1976年6月号
目次
巻頭特集 密室小説傑作選
妖婦の宿 高木彬光
名探偵登場・白皙美貌の青年探偵・神津恭介 二上洋一
赤い密室 鮎川哲也
作品回顧=「赤い密室」の頃 鮎川哲也
殺人演出 島田一男
人と作品=事件記者推理の名手・島田一男 山村正夫
善の決算 日影丈吉
評論=密室論 紀田順一郎

戦前の探偵小説の特質―深海魚の夢 権田萬治

連載小説
遠きに目ありて・第五話 完全な不在・後編 天藤真
蜻斎志異・第六話 ブラックホール 朝山蜻一

日本探偵小説史ノート・作家平林初之輔 中島河太郎
フランス探偵小説史・ヴェルヌとミステリ 松村喜雄
探偵作家風土記・中部篇 玉井一二三
「天国は遠すぎる」と「天狗の面」鑑賞 金田一郎
新刊紹介=ミステリ館への誘い 千葉健児

巻末特集 筑波孔一郎読切中篇
Aの悲劇 筑波孔一郎
さかさ時計 筑波孔一郎

全日本大学ミステリ連合通信
「怪の会」通信
第2回<幻影城>新人賞募集
幻影城サロン
 
妖婦の宿
高木彬光
伊豆のホテルの離れ、そこにはホテルの実質的なオーナーで妖婦である八雲真利子の部屋があった。真利子は思い出したようにホテルに男友達を連れてきては離れに泊まっていくのだ。
ある日、真利子は東京から歌手の花村と映画俳優の月川を引き連れてやってきた。そしてその時ホテルには近藤啓一と変名した神津恭介も泊まっていた。
その日の朝、前もって真利子の荷物がいくつも届いたが、大型のトランクからは真利子の蝋人形が出てきた。しかもその蝋人形の胸には深々と短剣が刺さっていた。殺人予告ととっさにひらめいた支配人は、神津に真利子の護衛役を頼んだ。
真利子がやってきて神津を紹介され、その夜神津も離れに一室を宛がわれ泊まることになった。離れは6室からなる一棟建てで中央に廊下、右側にはホテルの形式上のオーナーで真利子の愛人小関氏の部屋、真利子の専用室、そして月川の部屋。
一方反対側は応接室、神津の部屋、花村の部屋の順であった。その夜殺人予告に脅えた真利子は部屋に鍵をかけ、さらに部屋の外には3時間交代で花村、神津、月川の順で朝まで寝ずの番をすることになった。
真利子の部屋は小関の部屋と廊下にそれぞれドアがあったが、どちらにも中から鍵がかけられ、窓も同様に施錠された。ところが朝方になって、部屋の中で真利子が死体となっているのが見つかった。犯人は神津の目の前で、厳重な監視付きの密室にやすやすと出入りしたのだ。

赤い密室
鮎川哲也
舞台は大学の解剖室。天野教授のもと伊藤ルイ、香月エミ子、浦上文雄、榎茂の4人の男女がその門下にいたが、4人は相互に憎しみさげすみあっている状態だった。
浦上と榎は天野門下の逸材といわれたライバル同士で、浦上が来春西ドイツに留学することが決まると、榎は浦上のことをことさらに過小評価した。
ルイとエミ子はその浦上のことを奪い合っていたが、結局美貌に勝る後輩のエミ子が浦上を奪い去った。ルイは表面上は平静にしていたが、心中ではエミ子と浦上を憎んでいた。
ある日のこと、いつもどおり浦上と榎が解剖室にやって来た。解剖室は建物の入口のドアにはナンバーロックのキーが付き、さらに解剖室の入口には鍵がついていて、ナンバーロックの番号を知っているのも解剖室の鍵を持っているのも浦上だけだった。
いつものように浦上がナンバーロックをあけ鍵を開けると解剖室の中にはバラバラの死体があった。解剖台には首と関節で3つに切断された左足、それに左の上膊と下膊が転がり、解剖台の回りには油紙と新聞紙に包まれた右の足や手、さらに記録机の下からは油紙包みが麻紐で結わえられ荷札まで付いた胴体と左手首があった。
近くにはハンカチでカバーされた自転車用ランプがスイッチオンのまま放り出されていた。被害者は香月エミ子で、犯人はエミ子の体を切り刻み、どこかに送ろうとして梱包している最中に邪魔が入ったとみえ、あわてて全てを放り出して逃げ去ったらしい。
現場は出入口は二重に鍵をかけられ、窓は内側から鍵がかかり、さらに鉄格子があり、その外側には鍵のかかった鎧戸が閉まっていた。他にはガス管、水道管、換気孔などがあるばかりで密室といってよかった。
前日の午後、解剖室では天野教授の執刀で浮浪者の解剖が行われたが、そのときには既にエミ子はいなくなっていた。犯人に誘い出されていたのかもしれなかった。
前日は浮浪者の解剖が終わると、榎が外から棺桶を担いできて浮浪者の死体を入れて霊安室に運び、その後は浦上がいつものように解剖室に鍵を掛けた。そのときには解剖室には何らの異常もなく、以後は死体発見まで解剖室の鍵があけられたことはなったのだった。

殺人演出
島田一男
東関製粉会社の社員寮鴻々荘の二階で死んだのは青木という男。青木は4日ほど前から熱を出して寝込み、会社を休んでいた。
殺された夜も氷で冷やし部屋で寝ていたが、突然室内から大きな音がした。寮の住人達が驚いて青木の部屋に向かうと、ドアは室内から鍵がかかって開かない。
仕方ないので窓に梯子をかけて覗こうとしたが、カーテンでよく見えないし、窓も開かない。その直後に青木の部屋の電気が消された。住人達は青木が起きていると思って声をかけるが返事はなく、再び相談のうえ力ずくでドアを破った。
部屋の中は枕もとの小テーブルが倒れ、その上にあったらしい洗面器はひっくり返り、床一面水浸し。そして青木は毒薬を飲んで絶命していた。
部屋の中には毒薬の瓶があり、そこからは青木の指紋のみが検出された。ドアには閂、窓には掛け金がかかり、部屋は完全な密室になっていた。警察は状況から自殺と断定したが…

善の決算
日影丈吉
洋画家汀田逸城が北鎌倉の自宅兼アトリエで死んだ。現場はアトリエで、鎌倉時代から伝わる弓矢で刺し殺されていた。アトリエの出入口は2ヶ所であったが、どちらにも鍵が掛かっていたと思われる。
思われるというのは、汀田画伯と言う人は自室にいる時は中から鍵を掛ける性質であったからで、発見者のひとりであった夫人の説明によればひとつめのドアは中から鍵を掛けられていて開かなかったし、2つ目のドアは夫人と女中が外から蹴破ったドアだった。
庭の廊下を見渡せる位置には女中がいて、被害者がアトリエに入ってからドアの2つが面している廊下をずっと見張る格好になっていた。また窓は高窓の採光窓だけであった。さらに凶器の弓矢は別の部屋に置かれていて、その部屋も鍵がかけられていた。
全ての鍵は画伯の死体のポケットから見つかった。警察は現場の状況から密室にも関わらず他殺の線で捜査を進めたが証拠があがらず、担当の春日検事も応援に駆り出された。

完全な不在・後編
天藤真
恐喝者の暴力団員米山俊太を殺害した容疑で逮捕された新劇の俳優大宮元は、恐喝されていた事実は認めたものの殺人は否認し続けた。だが状況証拠は大宮が犯人であることを示し、またアリバイも証明できないことから大宮は起訴され公判が開始された。
公判開始後間もなく大宮のアリバイを証明するひとりである、山梨の山道で行き会った浮浪者が発見された。A新聞の支局に出頭したのである。A新聞は十分に検証したうえで証人は本物と断定してスクープし、さらに証人を東京に連れてきた。
ところか山梨から列車でA新聞の記者に囲まれて上京した大事な証人は、新宿駅の雑踏の中で消えてしまったのだった。

ブラックホール
朝山蜻一
新宿に残るハモニカ長屋、2メートルもない幅の路地にこれも2メートル平方くらいの小さな店がぎっしりと並ぶ飲食店街にあるタンクという名の店。
そこのマダム、といっても一人で営業しているから全てを賄っているのだが、そのマダムの名は高梨美津子といった。あるとき相次いで新顔の客がやって来た。
一人は学生で美川太郎といい、飲みすぎて終電を逃し、店の2階に泊まって三津子と関係を持った。三津子とは同郷で、それ以来月に二、三度やってきては泊まっていく。
もう一人は外渕という四国から来た男で、はるか昔のタンクのマッチを出し大沢という名の男の行方を捜していると言った。大沢が宿泊していた新宿の親戚の家には、いまだに大沢の衣類や持物が残っていて、その中にタンクのマッチがあったというのだ。三津子は昔一、二度来たような客のことは覚えていないと言ったが、頭の中にはくっきりと大沢の顔が浮かんでいた。

Aの悲劇
筑波孔一郎
推理作家根来喬一郎はアイデアに行き詰まり、想を練るために行きつけの喫茶店の定席に着いた。すると近くの席にいた鬚面の男が近寄って来て根来のことを見破り、原稿を買わないかと囁いた。
聞くと男の妻と浮気をしている男を押えたところ、その男が作家でいくらかの金と未発表の原稿を不倫の片に取ったのだが、原稿にはまったく興味がなく、どこか売れるところを探していたところ根来の顔を見かけたというのだ。
根来がその作家の名を聞くと、阿鷹淳だという返事が返ってきた。阿鷹淳はあらゆるジャンルを器用にこなす堅実な作家で、評判も良かった。もし本当の話なら、喉から手が出るほどその原稿が欲しかった。
結局根来は1万5千円で原稿を手に入れた。原稿の筆跡は見覚えのあるもので、それは間違いなく阿鷹淳のものだった。だが、読み進むにつれて根来の顔は強張って行った。
そこに書かれているのは盗作をした作家同士が殺し合いをし、どちらも死んでしまうというプロットのミステリだったが、それが根来と阿鷹の間の実話に基づいて書かれていたからだった。
その出来事から暫くして阿鷹淳のマンションで根来と阿鷹の死体が見つかった。2人の前には青酸の入ったコーヒーと広げられた原稿用紙が置かれていた。
発見者は阿鷹の実弟で編集者の牛島隆輔だったが、何と少し前にも牛島は肉親の死体を見つけていた。阿鷹の妻の雅江と画家の滝一彦が心中しているのを、たまたま滝の所に挿絵を取りに行った牛島が発見したのだ。
牛島は雅江の心中を警察に通報して事情を話し、その後に阿鷹のマンションに連絡したが連絡がつかず、直接来て今度は阿鷹と根来の死体を見つけたという訳だった。

さかさ時計
筑波孔一郎
事件があったのは世田谷のお屋敷町の伊谷邸。伊谷偵介は42歳の評論家で、その屋 敷には16歳年下の妹紀美子と2人で住んでいた。
紀美子は病弱で、ほとんど出歩かなかったが、この日は屋敷で君子のバースデーパーティが行われることになっていた。パーティの出席者は亀井利昭、石倉英三、大庭秀夫の男3人と池戸佐知子の合せて4名。
佐知子は偵介の婚約者で、男3人は紀美子を争うライバル同士だった。殺されたのは亀井利昭で、後頭部をブロンズ像で一撃されて死んでいた。即死ではなかったらしく絨毯の上を飾棚の方に這って行った形跡があった。
飾棚には陶製の人形やブックエンドに挟まれた数冊の本、どちらが上だか下だかわからないような変わった形の時計など、ありふれた物が乗っているだけだった。
容疑者は石倉、大庭、池戸の3名に絞られたようなものだったが、亀井を殺す機会は3人ともにあり、だれが犯人かはまったくわからなかった。


「本格探偵小説は不可能犯罪が如何に行われたかを謎解きする小説といえる。この不可能犯罪の最右翼は密室小説であろう」という巻頭の書出しではじまる今号は、密室小説特集。アンソロジー常連の「妖婦の宿」や「赤い密室」をはじめ4短篇に昭和33年宝石発表の紀田順一郎の評論「密室論」を掲載。
天藤真の「遠きに目ありて」は今号で終了、巻末には推薦新人の筑波孔一郎の2中篇(いずれも80枚)を所収。

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