1975年7月号
目次
巻頭特集:横溝正史バラエティ
毒の矢
二千六百万年後
からくり御殿
風見鶏の下で

作品回顧=城昌幸
怪奇の創造
回想=処女作の頃

探偵作家再評価=渡辺啓助
義眼のマドンナ
血痕二重奏
作家論=黒い翼・渡辺啓助の特異性 中井英夫

幻影城論壇
現代推理作家論 権田萬治

推理文壇側面史
抜打座談会のころ 氷川瓏

作家と新作品
フロイトの可愛い娘 朝山蜻一
人と作品=風俗ミステリーの異才・朝山蜻一 山村正夫

探偵作家尋訪
麻痺性痴呆患者の犯罪工作 水上呂理
深層心理の猟人・水上呂理 鮎川哲也

研究・探偵小説整理学 紀田順一郎
連載・冒険小説の系譜3 中島河太郎
目で見る探偵小説五十年5 島崎博

巻末読切中篇
混凝土の死神 藤木靖子

新刊紹介=ミステリ館への誘い 二上洋一
幻影城サロン
 
毒の矢
横溝正史
東京の緑ヶ丘一帯に、黄金の矢と名乗る人物が、脅迫や密告あるいは中傷するようないかがわしい手紙をばら撒いていた。例えば、「あなたの奥さんは同性愛のたわむれにふけっています。相手はアメリカがえりの的場奈津子夫人です。そんなことしていてよろしいのでしょうか。 黄金の矢 三芳新造様」という具合だ。
金田一耕助は緑が丘に住むピアニストの三芳欣造を訪ねた際に、三芳新造宛のこの手紙を見せられた。三芳新造と三芳欣造は一字違いで、住所も比較的似ているために、よく郵便物が間違って配達されるそうだ。
この黄金の矢からの手紙も誤配されたもので、欣造氏がよく確認しないまま封を切って中を読んでしまったものだった。さすがに内容が内容だけに、新造氏にそのまま渡すわけにも行かず、金田一耕助に相談したというわけ。
その手紙は雑誌の活字を切り抜いて作られており、宛名も筆跡を隠すように、定規をあてて直線を使って書かれていた。それだけでも、いかにいかがわしい種類の手紙かがわかる。
聞けば黄金の矢からのいかがわしい手紙は、欣造氏のもとにも来ているという。いたずらと考えてほとんどは焼き捨てたが、一通だけ証拠品として保存していた。
それには欣造氏の後妻恭子が、離婚した前夫の佐伯達人と今も密会しているというものだったが、佐伯氏は欣造氏とも仲がよくときどき遊びに来るくらいだから、黄金の矢が手紙に書いたことなど秘密でもなければ中傷にもあたらなかった。
欣造氏のところに来ていた手紙は、新聞からの切り抜きによって作られており、宛名はやはり定規を当てて書かれたものであった。
金田一耕助は欣造氏宛の手紙と新造氏宛の手紙を持って警察を訪れた。警察にも黄金の矢から手紙についての届けが6件ほどあり、無届のものを考えると相当数の手紙がばらまかれている考えられていた。
中には金品を要求するものもあって、それについては何回か刑事が張り込んだが、いずれも金を取り誰も現れず、黄金の矢を捕らえることはできなかった。
それから一週間ほどして、黄金の矢の一件は血なまぐさい殺人事件に発展した。金田一耕助が預った黄金の矢から手紙を返しに欣造氏宅に寄った。
欣造氏と手紙の件で話していると、電話が鳴る。恭子夫人からの電話で、的場家で的場奈津子が殺されたというのだ。金田一耕助は欣造氏とともに的場家に駆けつけた。
奈津子夫人の死体は居間の絨毯の上に横たわっていた。腰から下にはピンクの毛布がかかっていたが、上半身は裸であった。そしてその背中にはトランプの札の刺青が施されていた。
全部で13枚のトランプが刺青されており、そのうちのハートのクイーンの上にグサリと矢が突き刺さっていたのである。検視の結果、奈津子夫人の死体からは麻酔薬が検出され、さらに首には手で絞めた跡がついていた。
首を絞めたのは男性の手と思われ、それが致命傷であった。つまり奈津子夫人は麻酔薬をかがされて気絶させられ、次に男の手で絞め殺され、最後に背中に矢を突きたてられたのだった。
奈津子夫人が殺されたとき、的場家には奈津子の子で車椅子の少女星子、三芳恭子とその娘和子(和子が星子の親友)、三芳新造(的場家の隣に居住)、牧師八木信介(奈津子夫人の知り合い)、星子の家庭教師三津木節子、佐伯達人(恭子の元夫で節子の恋人)、星子の主治医の沢村医師の8人がいた。
常識的にはこの8人が容疑者といえるが、外から犯人が侵入した子とも否定できない。事実別棟にいる使用人は、怪しい男の人影を見たという。
奈津子夫人は、殺される前に黄金の矢の正体を突き止めたと言っていたというから、犯人は黄金の矢であると推測される。いずれにせよ犯人は、麻酔薬をかがせ絞殺したのちに矢をつきたてるなどという面倒な殺し方をなぜしたのだろうか…

二千六百万年後
横溝正史
アメリカの作家リーコックは修養書を買い求めて眠りに就き、目が覚めてみたら千年後の世界だったという一文を書いている。今年40歳になる私は、リーコックにあやかって「人生は光だ」とか「肚を作る法」などの修養書を本屋でしこたま買い求めて眠りに就いた。
すると目覚めたときの世界は殺風景な建物と、誰もいない道という無味乾燥な世界だった。心細くなって周囲を見回していると、空から翼をもった一種異様な動物の大群が舞い降りてきた。

からくり御殿
横溝正史
釣りをしていた不知火甚左の前に葛籠が流れてきた。開けてみると中には女の死体と絵馬。その絵馬は人の血を紅がらに混ぜて描いた、ご法度の調伏絵馬であった。
紅がらを手掛かりに甚左は堀が続く亀戸村の仏師五兵衛を訪ねたが、五兵衛は数日前から行方知れずであった。娘のおもんがやはり行方不明になって、おもんを探しに出た五兵衛も帰らないのだという。
留守宅では弟子の新助がひとり心配をしていたが、甚左が訪ねてみるとその新助も殺されていた。新助の手には五兵衛から奉行あての遺書が握られ、それには私の身に万一のことがあれば谷中報恩閣へお手入れのこと、と書かれていた。

風見鶏の下で
横溝正史
ある港町の山の手に異人館に並んで一軒の妾宅があった。そこは風見鶏のある小さな家だったが、藤川という男がカフェから引いて妾にした鈴代のために買い入れたのだった。
藤川は毎日のようにやってきては鈴代とのひと時を過ごしたが、決して泊まっていくようなことはなかった。やがて鈴代は押し入れの中に書かれている落書きを見つけた。
蘭子という女の名前とジュアンという日本人ではない男の名で、相合傘になっているものもあった。ほぼ同じころ、妾宅のそばの公園で黒服黒メガネの青年の姿を見かけるようになった。思い切って鈴代が声をかけてみると、その青年は思ったとおりジュアンであった。

怪奇の創造
城昌幸
散歩の途中、夕暮れ時に何気なく入った古本屋で私が見つけたのは日記であった。立派な装丁の日記で、それは私の好奇心を誘った。その日記を買って帰った私は、さっそく読み始めたが…

義眼のマドンナ
渡辺啓助
春の匂いがし始めた公園で、私が開いたのはQという古風な物語作家の書いた短編集であった。その中の幽霊船という短編を読み終えた私の背後に、一人の紳士が立っていた。その紳士は私に煙草を勧めながら、昨晩一人の女を殺してしまったと言い、その女殺しの顛末を語り始めた。

血痕二重奏
渡辺啓助
繁華な港町の郊外にある無優荘と呼ばれる文化住宅区があった。その経営者の恩田は、亡父から遺産ともども住宅区を全て引き継いだが、経営的な才能は全くなく、恋愛の方面のみに才があった。
恩田の職業は画家であった。ある日のこと、恩田はヴェランダで妻とともに自身の経営する住宅区を見て、そのうちの一軒の家に住む若い夫婦に目を付けた。恩田夫妻はその青木という夫婦ものを招待し、恩田は青木の妻の環をモデルにして絵を描き始めた。

フロイトの可愛い娘
朝山蜻一
彼は24歳の時に結婚した志津子は、新鮮なまなざしと、海からあがった魚のように生なましい肉体をもった若い女であったが、ある日突然肺炎で死んでしまった。
それから彼は幾月も幾月も、華やかで明るい日の中でも、灯火のまばやく町なかでも、ふと志津子の幻を見るのであった。それは銀座の中心の人々が行きかう歩道上であったり、いつも行く飲み屋であったりした。
学校時代の恩師である大高教授にも相談したが、明快な答えは得られず、自分で考えるしかなかった。

麻痺性痴呆患者の犯罪工作
水上呂理
田沼佐吾平の計画は驚くべきものだった。自分の実の子供の真平に全財産を継がせるために、私生児で真平の姉にあたる逸子のことを精神障害者を装って殺してしまおうというのだ。
そして事件が起きた。まさに田沼佐吾平の計画通りに深夜に鉈を使っての殺人事件が起きたのだ。事件を目撃した田沼の秘書小川作太郎が、田沼が鉈で子供を殺したと証言し、計画書が田沼の部屋から見つかったのだ。
ただ計画と違っていたのは殺されたのは逸子ではなく真平であったことと、田沼が精神障害と思われる症状を呈していることだった。

混凝土の死神
藤木靖子
わたしが鉄筋鉄骨5階建てのアパートに越してきてから10年が経った。越してきてから7ヶ月目に、風邪がもとで姉が死んだ。姉は死ぬ時にわたしを枕元に呼んで「ここには死神がいる」とつぶやいて死んだ。
姉の死後10年にアパートでは不吉な死が続いた。おめかけさんの溺愛する男の子が誘拐されたうえ殺されたリ、教育ママの2人の子供がベランダから落ち、1人は即死もう1人は重態になった。さらにその子の母親が嫉妬に狂って夫の愛人を刺し殺した。ほんとうにこのアパートには死神がいるかのようだった。


愛読者カードでもっともリクエストの多かった横溝正史の作品の特集。本格ものの「毒の矢」、変格「風見鶏の下で」、SF「二千六百万年後」、捕物帳「からくり御殿」の各分野から4編。
水上呂理は”みなかみろり”と読み昭和一桁の頃に新青年やぷろふいるに5編ほど短篇を発表した幻の作家。ほかにも渡辺啓助、朝山蜻一とマニアックな作家の作品を再録している。巻末読切中篇は藤木靖子の110枚の中篇「混凝土の死神」

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