後を追う。夫人は3階の呉服売り場で半襟を選んでいた。すでに手には包を持っている。どこかで何かを買ったらしい。栗屋君は洋服売り場の陰から婦人を観察し続けた。すると夫人は半襟を一つ袂に忍ばせた。万引きだ。
やがて婦人は手洗いに入り、何気ない振りで出てくるとデパートを後にした。その夫人に不用意にも栗屋君は声を掛け、あろうことか探偵と名乗ってしまった。

監獄部屋
羽志主水
北海道北見地方の一角の水力電気の工事現場は、監獄部屋と通称されるが、監獄の方がはるかに天国であった。そこでは労働者は使い捨てであり、平均寿命は3ヶ月といわれた。不平の一つも言おうものなら、徹底的に痛めつけられ、命すら奪われかねなかった。
だが、そんな監獄部屋にも一筋の光明が射した。噂が東京に聞こえ、議会でも問題となり、役人が調査に来るというのだ。労働者にとっては監獄部屋の実態を訴える最大のチャンスであった。そしてその当日のこと…

レテーロ・エン・ラ・カーヴォ
橋本五郎
M子からいいものよと渡されたS兄様の手紙。それを嬉しく拝見したわたし。だけれど家はやかましくて、そこでわたしは教会の石垣の穴を使ってS兄様との手紙のやり取りを始めた…


山本禾太郎
兵庫県武庫郡夙川村五甲にある、神戸の貿易商野口甚市の別荘で、甚市の姪で26歳になる清子が絞殺された。別荘は母屋と離れに分かれ、清子は離れで寄宿していた。当夜は離れに清子が就寝し、次の間には下女の林ふくが寝ていたが、これはいつものことである。なお林ふくは聾唖者であった。
一方、母屋には神戸の野口合名会社の社員で支配人の山下誠一、店員の安田敏雄、同じく店員の山口要吉の3人が泊まりに来ていた。この別荘は、もともと甚市が住居として買い入れたものだが、須磨に新たに家を建ててからはほとんど使われず、清子が寄宿するだけとなっていた。そんなことから店員がよく気分転換に遊びに行き、平日・休日問わず泊まることも多かったから、これは何も特別なことではない。また別荘には別荘番兼管理人として林房蔵がいたが、房蔵は下女ふくとは縁戚関係にある。
下女ふくはただならぬ気配で目を覚まし、清子の寝室を覗いたが、そのときに黒い影が寝室から逃げだすのが認められたが、すでに清子はその時点で殺されていた。
警察の捜査、解剖結果などから、清子には死ぬ前に情交があった痕跡が認められ、母屋と離れの間を白棒縞の浴衣の影が二往復、黒い影が一往復したことが明らかになった。白棒縞の浴衣は別荘の備品であり、山下・安田・山口の3人とも寝衣として用いていた。さらに清子の部屋にあった紙入と蟇口から現金が盗まれていることが判明した。これが当夜の事件のあらましであった。

初恋
朝山蜻一
新宿の花園神社の近くに住む永浦啓介の朝の散歩は、新宿の地下街を歩きXデパートの地階のスナックでコーヒーを飲み、青果部で買物をすることだった。その本当の狙いは青果部の主任を務める美しい女性。その女性に啓介は好意を寄せていたのだった。 それにしても新宿とは不思議な街だと啓介は思う。昔知っていた親しい女に会うことがないのだ。昔の親しい女といえば、啓介にとっては宮島千枝だった。千枝は歌舞伎町でバーを経営していた女性であった。

掌上の黄金仮面
泡坂妻夫
ある日のこと弥勒菩薩像の掌に黄金仮面の扮装をした男が現れ宣伝ビラを撒き始めた。しかしその男は暫くして掌から地上に落ちてきた。そしてその胸には拳銃の弾が撃ちこまれていた。
新幹線が開通し駅ができた羽並市。新駅付近はなぜか大手ゼネコンの向井氏と千賀井氏にかなり前から買占められていた。
その羽並駅の前に作られたのは巨大な弥勒菩薩の像。ゼネコンの向井氏が、亡き妻を偲んで建立したもので、胎内にも入れるようになっていた。
それから暫くして、その弥勒菩薩像の前に向井氏と敵対するゼネコンの千賀井氏が15階建てのホテルを建てた。よって菩薩とホテルは向き合うことになり、なんとも珍妙な光景が出現してしまった。
そんなある日のこと、弥勒菩薩像に忍び込んで、その掌の上でビラをまき始めた人間がいた。シルクハットに黄金仮面を着け、金ぴかの衣装の前後には宣伝用プラカードを提げていた。
撒いたビラは新規に開店したバー黄金仮面のもので、弥勒菩薩の掌の男は企画宣伝会社の社員。黄金仮面に扮して奇抜な宣伝を思いつき、菩薩像の施錠された扉を壊して侵入したらしい。
黄金仮面のビラの撒き方は、地上から見ると変な格好だった。手つきが怪しいのだ。そのときちょうど雲の写真を撮るために地上にいた亜は、最初高所恐怖症かと思ったがそうではないらしかった。
その黄金仮面が掌から落ちてきた。途中でシルクハットや仮面ははずれ、地上に落ちたときには普通の状態であった。そしてその胸には銃弾が撃ち込まれていた。
亜が上を見るとホテルの窓が一つ開いていた。犯人はあの窓から銃撃したに違いないと、これもたまたま居合わせた二人の刑事がホテルの部屋に駆けつけた。
すると、ホテルのその部屋には刑事達が追っていた指名手配の銀行強盗犯がいて、浴室にはその共犯だった女の絞殺死体があった。
すぐに男は逮捕されたが、その男の拳銃はひどく手入れが悪く、どう撃っても真っ直ぐ飛ばなかった。こんな拳銃で、かなりな距離がある掌の上の黄金仮面を撃つのはほとんど不可能だった。
しかし黄金仮面の胸には、このなまくら拳銃から発射された弾があったのだ。

急行あがの
天城一
東京上野駅前のホテルの一室で発見された男の死体は興信所の所長のものだった。所長は前夜、会津喜多方から帰ってくるはずの調査員をホテルで待っていた。
ところが、その調査員は喜多方から郡山に向かう急行あがの2号に乗って東京に向かったものの、途中で踏切事故にあって郡山で接続の特急を逃し、予定通り東京に帰れなくなった。
調査員はホテルの所長に連絡し、所長は宿泊することになったが、夜中に何者かによって殺害されてしまったという状況が判明。発見したのはその調査員とホテルのボーイ。郡山から最速の夜行で帰ってきて、翌早朝の死体発見となった。
調べていくと怪しいのは、その調査員であったが、事故というアクシデントで鉄壁のアリバイが…

マクベス殺人事件
宮原龍雄
S大演劇研究所は、佐賀市郊外にあった聖ザビエル会堂の建物を譲り受けて、シェークスピア記念劇場風のものに改装した。もともとS大学演劇部はシェークスピア研究の伝統があり、これには文理学部の中岳乙吉教授が指導にあたっていた。
教授は十数年前からシェークスピアものを手がけていて、ここを本拠とする演劇団体くすのき座は、九州一円だけでなく東南アジア各地でも定期公演をしており、劇評家たちからも好評を得ていた。
事件がおきたのは10月13日午後3時、中岳教授が舞台裏の小会堂といわれるホールに入ったところ、そこの調理場にひそんでいた犯人にフェンシングの長剣で刺され死亡した。
現場の冷蔵庫が開けられて食べ物が持ち出され、あちこちに食い残しがちらかっていた。午前中からこの付近に浮浪者がうろついており、小雨の中を浮浪者が演劇研究所の軒下で雨宿りしているのが目撃されている。
その浮浪者がホールに入り込んで冷蔵庫を荒らし、それを教授に見つかったので、そばにあったフェンシングの剣で刺して逃げと考えられた。フェンシングは劇団で、基本動作の一環として使われていたものであった。
中岳教授の友人である三原検事が自ら出張って捜査を開始するが捜査は難航し、たちまち10日が過ぎた。そして研究所では第二の事件が起きた。劇団の中心人物王塚威和雄と女優のハネイウイル夫人が殺されたのだ。
2人はハネイウイル夫人の部屋で殺されており、王塚は教授と同じくフェンシングの長剣で刺し殺され、夫人は全裸にされスカーフで首を絞められて死んでいた。


連続企画「探偵小説55年…『新青年』の創刊から『幻影城』の創刊までを考える」の今回は、「新青年」の1926年(大正15年)の傑作選。序文で編集長の島崎博は、この年は創作探偵小説が見事に開花した年だと述べている。そのなかから山本禾太郎の「窓」(6月号)と夢野久作の「あやかしの鼓」(10月号)の懸賞2等入選作の2篇を始めとする6編を再録。山本と夢野はこの当選をきっかけに文壇にデビューし活躍した。
書下しでは幻影城作家の泡坂妻夫、独特の文体で綴る本格派作家の天城一、やはり本格派でいぶし銀のような宮原龍雄の3編。また、朝山蜻一の連作「蜻斎志異」は今回が最終回で、来月号からは新羽精之の「十二支によるバラード」が始まる。

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