1976年10月号
目次
連続企画 探偵小説55年を考える
「探偵趣味」傑作選
煙突奇談 地味井平造
兵隊の死 渡辺温
或る夜の出来事 本田緒生
へそくり 春日野緑
最後の手紙 窪利男

連載小説
朱の絶筆 鮎川哲也
蜻斎志異・第十話 幻覚 朝山蜻一

珠玉短篇集
影のセリフ 小林久三
緋の大正琴 谿渓太郎
若い悪魔たち 石沢英太郎
皐月の告発 西東登
写真館の殺人 梶龍雄

書下し読切中篇
紙の罠 筑波孔一郎

連載
続・書かでもの記 横溝正史
日本探偵小説史ノート・「探偵趣味」をめぐって 中島河太郎
博文館の侍たち・好評の「新青年」 岡戸武平
博文館とその周辺・「日本大家論集」の創刊 小林一博
フランス探偵小説史・メサックの探偵小説 松村喜雄
探偵作家風土記・近畿篇 玉井一二三
「誘拐」と「わが一高時代の犯罪」鑑賞 金田一郎
平井呈一氏の思い出 紀田順一郎
探偵作家尋訪記追補 鮎川哲也
新刊紹介=ミステリ館への誘い 千葉健児

現代推理作家展望・多岐川恭
欲望の実験 多岐川恭
二夜の女 多岐川恭
多岐川恭論=孤独なニヒリストの肖像 権田萬治

幻影城サロン
 
煙突奇談
地味井平造
銀座通りを巡邏していた1人の巡査が、ふと空高くそびえるKB製菓工場の煙突上に異物を認めた。白昼のことで、銀座には多くの人々がいたが、この巡査の行動が連鎖的に広がり、人々も皆煙突を見上げた。
中の一人が望遠鏡を取り出して見てみると、それは煙突に上体を突っ込んで2本の足を空に広げている、人間の姿であった。
KB製菓は労働争議中で操業しておらず、煙突に上る梯子も途中で大きく破損しており、使用不能であった。労働争議のために煙突の修繕すら思うに任せなかったのだ。
警察が死体を下し、煙突上の人間は身元不明の西洋人の男とわかったが、それ以外のことはまったくわからなかった。

兵隊の死
渡辺温
原っぱに横たわったその兵隊は、連隊一の射撃の名手であった。兵隊は鉄砲を取り上げると仰向けのまま空に向けて1発の弾を撃ち放ったが…

或る夜の出来事
本田緒生
風の吹く夜、明かりのついた敷地内の洋館から一人の女が駆けだした。庭を見ていたその家の女主人百合子は、暗がりにかすかに見える女の姿を追う。女は裏木戸を開ける寸前にそこに倒れた。
直後に裏木戸が開き、同時に百合子は倒れた女のもとに駆けつけた。倒れた女は一週間ほど前に身元も確かめずに雇い入れた女中のお久米だった。お久米は額に傷を負って気絶していたが死んではいなかった。
百合子はすぐに開いた裏木戸から路地を見渡したが、そこには影一つなかった。女の足とはいえわずかな距離でお久米のところにたどり着き、すぐに路地を見た。
どう考えても、それだけ時間でお久米を襲った犯人が路地から消えるのは無理であった。なのに路地には、その影すらもなかったのだ。

へそくり
春日野緑
普段は昼間遊び歩いて家にはいない有閑婦人だが、その日はたまたま家にいた。すると近所に火事。夫人は大慌てでへそくりとありったけに貴金属類を身に付けたが、そこで気絶してしまった。気がつくと、側には帰って来た主人が立っていて、貴金属だらけの夫人とへそくりを見下ろしていた…

最後の手紙
窪利男
時子が辻村のアトリエでモデルを始めて一週間、時子は辻村が恋心を抱いているのを知った。口には出さないが、ひしひしと伝わってくるのだ。やがて辻村が絵の感想を聞き、時子は正直に下手であると伝えた。
辻村は今書いている絵をあきらめ、翌日からは一日おきに通ってくることに改めた。その夜、時子は辻村からの手紙を受け取った。
それには時子が正直に絵の感想を述べてくれたことを謝し、明日から新たな絵に挑戦する旨の決意が述べられていた。その一本気な気持ちに時子は好感を抱いた。そして翌日、辻村の新たな挑戦が始まった。

影のセリフ
小林久三
映画撮影所の大部屋俳優吉村は、同僚の辻井の結婚式で、辻井の花嫁を見て驚いた。京子というその女の秘密を知っていたのだ。
売れない俳優の吉村は、とても俳優だけでは食べていけないから、タクシー運転手のアルバイトをしていた。あるときメッキ工場の工場主奥野という中年の客を乗せた。
その奥野が降りた後に続いて乗り込んだのが京子だった。問題は奥野が車内に現金620万円の入った紙包みを忘れたとこだった。
奥野はタクシーの番号と運転手名を控えていたので、置き忘れたのが吉村のタクシーである事はすぐに分かった。しかし車内には紙包みはなく、吉村がネコババしてのでもなかった。
とすれば京子が持ち逃げしたとしか考えられなかった。しかし警察は吉村を疑い、連日取り調べた。しかし証拠は上がらず、逮捕もされなかった。
それはよかったのだが、おかげで吉村はせっかく廻ってきたセリフ入りの役を棒に振った。吉村は京子を見て、復讐のチャンスとほくそ笑んだ。暫くして辻井の留守を狙って吉村は京子に電話した。
京子は惚けたが、数日にわたって電話するうちに会うことを承知した。吉村は京子の体を抱き、月10万円を払うように要求した。それから半年、京子から相談があると吉村に電話があった。
吉村が京子のマンションに行くと、ドアには施錠されていなかった。用心しながらも中に入る吉村の目に殺された京子の姿が映った。

緋の大正琴
谿渓太郎
名古屋の民謡酒場のマダム松井栄子が部屋で殺されているのが見つかった。部屋は密室で、ドアの鍵は2つしかなかった。1つは栄子が殺されていた近くにあり、もう1つは管理人が預かっていた。
死体の発見された日、栄子は友人でクラブのママ美代と歌舞伎を見に行く約束をしていた。美代が約束の3時に栄子を訪ねたが応答がない。そこで管理人に頼んで、ドアを開けてもらい死体を見つけたのだ。
管理人はたまたまトイレの窓から2時ごろに栄子が出かけるのを見たという。すぐ近くにちょっとした買物でもするような感じだったという。死亡推定時刻は1時から3時の間。したがって殺害時刻は2時から3時、買物の時間を考えれば2時半から3時の間とされた。
容疑者は栄子の愛人の宮永と栄子の前夫小西の2人だが、宮永には香港出張、小西は埼玉県の工場に資材の配達にいっていたというアリバイが成立した。

若い悪魔たち
石沢英太郎
福岡県春日市の国道沿いのアパートで小森という暴力団員が殺された。小森は金融業者と組んで、悪質な取り立てを行っていた。
その線と小森が最後に残したダイイングメッセージ「…グチ」から、北口隆という14歳の少年が逮捕された。隆は犯行を自供した。隆の母が小森の執拗な取り立てにあって、1ヶ月前に自殺したのだ。
テレビ局に勤める岸川は、この話を聞いて疑問を持った。岸川は北口隆の父親の後輩にあたり、隆のことも昔からよく知っていた。岸川はその隆を小森が死んだ時間に久留米市内で目撃したのだ。
隆は暴走族の一人として久留米市内を暴走し、白バイに追われて転倒、一瞬その素顔を見せたが、その顔を岸川が目撃したのだった。

皐月の告発
西東登
私は東京競馬場で、ひょんなことから寺岡という男と知り合った。その寺岡から私は皐月の鉢植えをもらい、以来丹精込めて育てていた。
それから4年が過ぎ、後輩の警視庁捜査一課城川警部から皐月にまつわる事件の話を聞いた。殺されたのは海野という68歳の老人で、海野の家には皐月が所狭しと並んでいた。しかもその一つが、かつて寺岡のところからもらった品種であった。

写真館の殺人
梶龍雄
時は明治10年、写真家北庭筑波のところに、押しかけ弟子の脇田が入った。その脇田が殺人の容疑者として捕まった。スタジオで北庭の助手の伊山を襲い、殺したとされた。だが実際は脇田にはアリバイがあった。普段は気に食わない脇田だが、北庭は脇田を庇った。

紙の罠
筑波孔一郎
モルグクラブというミステリ好きの脚本家や小説家の集まりがあった。例会では犯人当てのゲームが行われる。会員が順番で犯人当ての小説を執筆朗読するのだ。
脚本家の辻多賀雄が当番に当たったが、辻の都合や辻の妻が死去したことにより2回ほど流会になった。辻の妻が死んで2週間ほどしたころ、事務局の荻野が会員からせっつかれて辻の様子を探る電話を入れた。
すると辻の方から例会の開催と、そこでの犯人当て小説の朗読を提案してきた。しかも開催は明後日にしたいという。
そこで荻野は大急ぎで会員に連絡を取ったが、出席率は低く、結局辻と荻野以外は7名しか集まらなかった。辻は創作の時間がなかったので、送られてきた脚本の中から小説に書き直したものを朗読したと提案した。
異論もあったが執筆者本人を事後承諾させることを条件に、朗読をさせることにした。朗読が終わって、荻野はその犯人当て小説に強い違和感を抱いた。
一部の会話が辻の直近の小説に非常に類似している、いやそっくりなのだった。荻野は手をあげてそのことを指摘した…

幻覚
朝山蜻一
外科病院に入院している大田渓三は、傷の痛みと点滴のうっとうしさを忘れるために、夜になると睡眠薬を注射された。
眠りに就くと、復員してきた直後の妻のつれない態度、子供を連れて男のところにいってしまった妻、その妻の相手の男、その後ヤミ屋をやっている方谷との出会い、さらに方谷がどこかの女中に子供を産ませてその女のところに転がり込んだこと、置いて行かれた方谷の妻と関係を持った渓三等々過去の夢を見るのが常だった。

欲望の実験
多岐川恭
かつて私は柿原とある実験をした。究極の状態におかれた男は、食欲と性欲のどちらを選ぶだろうかというのだ。私は食欲といい、柿原は性欲といった。2人は賭けをした。
賭金は5百万。実験の対象は、私と柿原のボスを裏切り、地下室に監禁されている男。その男を山中の建物に移し、10日間生命を維持するのに最低限の食事だけを与え、覗き窓から我々の豪華な食事とセックスを見せる。
10日目、やせ衰えて立つこともやっとの男を豪華な食事と豊満な肉体の並ぶ部屋に連れ込んだ。男はなんと女を選んだ。私は賭けに負けたのだ。賭金5百万はボスから借金をして払った。
それから4年、私はボスを裏切り追われる身となって、ある山中に身を隠した。持って行った食料は尽き、何も食わずに3日間を山中で過ごした。その俺の目の前に現れたのはピクニックの3人連れ。
しかも男女の2人は枯れ枝を集めにいなくなり、私の目の前には彼らが持ち込んだ食料と若い女が残った。しかも女は全裸になって目の前の小さな池で水浴を始めたのだった…

二夜の女
多岐川恭
山口県の真中ほどにある盆地の温泉場、そこは泉源が豊富とはいえず、療養本位のところだった。名和はそこの一軒の旅館に宿泊していたが、その旅館には女の2人連れが宿泊していた。
宿の女中によると、その2人は一人旅で、女同士ということで寂しさを紛らわすために同室を希望したのだった。ある朝、なぜと名乗るそのうちの1人が朝早く宿を発った。
それからしばらくして今度は駐在の警官が宿にやって来た。東京で夫を殺した女が、全国を転々とし、今広島県北部からこの旅館にいるあたりに潜伏しているらしいというのだった。駐在は当然のごとく今朝早く旅立った名瀬に目をつけた…


連続企画「探偵小説55年…『新青年』の創刊から『幻影城』の創刊までを考える」の今回は大正14年に創刊された、我が国最初の探偵小説同人誌「探偵趣味」傑作選。昭和3年9月まで続いた雑誌だが、そのなかから比較的短い5篇を採録。
珠玉短篇集は小林久三、西東登、梶龍雄ら5篇、ほかに幻影城作家の筑波孔一郎の中篇、さらに「現代推理作家展望」の第3回は乱歩賞作家の多岐川恭。

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