1976年8月号
目次
連続企画 探偵小説55年を考える
「秘密探偵雑誌」&「探偵文芸」傑作選
最後の日 松本泰
シアンプオルル氏事件の顛末 城昌幸
くらがり坂の怪 南幸夫
のの字の刀痕 林不忘

連載小説
朱の絶筆 鮎川哲也
蜻斎志異・第八話 去る夏の浜辺で 朝山蜻一

珠玉短篇集
微笑の憎悪 藤木靖子
疫病神 左右田謙
縫針 川辺豊三
実朝の首 宮田亜佐
やがて時効 高原弘吉

遺稿
走狗 吉野賛十
幻の作家を求めて=暗闇に灯ともす人・吉野賛十 鮎川哲也

新連載
続・書かでもの記 横溝正史

博文館の侍たち・渡辺温ちゃんの死 岡戸武平
博文館とその周辺・大橋左京の上京 小林一博
記録・探偵小説55年 島崎博
フランス探偵小説史・デュパンとその影響 松村喜雄
探偵作家風土記・中部篇 玉井一二三
「パノラマ島奇談」と「陰獣」鑑賞 金田一郎
新刊紹介=ミステリ館への誘い 千葉健児

現代推理作家展望・都筑道夫
首提灯 都筑道夫
またひとり人の死ぬ夜 都筑道夫
都筑道夫論=論理の冒険にいどむ戯作者 安間隆次
名探偵登場=分業制度の倶游夫探偵・なめくじ長屋 二上洋一

幻影城サロン
第2回<幻影城>新人賞募集
 
最後の日
松本泰
ロンドンに住む私は阿片中毒になった、一日も阿片なくして過ごすことはできない、このままにしていれば、数時間のちには警視庁の陰鬱な地下室に投げ込まれる身の上である…というA君宛ての手紙を書いている私。さらに手紙はなぜ私が阿片中毒になってしまったかと綴られていく…

シアンプオルル氏事件の顛末
城昌幸
バタビアからシンガポールに向かう船の上で私が会ったのはシヤンプオオル氏というフランス人。氏はひとりの女性船客を恐れていた。
聞けばその女性とはまずセイロン島のペラヘオ祭りで会い、その後はペナンの蛇寺、ニュージーランドの商店、オーストラリアの劇場、バタビアの旅館と会っている。
そして今また船の上である。しかもせおの船室は隣同士。偶然にしてはおかしいと考えた氏は、その夫人が何かを狙って氏をつけていると考えた。そこで私は氏と船室を交換したが…

くらがり坂の怪
南幸夫
K村と隣村との境にあるくらがり坂に人魂が出るとの噂が立ち、村人たちには人魂除けの願の暗誦が大流行。しかし医者先生だけはさすがに人魂の存在を信じず、やがて村の人たちも医者先生の言を入れて人魂を信じなくなった。
するとくらがり坂で、今度は新たな怪異が発生した。人の泣き声が聞こえるというのだ。女の甲高い声で、あるときは泣き叫び、あるときはすすり泣く。そんなある夜、会合帰りの医者先生がくらがり坂に差しかかると…

のの字の刀痕
林不忘
篠つくような大雨が降りやんだ朝、長屋に入ってきた納豆売りが、格子越しに血の匂いを感じた。締りをしてある戸を強引に引き開けてみるとあたりは血の海で、その中に一人の男が死んでいた。その男は名を栄太という悪党であった。
その長屋の主は栄太の弟で、栄太とは似ても似つかぬ真面目な男助三郎であったが、助三郎はおとといから妻のお銀とともに、妻の里の甲府へ旅に出ていた。
栄太はその留守を頼まれたのか、勝手に上がりこんだのかはわからなかったが、弟の住む長屋で何者かに殺されたのだ。栄太は表の土間で刺されたらしく、そこから血の跡が死体のあった台所まで続いていた。
手には柄杓を持っており、そばには鉄瓶が転がっていた。栄太はその鉄瓶の熱湯を浴びたらしく、顔は焼けただれて別人のようであった。
縄張り違いの十手持ち勘弁勘次がたまたまここを通りかかり、この様子を見て取ると江戸一の取りもの名人釘抜藤吉のもとに走った。

微笑の憎悪
藤木靖子
その頃はまだマンション時代ではなく団地の時代であった。そこの団地は戸数百戸に満たぬいたって小規模な団地であったが、新築であったために当時としては最先端の設備を整えていた。
その団地に安原という夫婦が住んでいた。夫を忠良、妻をしげ子といった。夫の忠良は男前であったが、しげ子の方はどことなく疲れたような女であった。
小さな団地であるから主婦たちはたちまちにしてグループを作り、話に花を咲かせ、階段やどこかのうちのDKが社交場となったが、しげ子だけはその輪に入らなかった。
すれ違えば挨拶ぐらいはするが、それ以上しげ子は社交の場には入らなかった。子供でもいれば、子供もを介して同じような子を持つ主婦とつながりができるのだが、安原夫婦には子供がなかった。
これもまた団地内では浮いた存在だった。なんとこの団地で子供がないのは安原夫妻だけだったのだ。日永一日しげ子は部屋の掃除をし、洗濯をし家を守ったが夫の忠良の心は徐々にしげ子から離れて行った。
夫の忠良は暴君に近く、妻のしげ子は従順で忍耐強かったから、夫妻の部屋からは苛立ってしげ子を怒鳴り、暴力をふるう忠良の声が絶えまないようになった。やがて忠良は家に寄りつかず、生活費も入れなくなった。
忠良がしげ子に抱く不満は子供ができないことだった。忠良は子供が大好きだったのだ。そして安原夫妻は離婚した。しげ子は少しの荷物とともに部屋を出て行った。
一週間もたたないうちに忠良は再婚し、容子という名の女が団地に入った。しかも身重の体であった。忠良は容子に対しては打って変わって優しく、容子の我儘を何でも聞いた。
やがて2人の間に男の子が生まれた。ところが容子には決定的な欠点があった。育児も家事もできなかったのだ。かといって家政婦や子守りを頼むほど安原家には金がなかった。
しかたなく容子は見よう見まねで育児を始めたが、家事はますますおろそかになり部屋の中は汚れ放題になっていった。そんなとき忠良の留守にしげ子が訪ねてきた…

疫病神
左右田謙
K高校教頭の宇賀神清は野心家であり末は校長になることを目指していた。そのためには手段を選ばず、たとえ周囲が何と思おうと歴代の校長や教頭にすり寄り、職員会議では体制側の発言をし、組合情報を積極的に流した。
その甲斐あって教頭任用試験を受け、県会議員につてをもとめて現在の職を得た。その自信家の宇賀神の最初のつまずきは些細なものだった。
その日、PTAの理事交代に伴う懇親会の席上、宇賀神は新理事の宍倉から酒を勧められた。宇賀神は車で来ていたので最初は断った。車を買ったばかりで、運転の誘惑に抗しきれなかったのだ。
宍倉も強引に進めはしなかったが、ちょっとした一言がきっかけで、宇賀神は酒を飲んだ。元来酒好きな宇賀神はそれからは酒を飲み続け、酔ったまま車を運転した。そして自宅近くの細い道で老人をはねた。
幸い周囲には人影はなく、老人も死んではいなかった。宇賀神は逃げた。自宅に帰ってみてみるとバンパーとヘッドライトが破損していた。宇賀神は車にシートをかぶせた。
その後数日は無事に過ぎたが、宇賀神は気が気ではなかった。そして職員室の何げない会話から宇賀神の車にはねられたのが、国語教師の有村麗子の伯父とわかった。
しかもそのときの宇賀神の態度から有村麗子に感づかれたらしい。数日して有村麗子は思わせぶりに宇賀神の車のことを聞き、今度乗せてほしいと言ってきた。
その場は取り繕ったが、有村麗子が宇賀神を伯父をはねた犯人として疑っているのは間違いない。もし飲酒運転、ひき逃げがバレたら今の地位は保てない。宇賀神は有村麗子の口を色仕掛けでふさぐことにした。
有村麗子は処女であった。宇賀神は一回きりにしてくれと懇願し、有村麗子も承諾したが、それで済むはずはなかった。やがて有村麗子は堂々と誘いをかけ、そして家にまで押し掛けてきた。
さすがに不快感を隠さない宇賀神に有村麗子は妊娠の事実を告げ、結婚を要求した。宇賀神は有村麗子を殺すことにした。

縫針
川辺豊三
温泉街にある木戸印判店の向かいに按摩の夫婦が引っ越してきた。夫の仙蔵は目が見えてが、妻の千代子は盲目らしく、顔は無表情でいつも黒眼鏡をかけていた。その夫婦の日常の世話は夫の仙蔵が見ていた。
妻の千代子はそれが当然というように構え、手伝い一つしなかった。一方で仕事の方は千代子の方が圧倒的に人気だった。なにしろ千代子は美しかったのだ。
この夫婦は木戸印判店の主人一郎とたちまち親しくなり、離婚した男やもめの一郎はしょっちゅう出入りしてはマッサージを受けていた。
そんなある日、一郎は千代子と体の関係を持った。それ以来2人の関係は続いたが、いつしかそれが噂になった。そして夫の仙蔵がバイクにはねられて死亡した。バイクは盗まれたもので、故意にはねたことはあきらかであった。殺人にも等しい行為だったが、その容疑は一郎に向けられた。

実朝の首
宮田亜佐
記者クラブに入ってきたその男は、M市役所計画部庶務課主任山崎高男と名乗った。そしてわたしに向かってビックニュースがあるという。源頼朝の子で公暁に暗殺された実朝の髑髏が見つかったというのだ。しかもその髑髏は骨董屋から山崎が買い、自宅においてあるという。山崎はその証拠となる古文書も見せてくれた。これがわたしと山崎の出会いで、山崎は新聞にこの記事を載せることを強引に求めてきた。

やがて時効
高原弘吉
大分県別府で10年前に起きた後藤巡査の殺人事件。当夜、山の手派出所に一人で詰めていた後藤巡査が行方不明となり、県警の大捜索にもかかわらず発見できなかった。巡査が男と派出所を出て歩いている姿を目撃している人も多かったのに、足取りはつかめなかった。
その事件の背後には暴力団の抗争が絡んでいると思われた。やがて後藤巡査の死体が、郊外の残されたままの防空壕のひとつから発見されたが、犯人の手がかりは得られず、事件は迷宮入となった。

走狗
吉野賛十
流しあんまの本田清吉の生活は苦しかった。そんな時にマッサージに呼ばれた尾崎という家から犬の散歩のアルバイトを頼まれた。毎朝10時に来てシェパードを連れて公園に行き、ベンチに座って犬の鎖を放す。20分ほどすると犬が戻ってくるので、またつれて帰って欲しいというのだ。アルバイト料は破格の300円といわれ清吉は飛びついたが…

去る夏の浜辺で
朝山蜻一
学生の八頭俊二は同級生の柏木透と夏の鎌倉でアルバイトを始めた。そこで俊二は神戸の船会社の若き未亡人大川鮎子と知り合って関係を結んだ。発明にも才のある俊二は、鮎子に石油タンクの構造についての新しいアイディアを記した特許出願書類を渡し、会社幹部に推薦して欲しいと頼んだ。
一方、俊二と透のアルバイト先の事務所に泥棒が入り、金庫を開けて金を盗んでいったが、奇妙なことに盗まれたのはほんの一部の120万円だけだった。

首提灯
都筑道夫
小悪党で、どうせろくな死に方はしないと近所のものに嫌われいた神田永富町の裏店に巣くっている、ごろつきの勘五郎が死んだ。近所のものが言うとおり、ろくな死に方ではなかったが、奇妙な死に方ではあった。首と胴体が別々に発見されたのだ。
首は竜閑川に架かる乞食橋近くの白幡稲荷の境内で、胴体の方は日本橋川に続く伊勢町堀に架かる雲母橋で見つかった。勘五郎の首は、刀か刃物かはわからないが見事にすぱっと切れら、相当腕の立つ侍か大きな魚を切りなれている魚屋のような職業の人間が切ったと考えられた。
首はもともと白幡稲荷の境内にあったらしく、そば売りの爺さんが目撃していた。すると犯行現場は白旗稲荷で、犯人はわざわざ手間のかかる胴体のほうを運んだことになる。これに首を捻った下駄常は、センセーに知恵をかりにやってきた。
調べてみるとこの勘五郎、質屋伊勢屋の息子や同じく質屋増田屋の番頭などを脅して小金を巻き上げていた。さらに美人局をするために、女もいた。近所の噂どおり、ろくな者ではなかった。周りの人間も勘五郎のことを悪く言いこそすれ、死んだからといって同情の声は一つもなかった。
しかし、小悪党なので逆に殺されるほどの恨みを買っていたとも思えない。いったい誰がいつ勘五郎を殺したのか?

またひとり人の死ぬ夜
都筑道夫
殺し屋の私が、今ひとりの男を殺そうとして車に乗せて走っている。相手は手錠を嵌められて身動きできず、私によって殺されることを知ると最後に観念して、ひとりの女を殺してくれと依頼してきた。金は男が所持している5万円。私はその男の最後の頼みを引き受けることにして、男を海に突き落とした。


前号からはじまった「探偵小説55年…『新青年』の創刊から『幻影城』の創刊までを考える」の第2弾として秘密探偵雑誌と探偵文芸の傑作選。秘密探偵雑誌は大正12年5月からわずか5ヶ月間だけ発行された雑誌で、その休刊後大正14年3月から創刊されたのが後継誌探偵文芸。
また本号から新特集として「現代推理作家展望」がはじまった。現役作家の書下ろしと名作再録、作家論と研究を組み合わせて作家の出発から現在までを理解する企画で、その第1回は都筑道夫。書下ろしはなめくじ長屋捕物さわぎの一篇で首提灯。

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