1976年9月号
目次
連続企画 探偵小説55年を考える
大正期「新青年」翻訳探偵小説傑作選
サムの魚釣 ジョンストン・マッカレー/坂本義雄訳
誰? モーリス・ルヴェル/田中早苗訳
レッカの巫女 ダヴィソン・ポースト/浅野玄府訳
黄昏 L・J・ビーストン/延原謙訳
謎の犯人 オースチン・フリーマン/妹尾韶夫訳

連載小説
朱の絶筆 鮎川哲也
蜻斎志異・第九話 黄色いオルフェ 朝山蜻一

珠玉短篇集
Sの悲劇 中町信
折れた首 麓昌平
わが師、彼の京 山村直樹
弱者の部屋 桜田忍

作品発掘
神になりそこねた男 紗原砂一
幻の作家を求めて=含羞の野人・紗原砂一 鮎川哲也

連載
続・書かでもの記 横溝正史
博文館の侍たち・昔の文士の生活 岡戸武平
博文館とその周辺・大橋左京の上京・続 小林一博
フランス探偵小説史・ダールとアントニオ警部 松村喜雄
探偵作家風土記・中部/近畿篇 玉井一二三
「猫は知っていた」と「林の中の家」鑑賞 金田一郎
新刊紹介=ミステリ館への誘い 千葉健児

現代推理作家展望・香住春吾
一割泥棒 香住春吾
米を盗む 香住春吾
香住春吾論=謎帯一寸徳兵衛 寺田裕
名探偵登場=全員スターの西萩署 二上洋一

幻影城サロン
第2回<幻影城>新人賞募集
 
サムの魚釣
ジョンストン・マッカレー
地下鉄でスリをして生活するサムは、勧められてメイン州に釣りに出かけた。ちょうどその日は競技会の日にあたっていたが、毎年優勝するのはニューヨークから来るシムロンという男だという。
そのシムロンという男、普段は紳士的なのだが、こと魚釣りになると狂人になり、仲間には悪口雑言、優勝すれば自慢タラタラで周りの人間を馬鹿にしきった態度を取るから、このあたりの釣り人からは嫌われていた。
だが、誰も勝てない。そこで釣り人たちはサムに期待した。シムロンはサムの出で立ちを見て馬鹿にした。安ものの竿、普通の釣り糸、餌はミミズだったからだ。だがサムは期待に応えた。
シムロンは負けたと知ると顔を真っ赤にして怒りサムを罵倒した。サムも受けてたったが、あまりに悔しいからニューヨークに戻ったシムロンの跡をつけ、地下鉄の中で大事そうにしている皮の財布を抜き取った。

誰?
モーリス・ルヴェル
医師である私は、街中ですれ違った青年をどこかで見たような気がしてしょうがなかった。間違いなく、その青年にはどこかで会っている。だが思い出せなかった。いくら考えても思い出せない。
その青年のことは、4〜5週間たっても頭から離れなかった。そしてふと標本の頭蓋骨を見つめてハッした。その頭蓋骨が青年にそっくりだったのだ。

レッカの巫女
ダヴィソン・ポースト
グレンケーヤン侯爵がリヴィエラで出会った若い娘と婆さんの2人連れ。2人は侯爵に密かに跡を追いて来てくれるように頼み、侯爵もその通りにした。先を行く女たちが入ったのは、うらぶれた別荘。
その別荘で侯爵は、純白の猫を一匹連れてきてくれるように頼まれた。侯爵が頼まれたとおりに純白のシャム猫を買って、最終電車で別荘に戻ると、老婆はナイフを出し白猫を切り裂いて、取りだした多くの金貨を猫の血潮に浸すという儀式を始めた…

黄昏
L・J・ビーストン
9年ぶりにアメリカ、インディアナ州から帰国してリヴァプールの港に入ったメアリは、恋人のアルバートが迎えに来てくれているかもしれないと、ふと思った。
メアリは突然、いてもたってもいられなくなって帰国したので、アルバートに帰国のことは一切知らせていなかった。船を降り、荷物を捜していると一人の男に声をかけられた。
相当老けてはいるが、その男はアルバートに違いなかった。だが、アルバートはメアリとは気づかずに、一緒に荷物を捜してくれた。メアリはそんなアルバートを見て、自分から名乗ることはせず、気づいてくれることを期待したが…

謎の犯人
オースチン・フリーマン
ソーンダーク博士が歩いていると、ビラムジ氏と名乗るインド人から突然声をかけられた。ビラムジ氏は慌てていて、医者を捜していると叫ぶように言った。
ソーンダイクが自分も医者だと名乗ると、ビラムジ氏は従兄のディナナスが殺されていると続けた。ソーンダイクはビラムジ氏に続いて、その屋敷に行くと、なるほどディナナスが頭蓋骨をたたき割られて、死体となっていた。
ビラムジ氏によれば、ディナナスは大変に大きなルビーを持っていて、それを腹巻に縫い付けたポケットに常時入れていたが、それが取られているという。さらに近くのテーブルの上には帽子が置かれていた。その帽子はビラムジ氏のものでも、ディナナスのものでもなく、犯人の遺留品と思われた。

Sの悲劇
中町信
山代商事東京本社の男子独身寮で殺人事件が起きた。殺されたのは寮の住込み管理人倉持年子の妹の美保子。美保子は大阪の市営住宅に住んで、地元のラブホテルに勤めていた。
その美保子が土曜日の午後、連絡もなくいきなり訪ねて来たのだ。金の無心だった。年子は吝嗇でかなりの金を持ち、それを寮の男性にヤミで貸し付けていた。
年子は金を渡し、夜の食事の買い物に寮のはす向かいにある肉屋に行った。年子が出掛けに見た美保子は、少し寒かったのか年子の赤の水玉模様のカーディガンを着て、テーブルに向かって椅子に座っていた。
年子が寮見戻ると、美保子は後頭部を殴られてテーブルに突っ伏して絶命していた。その間、寮には3人の男が出入りした。いずれも寮に住む人間で久保内聡夫、須藤貴央、佐々木憲一といった。
3人とも野球部の主力メンバーで、相次いで寮に入りユニホームに着替えて寮を出て行った。そして美保子は握った赤鉛筆でSのダイイングメッセージを書き残していた。

折れた首
麓昌平
福島県郡山にあるミリオン電気商会社長板原重吉が、東京で開かれた新製品の展示会から店に戻ると、机の上に一通の封書が乗っていた。
中には脅迫状が入っていた。8月13日に招待で泊まった東山温泉でのこと、そこの旅館で病死した三部隆助は本当は板原によって殺されたのだとあった。証拠の写真もあるという。
写真とネガの代金は5百万円。だが指定された日に指定された場所で待っても、相手は現れなかった。板原は悪質ないたずらだと判断したが…

わが師、彼の京
山村直樹
恩師の桑山先生からの久しぶりの手紙を読んで、10年ぶりに私は京都に向った。桑山先生は大学の主任教授を退官されて10年、今では書家として名高く、多くの弟子がいた。
弟子の中でも先生と同じ敷地に住む小川夏代、若尾綱吉、古田充の3人が高弟だった。私が着いた時に出迎えたのも、その中の一人小川夏代だった。
夏代によると、先生は散歩に出ているという。私は先生の散歩コースを聞いて後を追ったが、ふと好きな場所である双ヶ丘に行くことにした。
だが双ヶ丘の頂上で見たものは、先生の死体。後頭部を殴られていた。そしてダイイングメッセージらしく変体仮名で書かれた文字が残されていた。それは「西行なけ」と読めたのだが…

弱者の部屋
桜田忍
新左翼過激派K派の理論派として知られる大学講師、北林清嗣の殴殺死体が発見されたのは、8月17日の夜のことだった。悲鳴を聞いて駆けつけた通行人が抱き上げた時にはまだ息があった。
北林は通行人の腕の中で、囁くように「マト、マト」と2回繰り返して息絶えた。捜査は内ゲバ殺人、特に最近抗争が激しくなっている対立するT派の人物を中心に行われたが…

神になりそこねた男
紗原砂一
ロシアの老人が語る物語…革命時、赤軍の捕虜となった老人は、手伝いに来ていた農家の娘ニーナを手なずけて合鍵を作らせ、ニーナの手引きで脱走に成功した。
ニーナの家にかくまわれ、そこで教養高きニーナの兄と知り合う。やがて追手が迫って来たことを知った老人とニーナは、2人で林檎山脈に逃げ込んだ。
山中の洞窟に潜んで暮らし始めたが、近くには林檎の木があり、そこに黄金の実がなった。ニーナの兄は黄金の実は神のもので、絶対に食べてはならぬと言っていたのを思い出し、老人もニーナも手を出さなかった。
ところがある日、大嵐が吹いて林檎の実を吹き飛ばしてしまった。だが林檎の木には、ただひとつだけ黄金の実が残っていた…

黄色いオルフェ
朝山蜻一
藤波平太は大学入学と同時に、新宿のマンションで暮らし始めた。田舎の父親が平太の住居を捜しに来て、利殖にもなるとマンションを買い、そこぬ住むことになったのだ。
周囲はまだビルが少なく、平太の部屋からは低いアパートの屋根越しに景色が見渡せた。やがて平太は、道路を隔てた20メートルほど先のアパートの窓に注目するようになった。
その部屋には顔かたちのそっくりな女が2人住んでいた。ただ髪型は違うし、一人は黄系統の服を、もうひとりは緑系統の服をいつも着けていた。
ある日、少し離れた公園に平太がいると黄色と緑の服を着たよく似た2人の女がやって来た。アパートの女たちだった。女2人は思った通り姉妹、それも一卵性の双生児だった。
黄色の方が姉の梅子、緑の方が妹の弓子と名乗った。それから平太と双子の姉妹の奇妙な日常が始まった。

米を盗む
香住春吾
太平のところはまだ供出米10俵が未納であった。割当42俵のうち32俵は一番に収めたのだが、残りは供出を渋っていたのだ。
欲張りの太平は、なんとか供出を逃れて、ヤミ屋にでも売って儲けたかったのだが、農業委員から催促され、仕方なく供出に応じることにした。納屋には供出用の10俵を含めて、13俵の米俵があるはずだった。
だが納屋を開けてびっくり。7俵しかなかったのだ。さっそく妻のおとせを問い詰めた。おとせも欲張りで、太平に内緒でヤミ屋に米を売っていたのだ。供出を終わったものと思ったおとせが、勝手に6俵も売ってしまったのだ。
太平はおとせを叱ったが、いまさらどうなるものでもない。太平はその夜、弟に米を借りるために自転車に乗って隣村に向かった。この夜は村の鎮守の祭りであった。したがって留守の家が多い。
おとせは太平に対する申し訳なさで、この状況を利用して隣の正作の納屋から米を3俵盗みだした。正作は真面目な堅物で、他と違ってヤミに米を流すようなことは一切しなかったから、納屋には米が積まれていたのだ。
ところが翌朝、警察が太平のところにやって来た。正作の納屋から米が盗まれたのだという。警察は太平の納屋を見せろと迫った。そこで納屋を開くと、そこには13俵の米俵が積みあがっていた。

一割泥棒
香住春吾
山崎清二は空巣専門の泥棒であった。父親も母親も泥棒、妻の洋子も勤め先の金をくすねる女であった。今川団地の大塚という家の主婦が買い物に出た隙に、清二は空巣に入り12分で現金1万6千円を盗んだ。
清二は現金以外は一切盗まず、その手口は鮮やかだった。ところが翌朝、清二は新聞を開いて驚いた。大塚家の空巣の被害額は16万円。なんと10倍になっていたのである。妻の洋子も記事を見て疑っているようだ。
清二は怒った。このままでは絶対に済まさないと誓った。実は大塚家の主人武造が、妻の友子に指示して10倍の額を被害額として届けさせたのだ。その夜、清二はナイフを持って大塚家に強盗に入った。
ちょうど武造が会社から持ち帰った鞄があり、その中に商売で得た金があった。金額にして8万7千円。清二は大塚夫妻にさんざん文句を言い、脅しつけて8万7千円を奪った。
その帰り、ふとした出来心から清二は自転車を盗もうとして捕まってしまう。警察に連れて行かれ、夕方まで留置かれた。やっと解放されて家に帰りつき夕刊を見ると強盗の記事が出ていた。なんと被害額は87万円。
また10倍の額に水増しされていた。洋子もさらに疑い深そうな視線を向けた。清二は怒り心頭に発し、見境がなくなった…


連続企画「探偵小説55年…『新青年』の創刊から『幻影城』の創刊までを考える」の3回目は新青年翻訳探偵小説の傑作選。フリーマンのソーンダイクもののほかにフランスの作家ルヴェル、劇作家として著名な米作家マッカレー、米国の老作家ポースト、英国の作家ビーストンと新青年初期の小説群から5篇を選んだ。
珠玉短篇集は中町信や麓昌平など4篇だが、偶然の一致かそのうち3篇がダイイングメッセージもの。前号から始まった「現代推理作家展望」の第2回は関西のユーモア本格作家香住春吾の特集。

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