1975年11月号
目次
巻頭特集:久生十蘭/単行本未収録作品
猟人日記
酩酊気質
ところてん
解説=怪人十蘭相 中井英夫

探偵作家再評価=橘外男
聖コルソ島奇譚
橘外男論=美女と野獣の残酷劇 権田萬治

幻影城論壇
我がうしろむき交遊録 狩久
新宿花園物語 朝山蜻一

探偵作家尋訪
国鉄電化の鬼・芝山倉平 鮎川哲也

前田河・乱歩論争 中島河太郎
フランス文学史・シムノンとメグレ・4(完) 松村喜雄
日本ミステリ散歩・文学碑遍歴 玉井一二三

巻末書下し中篇特集
吾助の帰宅(後篇) 香住春吾
写真の交錯 石沢英太郎
崩壊 岡田鯱彦
人と作品=王朝物ミステリーの開拓者・岡田鯱彦 山村正夫

新刊紹介=ミステリ館への誘い 二上洋一
全日本ミステリ連合通信・幻影城ファンクラブ発足のお知らせ
幻影城サロン
 
猟人日記
久生十蘭
1935年6月、ソロモン諸島で真珠貝採集に従事するアラメダ号の3人は、日本人たちが船団を組んで組織的に真珠貝採集をすることを苦々しく思っていた。というのはアラメダ号はボロ船であり、到底日本人たちの船にはかなわず、しかも彼らは数段潜水技術に優れていたので、アラメダ号の目の前でめぼしい獲物をかっさらっていたからであった。
そこでアラメダ号の3人は、日本人の船団にやっかいごとを次々に起こして、彼らが真珠貝採集を行えないようにしてやろうと考えた…

酩酊気質
久生十蘭
自分のフィアンセを先生と呼ぶことになろうとは…そう彼女は先生なのだ。彼女はわたしの体、特に腸がひどい状態であることを指摘した。さらには私をモルモット代わりにして、酩酊に至る過程を記録すると言い出した…

ところてん
久生十蘭
飯坂温泉でパトロンから見放された貧乏画家、そして同じく貧乏な芸者小文。2人は糸にひかれるように川のそばのおばあちゃんが営むところてんやで知り合った。

聖コルソ島奇譚
橘外男
ベネズエラのマラカイボ湖に浮かぶ小さな島聖コルソ島は、住民約7千の奇怪至極な島であった。言い伝えによれば18世紀の末葉に、スペインの海賊がこの島を根拠地とし、海賊が滅びた後も、その妻女達が頑強に立て籠もったのがこの島で、居間の住民たちもその末裔だという。
その生活慣習は他と隔絶した一種独特のもので、迷信深く粗野で、非道徳的であった。飲酒を好み、盗癖に長じ、殺伐残忍で人殺しさえ抵抗なく行われた。いってみれば全島無頼の島であった。
政府もこれには手を焼いて、学校を建てたたりしたが、一夜にして校舎は破壊され、教師は行方不明になった。それが繰り返されるうちに、誰一人として島に赴任するような物好きな教師はいなくなり、結局政府もさじを投げ、島には無学文盲の徒が溢れていた。
だからこの島の女は、けっして島人以外の男と結婚しなかったし、恋にも陥らなかった。もし島人以外の男と恋に陥ったなら、女のみならず相手の男まで残酷な死の制裁を科されるのだ。それが島の掟であり、したがって部外者が好んで島の女を迎えようとも考えなかった。
ところがここに大事ができた。ベネズエラ一の碩学といわれるヘルマノス教授の息子マリオが島出身の女性マルガリタと恋に陥ったのだ。父の教授は猛反対し、ついにはマリオを強制的にチリに出国させた。島の連中はマルガリタを騙してさらったと思い込み、教授たちに復讐してくるのは必至の情勢だった。
そのためもあって教授はマリオをチリに追いやったのだが、マリオはマルガリタを思うあまりチリにはいかなかった。一方マリオの妹のヴェルデと恋人のエミリオはマルガリタを匿ったが、そのマルガリタが何者にさらわれてしまった。そこでヴェルデたち2人は聖コルソ島に乗り込むことにしたが…

吾助の帰宅(後篇)
香住春吾
一方、長靴の男は一発屋亡きあと、ちゃっかりとノミ屋行為を始めた。勝手に一発屋の跡を継いだのだ。面白いように儲かったが、それで油断して警察に捕まってしまった。
こうなると半信半疑だった吾助の話も真実味を帯びてくる。吾助に面通しをさせると、一発屋を殴れと命じた男だと証言した。だが長靴の男はしたたかで、吾助など知らぬという。
だが、動かぬ証拠が見つかった。吾助の持っていた煙草に、長靴の男の指紋がついていたのだ。長靴の男、本名吉谷信行は吾助に一発屋を襲わせたことを認めたが、一発屋の殺人だけは絶対に認めなかった。では、誰が一発屋を手にかけたのか…

写真の交錯
石沢英太郎
S県S市で起きた2億円強奪事件を解決したのは、新たに捜査本部のある中央署に赴任した強羅署長の手柄だった。この事件は2ヶ月前に市内の銀行の駐車場で、集金を終えて戻って来た現金輸送車が襲われ、1億2千円分の債券と8千万の現金が奪われたのだ。
犯人の遺留指紋はあったが、事件捜査ははかばかしくなく、そのてこ入れの意味もあって凄腕のエリート強羅が赴任してきたのだ。もっとも強羅の手柄といっても、それは犯人を逮捕しただけで、そのきっかけは密告だった。
犯人の居所を知らせる、女からの密告電話があり、それを信じて踏み込んでみると、そこには警備員の制服を着た泥酔した男がいた。その男の指紋が強盗犯人のものと一致したのだ。
この逮捕劇は地元紙の西南新聞がスクープした。記者がたまたま中央署の前を通りかかったときと強羅署長の出動が重なり、感の冴えた記者がタクシーで尾行しスクープをものにしたのだ。記者はカメラを持っていたので、犯人逮捕の瞬間も捉えた。
翌朝の西南新聞には、このスクープ写真がでかでかと載った。だが、どこでどう間違ったのか強羅署長と犯人の羽賀陽一の写真が入れ替わってしまっていた。このミスに警察は寛容で答え、夕刊の片隅に訂正記事が小さく載っただけだった。だが、この写真の入れ替りが新たな事件を巻き起こしたのだった。

崩壊
岡田鯱彦
大木川に沿って走る観光バスの中で、乗客の一人が「それは来年の話だと思っていた」とつぶやいた。その言葉を耳にしたベテランの今村運転手は、顔色を変えた。そして恐る恐るその乗客に今の言葉を取り消してくれと頼んだ。
今村運転手はこの土地の出身で、この土地ではその言葉は禁句であった。乗客は今村運転手の頼みを快く聞いてくれたが、代わりにその訳を話すことになった。そこで同じくその訳を知るガイドが、禁句の故事来歴を語った。
江戸時代、大木川に橋を架けることになった。橋を架けるのは村の悲願であり、架橋費用の半分は国が出してくれることになった。しかしひとつ問題があった。未年生まれの生娘を人柱にしなければならないのだ。
未年生まれの生娘は村に2人だけ、ひとりは庄屋の娘のお玉で、もうひとりは病気の母親と2人暮しのお志津であった。庄屋は人徳者で、お志津を読んで正直に話を持ちかけたが、かつて庄屋に助けてもらった恩のあるお志津は、自ら進んで人柱になることを承知した。
その後、お志津の母親の具合が悪くなり、医者にかかるために金が必要になった。お志津は庄屋に相談し、庄屋は国から補助が出ると請け合った。ところが代官所では緊縮財政でもあり、架橋費用の件もあるので金は出せないと門前払い。
庄屋は人柱の件もあるので、その事実をお志津に隠して補助が出ると嘘をついた。それを聞いたお志津は大喜びだったが、庄屋はどうやってお志津に本当のことを伝えるかで悩んだ。そして思いついたのが、感違いという嘘。
庄屋はお志津が金がいるのは「来年の話だと思っていた」という言い訳をしたのだ。これを聞いたお志津は、身を投げて死に、それを聞いた母親も身投げした。そのために人柱には庄屋の娘お玉を差し出さねばならなくなった。
庄屋は、そのことに耐えられず、お玉を殺し、自分も死んだ。そんな大事件があって以来、この土地では「それは来年の話だと思っていた」は禁句になったのだった。


特集の二本立て。巻頭特集では久生十蘭の単行本未収録作品を3本。十蘭は昭和8年フランスから帰国後、新青年編集長だった水谷準の勧めで作家活動に入る。「猟人日記」は昭和19年に新太陽12月号に、「酩酊気質」は昭和15年大洋5月号に、「ところてん」は昭和15年6月サンデー毎日夏季特別号にそれぞれ発表された。いずれも探偵小説ではないが十蘭らしい作品である。
巻末特集は書下ろし読切中編で、前号に続いて香住春吾のユーモア本格探偵小説「吾助の帰宅」の後編、九州在住の石沢英太郎の「写真の交錯」、大学教授作家で国文学者の岡田鯱彦の「崩壊」の3編。昭和37年以来筆を折っていた岡田氏が、「六条の御息所誕生」で昭和48年に推理文壇に返り咲き、「コイの味」を同年に発表、さらに1年置いての書下しがこの「崩壊」である。本格ものというより怪奇伝奇小説の範疇に入る作品だろう。

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