見えない敵
Enemy Unseen 1945

海岸沿いの小さな村で謎の爆死を遂げた老人の事件をフレンチが追う。

第二次世界大戦のさ中、英国コーンウォールの海沿いの村で、ジョシュア・ラドレット老人が爆死するという事件が発生した。ラドレットは、この村にやってくるまでのことは一切話したがらなかったが、村の誰からも好かれていた。
ラドレットは海岸に出て散歩を始めたところ、いきなり足元から何かが爆発して、吹き飛ばされて死亡した。近くの家にも人がいて、ラドレットの散歩を目撃していたし、ラドレットの数百メートル前を別の人間が歩いていた。しかし爆発の瞬間は誰も見ていなかった。
すぐに付近の人々が駆けつけて、警察にも連絡され、警官も数分後にはやってきた。そして現場検証が始まったが、何が爆発したのかはわからなかった。
なぜか現場に残る痕跡が少なすぎたのだった。ドイツ軍が敷設した機雷が流れ着いたのだと言う者もいれば、砂に埋められた手榴弾によるもの、あるいは軍の演習の際に埋められた地雷が撤去されずに残されていて、それに触れて爆死したとの説も出た。
しかし専門家により機雷説は否定され、軍の演習も本物の地雷は使っておらず可能性は薄かった。一方、国防市民軍の倉庫が荒らされて、手榴弾12個と電線が紛失するという事件が起きていた。
直ちに警察には届けられたが、手榴弾は発見されておらず、管理責任を問う声があった。管理責任者はアーサー・ウェッジウードという農場主で、アーサーの妻のモードは爆死したジョシュアの姪だった。

検視審問が開かれたが、爆発物に関しては有力な証拠がなく、結論として爆発物と爆発の原因は不明と答申された。その結果、レドレッドの死が事故か殺人かも不明であった。
検死審問から暫く経ったころ、軍司令官が地元の有力者チャールズ・セイヴァリーを訪問した。セイヴァリーは陰険で頑なな心の持ち主で、地主だった。ラドレッドが爆死した時に、その数百メートル先を歩いていた人物でもあった。
セイヴァリーは軍司令官に、軍の演習用地雷のなかに本物の地雷が間違って混じり、それが埋め忘れられて今度の事件が起きたのではないかと嫌味を言った。セイヴァリーにすれば、自分が地雷を踏んで吹っ飛んだかもしれないのである。
性格からして嫌みの一つも言いたかったのだろうが、軍司令官の方は穏やかではなかった。軍司令官は司令部に戻ると元スコットランドヤードの部長であったロロウ大尉を呼び、軍にかけられた疑いを晴らすように命じた。
ロロウ大尉はスコットランドヤード時代はフレンチ警部の部下でもあった。そこで精力的に捜査をし、その過程でフレンチにも久しぶりに会い、事情を話した。その結果、軍には関係がないことが立証された。

事件はスコットランドヤードに移され、フレンチが担当することになった。フレンチの精力的な捜査によって、爆発は手榴弾によるものであり、事件は殺人と断定された。
手榴弾をどうやって爆発させたかの問題は後回しにし、事件を動機の面から検討することにした。動機の面からはラドレット老人の娘ジェシカとその夫のディック・リトルが最も疑わしかった。ラドレットは巨額の財産を持っていて、そのほとんどをジェシカが相続することになっていた。
一方、標的はラドレッドではなく数百メートル先を歩いていたセイヴァリーを狙ったことも考えられた。セイヴァリーはトラブルメーカーであり、村中の人間に嫌われていた。
セイヴァリーを憎んでいる者やセイヴァリーとトラブルになっている者は沢山いたから、動機面ではこと欠かなかった。その場合は、ラドレットは誤って殺されたということになる。
フレンチは村に滞在して捜査を進めたが、手掛かりが乏しく捜査はなかなか進展しない。そんなときに第二の事件が起きた。モードのいとこで国防市民軍補給係のディック・リトルが、ラドレッド同様爆死したのである。

1945年に上梓された本作品は、第二次大戦中の英国海岸の小村を舞台に、ドイツ軍の上陸が噂されるころの時代設定となっている。1942年ごろと思えばいいだろう。殺人の凶器となるのも国防市民軍の倉庫から盗まれたらしい手榴弾というから、いさましい。
まず驚くのは、戦時中にこのような小説が書けたということである。我が国では、第二次大戦中はミステリ自体がご法度だった。日本人同士が殺し合うなどとんでもないというのが軍の言いぶりだったらしい。ミステリ作家たちは筆を絶つか、スパイ小説や冒険小説を書くしかなかった。横溝正史がこの間に多くのミステリを研究し、戦後にその成果を立て続けに反映した小説を書いたのは有名な話である。
ところが英国や米国では全く違った。ミステリは書き続けられ、堂々と出版された。たとえそれが手榴弾が盗まれ、それが凶器として使われるような事件でも、書けた。エンターテインメントとしてミステリが認知されていたからだろう。だから何だといわれても困るが…
さて本作品であるが、クロフツ晩年の作である。一読後に思ったのは、さすがに力が衰えたということだった。トリックはそれなりに凝っているのだが、専門的すぎて、さっぱりわからない。第一なんで手榴弾で爆死させるという派手な殺人を行わなければならないのだろう。殺人などというのは目立たぬようにひっそりとやるものだろうに…

そして舞台は田舎の小村で、そこにほとんど固定される。いわゆるクローズドサークルで、陰険で意固地な村の有力者、その姪で虐げられる美しい女性などのお約束の登場人物のほかに、不倫の関係や財産相続の問題など定番メニューが揃えられているのだが、物語に生かし切れていないのだ。
例えばアン・メレディスというヒロイン的な女性が登場し、章題にもなっているが、いつしか消えてしまってその役割がさっぱり分からない。クロフツらしいと言えばいえるのだが、物語は単調で退屈になってしまっている。
一方でこの時期の作品には珍しいことにフレンチはほぼ全編出っぱなしの状況だ。慎重なのはいつも通りだが、捜査はもたつき堂々めぐりしてばかりで、ちっとも前に進まない。フレンチが引き連れているカーター部長もまったく存在感がない。
それやこれやを合せて考えると、惰性で書いたような作品であり、凡作といわざるを得ないと思う。なお、この時点ではフレンチは主任警部のはずだが、訳文では警視に昇進してしまっている。

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トリックは凝っているといっても、それは技術的に凝っているという話であって、トリック自体はたいしたことはない。あらかじめ手榴弾を仕掛けたトリップを作っておき、被害者がその上を歩いたときに遠隔操作で爆破させるというものだ。だからトリックがわかってしまうと必然的に容疑者が絞られてくる。でもなぜ犯人は、こんな面倒くさい方法で殺したのだろう…
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