1975年10月号
目次
巻頭特集:20年代作家傑作選
推理の花道 土屋隆夫
七十二時間前 飛鳥高
液体癌の戦慄 藤村正太
テート・ベーシュ 村上信彦
解説=「探偵実話」誌について 浅井健

探偵作家再評価=蘭郁二郎
腐った蜉蝣
虻の囁き
蘭郁二郎論=海底散歩者の未来幻想 権田萬治

書下し幻想小説競作
華胥の島 氷川瓏
虫のように殺す 朝山蜻一

幻影城論壇
「捕物帳」の再評価 武蔵野次郎

探偵文壇側面史
霧の会のことなど 藤木靖子

探偵作家尋訪
土蔵 西尾正
凩を抱く怪奇派・西尾正 鮎川哲也

プロレタリア文学派の人々 中島河太郎
フランス探偵小説史・シムノンとメグレ3 松村喜雄
日本ミステリ散歩・もう一つの仮面3 玉井一二三
「真っ赤な子犬」と「内部の真実」鑑賞 金田一郎

巻末書下し中篇・ユーモア本格探偵小説
吾助の帰宅(前篇) 香住春吾
人と作品=関西本格派の鬼・香住春吾 山村正夫

新刊紹介=ミステリ館への誘い 二上洋一
全日本大学ミステリ連合通信
幻影城サロン
 
推理の花道
土屋隆夫
旅の一座新星座の下っ端役者市川新之助は、信州小諸の百姓の倅だった。父親はなくなり、母と妹との暮らしだったが、新之助はどうしても役者になりたいと故郷を捨てるようにして新星座の市川紋太夫の弟子となった。故郷を出るとき母と妹には5年で立派な役者になると言い切ってきたが、全然目が出ず、師匠からは怒られてばかり。
そんなある日のこと、師匠が故郷に錦を飾ることになった。師匠の出身地であるS町の町制施行20周年に一座が招かれたのだ。ところがその晴れ舞台で新之助は大しくじりをし、師匠に恥をかかせてしまった。楽屋にもいられず、死ぬ決心をして暗い街に出たが、あてもなくさまよううちに気持ちも落ち着き芝居小屋に戻った。
小屋に戻ってみると師匠の紋太夫がいなくなっていた。新之助が楽屋を抜けたと聞くと、化粧も落とさずに夜の街に出たという。そして紋太夫は二度と楽屋に戻らなかった。翌朝、町内を流れる三巡川の河原で、頭を強打された他殺死体で見つかったのだ。疑いは新之助にかかり、新之助は警察に留置されてしまった。

七十二時間前
飛鳥高
大学は出たものの職にありつけず、食うに困った骨田章吾は、有楽町のガード下に「男売ります」との看板を出した。そしてKと名乗る不思議な男に買われた。Kは暗殺団のメンバーで、骨田への依頼もある男を殺すこと。そのターゲットとなるのは塩原暁平という政界人で、麻布のいちじく荘とう高級アパートに住んでいた。骨田に与えられた時間は72時間。しかし骨田には塩原に接近するノウハウも何もない。骨田は監視されているような視線を常に感じて焦りはじめ、ついにいちじく荘に忍んで塩原に面会した。

液体癌の戦慄
藤村正太
日本軽金属の横浜支店長瀬沼氏の後妻の裕子は、まだ25歳で美貌と豊満な肉体の持ち主であった。その裕子が胸部疾患に罹ると、瀬沼氏の態度はとたんに冷たくなり、家へ帰らないことも多くなった。
一方裕子は、市内S町の木崎医師の治療を受け、病状は好転していった。それとともに独身の青年医師である木崎との間に肉体関係が生まれた。その関係は木崎よりむしろ裕子を有頂天にさせた。
やがて裕子の病状がさらに好転していくと、木崎医師は裕子を避けるようになっていった。反比例するように裕子は口実を設けて木崎医師に接近しようとする。そんなある日、裕子は下腹部に違和感を覚えた。
だが裕子ははずかしさもあって、そのことを誰にも打ち明けなかった。だが2ヶ月もすると我慢できないほどの症状となり、ついに木崎に打ち明けた。木崎は腸結核を疑い、その治療をしたが病状は悪化するばかり。
そこではじめて癌を疑い、専門医に紹介状を書き、自分も付き添って行った。思ったとおり裕子は癌であった。すでに転移をしており、余命いくばくもない状態になっていたのである。

テート・ベーシュ
村上信彦
私は切手商相手の切手商をしていた。つまり外国から大量の切手を仕入れ、それを日本国内の切手商に売りさばくのだ。これは個人相手の切手商よりは利は薄いが、ストックを抱えることなく金が回転し、効率が良かった。
そんな私のところにヘルマン・ミッヒェルというドイツ人が、ある程度の切手を持ち込んできた。取引は成立し私は3千円を支払った。これを機にヘルマンは何度か切手を持ち込むようになったが、ヘルマンには切手の知識はまるでなかった。聞けば父親の遺品とのことであった。してみるとヘルマンは金に困っているのだろう。一方私の方はそんなヘルマンに漬け込んだわけでもないが、取引は常に私に有利に展開された。
そうするうちにヘルマンは私の家族のようになってきて、5回の訪問のうち切手を持って来るのは1回くらいになった。しかもわざとわたしの留守を狙って来るのだ。その間は私の妻が相手をする。ヘルマンと妻の間に不倫の関係が芽生えるのは当然であった。そこで私がとった行動は…

腐った蜉蝣
蘭郁二郎
私は東京から2時間ほどの太平洋に沿った小さな町にいた。かつて恋人と呼んだひとりの女ネネが、東京で木島三郎と親しく暮らし始めたために、そのけがらわしい東京から離れ、ネネを忘れるためであった。
黄昏時、太郎岬近くを散歩していると、私は一人の男にあった。その男と話すうちに、その男もネネをよく知る男であることがわかった。しかもその男はネネのために太郎岬の家にこもって歌を造っているというのだ。その男も私と同じようにネネにあしらわれたに違いなかった…

虻の囁き
蘭郁二郎
サナトリウムでの話、そこでは4人の比較的軽症な患者、マダム丘子、青木雄麗、河村杏二、諸口君江はいつも一緒に食事をし、横臥室で日を浴びながら寝ころび、いろいろな話をした。そんなある日、マダム丘子が喀血をした。諸口によれば、丘子は青木に刺青を彫らせているらしい。最近密かに丘子に情を覚えていた河村は、それを聞いて嫉妬に似た心を抱いていた、そんな矢先の丘子の喀血だった…

華胥の島
氷川瓏
旅に出て伊勢湾を巡る遊覧船に乗った伊那は、途中の海獣島に上陸し、海女の実演やイルカのショーを見た後、島の頂に昇るリフトに乗った。そこには展望台があり、伊勢湾を眺めることができた。そこで伊那は和服の女性と出会った。その女性を見たとき伊那は斐紗子を思い浮かべた。
かつて江戸城の天守台跡に昇り、2人で東京の町を眺めたものだが、その斐紗子は千葉県のU沼に釣りに行ったときに泥の沼に沈んで死んでしまった。だから海獣島で出会った和服の女が斐紗子であるはずはないのだが…

虫のように殺す
朝山蜻一
彼がそのマンションの4階に住むようになったのは、かれこれ5年前だった。ある日の夕方黒服の男が訪ねてきて、キャバレーの名刺を差し出した。マンションの一角が借り上げられ、ホステスの寮として使われることになったのだ。やがてそのホステスのひとり、美弥子が彼の前に現れるようになり…

土蔵
西尾正
息子は自分の体がライに冒されているいることを知り、それを隠していた母親をなじる。母親は最初は息子の勘違いであると宥めるが、医師の所見の書かれた手紙を息子が見つけ、それ以来息子は自暴自棄に。そして母親は不倫相手でもあった医師が、息子がライとわかると離れていったことに怒り、実力行使に踏み切った。これらがいくつかの書面によって取り交わされ、それを苦労して入手した筆者は、人間模様を読者に知ってもらいたいと思いここに掲げた…

吾助の帰宅(前篇)
香住春吾
鉄道のガード下で不法に暮らす吾助は、この不景気のなかで毎日のように仕事にあぶれていた。そんなとき公園で長靴の男に声をかけられる。一発屋と呼ばれるノミ屋をどやして、3日間ほど足腰立たぬようにしてくれというのだ。成功報酬は7千円。この大金の吾助は狂喜し、その夜一発屋を角材で襲った。
それから暫くして一発屋は死体となって発見された。轢き逃げされたのだ。後頭部や側頭部には吾助が殴った傷があったが、警察にはそんなことはわからない。警察の捜査が始まった。
一方、翌朝吾助は報酬の7千円を取りに行ったが、長靴の男は現れない。仕方なく街中を歩き回って、男をやっと見つけた。だが男は新聞記事を見せ、一発屋は轢き逃げされたのだから7千円は払えないとにべもなかった。吾助が抗議すると、男は吾助がどやしたことを証明しろと言い放った。そこで吾助は警察に行き、自分が一発屋をどやしたことを証明してくれと泣きついた。


昭和25年5月に世界社から創刊され、昭和37年10月号まで続いた雑誌「探偵実話」のもっとも充実していた、昭和20年代後半期から4作を選んで特集。「20年代作家傑作選」としたのは、ゲテモノ特集と勘違いされかねないためとのこと。
いずれも戦後文壇に登場して活躍した4人で、土屋隆夫は昭和24年に宝石の百万円懸賞コンクールで「罪ふかき死の構図」が一等に入選、鮎川哲也と並び本格探偵小説一筋を貫いた。飛鳥高は宝石の第1回新人懸賞募集で「犯罪の場」が入選、昭和37年に「細い赤い糸」で第15回探偵作家クラブ賞を受賞した。
藤村正太も宝石のコンクール出身で、昭和38年に「孤独なアスファルト」で江戸川乱歩賞を受賞、村上信彦は服飾研究家でもあり、昭和25年に「探偵実話」に「青衣の画像」でデビューした。
書下し中編ではユーモアミステリを得意とする香住春吾が登場、220枚の「吾助の帰宅」を来月号と前後編に分載。


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