二重の悲劇
The Affair at Little Wokeham 1943

アリバイ崩しを描く倒叙ミステリ。引退した老人の遺産目当てに殺人を計画した犯人は…

元西インド諸島の知事で、富豪でもあるクラレンス・ウィニトンは、甥にあたるバーナードと姪のクリスチナと一緒に、サリー州リトル・ウォーカムに隠棲していた。
クラレンスは6万ポンドを越える財産をもち、万一の場合にはその財産をバーナードとクリスチナ、それにクリスチナの姉のベリッサ・プラントに三等分することになっていた。
しかしクラレンスは年老いてはいたものの元気であり、当面万一の場合が起きるとは思われなかった。毎日、ウィニトン家の歴史を研究しては、それを本にする作業に励んでいた。性格は頑固で、若いバーナードやクリスチナからは煙たがられていた。
ウィニトン家の関係者にはもう一人ガイ・プラントがいた。ガイはベリッサの夫で、ロンドンの黄星汽船会社の会計主任であった。ガイは会社での信任が厚く、仕事も順調にこなしていたが、あるとき同じ会社に勤めるベリッサに恋をした。
その歓心を買うために、銀行から金を借りて投機に手を出し、金儲けを始めた。投機の才があったガイは順調に資金を増やし、ベリッサとも望みどおり結婚をしたが、投機に失敗してついに巨額の損失を出すに至った。
銀行からは催促がき始め、数週間以内に何とかしなければ破産は確実であった。そこでガイが目をつけたのは妻のベリッサに入るはずの叔父クラレンスの遺産であった。

ガイはクラレンスを殺害することを決意した。方法は簡単で、まずガイを含め親族一同が会するクラレンスの誕生パーティの時に、用事を言い立てて一旦家に戻る。
用事とは会社から持ち帰った仕事で、2階の部屋に篭って仕事をこなす振りをして、窓から縄梯子で脱出し、自転車でクラレンスの屋敷に戻り、予め相談事があるとして待機してもらっていたクラレンスの部屋に入りこれを殺害する。
クラレンスの持っている鍵で室内の金庫から宝石を盗み、最後に窓から外に出て、外からガラスを割って強盗の仕業に見せかける。再び自転車で家に戻り、縄梯子で部屋に戻る。
この間ガイの部屋では替え玉が室内を歩き回ったり、タバコを吸ったり、タイプをたたいたり、ラジオを聞いたりして家政婦に音を聞かせ、室内で仕事をした痕跡を作っておく。
仕事自体は予めタイプしたものを用意しておき、万一証拠を求められた場合はそれを提出する。替え玉役には会社の部下アーサー・クロスリーを選んだ。クロスリーが少額の横領を何回かしている証拠をガイは掴んでいたのだ。

クラレンス殺害を実行する前にガイはクロスリーを呼び、告発しない代わりに替え玉役を引き受ければ、さらに100ポンドの報酬を与えると誘い承諾させた。もちろんこの時には、殺人のアリバイ作りとは言わなかった。
そして犯行の当日、すべては上手くいった。しかし予想外に死体が早く発見されたことと、どこかに万年筆を落としてしまったことだけが想定外であった。
特に万年筆はクリップが壊れて取れてしまったもので、ガイが前日にバーナードから借りて、返すのを忘れてポケットに入ったままになっていたものであった。もし殺害現場に落ちていたらと思うとガイは気が気ではなかった。
クラレンスの死体は執事のジョジフスによって思いのほか早く発見されてしまった。医師でクラレンスの求婚者であるアンソニー・モーラビーが呼ばれたが、モーラビーには手の施しようがなかった。
そしてモーラビーは現場でクリップの取れた万年筆を拾う。モーラビーはそれがバーナードのものであることを知っており、犯人はバーナードと思い込んで咄嗟の機転で万年筆を隠した。
クラレンスのいとこにあたるバーナードを庇うことにしたのだった。さらにアリバイのないバーナードを救うために死亡推定時刻を1時間ほど早めて報告し、バーナードにアリバイを作ってしまう。
ガイが計画実行した殺人は、思わぬ人物の思わぬ行動で、さらに複雑になってきた。スコットランドヤードのフレンチ警部は、当初強盗殺人の線で捜査を開始したが、いくつかの矛盾点に気づく。

クロフツの後期の作品である「二重の悲劇」は、後期にクロフツが好んで書いたアリバイ崩しの倒叙推理小説で、前半は犯人による動機の醸成から殺人の実行、そして中盤いたりフレンチ警部が登場して事件の捜査にあたる。
動機として描かれるのは金で、犯人は被害者の遺産を狙って殺人を犯す。殺人の時にはアリバイを用意するが、共犯者を使って部屋にいたように見せかけるという何の捻りもないもので、クロフツらしさがない。
そしてフレンチだが、後期作品では比較的登場が遅めで、場合によっては終章近くにならないと出てこないこともあるのだが、本作品では事件発生直後から登場して、捜査を指揮する。つまりほかの倒叙同様にこの時点で視点が犯人から探偵中心に代わる。
だが、このフレンチの捜査がまたお粗末というか、フレンチらしくないのだ。しつこさや細かいこだわりががまるで感じられない。犯人のアリバイも簡単に認められてしまう。
いつものフレンチなら、犯人の姿は誰も確認しておらず、音や煙草の吸い殻など間接的な確認でアリバイが成立していることにもっとこだわりを持つはずなのだが、本作品では至極あっさりしている。犯人のアリバイのずさんさ、フレンチの細かさやこだわり、いずれをとってもクロフツらしくないのだ。

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フレンチが矛盾としたのは、宝石のありかであり、被害者が雑誌を読むとして自室にこもったにもかかわらず雑誌がなく、したがって被害者は犯人と秘密の会談を持つつもりで、忍んで来る被害者を待っていたのではないかと考えたのだ。
このあたりはフレンチらしいし、考え方は真っ当で、事実その通りなのだ。そしてそれはフレンチが容疑者を絞る役割を果たす。犯人は被害者の親族か使用人しかいないのだ。
ここからがフレンチの執拗な捜査の見せ場なのだが、本作品では犯人は見逃されアリバイに守られる。一方で万年筆はモーラビー医師に保管され、このおめでたい医師は、万年筆の件を隠し、フレンチに死亡時刻について疑問を持たれてもしらを切りとおす。
そのあげく一人で勝手に動き、万年筆の件を犯人に相談してしまう。犯人は驚き、また同じ共犯者に替え玉を頼んで、医師を自殺に見せかけて殺そうとする。だが医師は命を取り留めてしまうが、重態で生命自体は危ぶまれる。
犯人は積極的に行動せず医師の死を願い、一方フレンチは医師の死を殺人事件と断定する。そして医師がその直前に犯人の家と電話をしていた事実を突き止め(実際は犯人と共犯者の会話)、それを手がかりに犯人に目をつけるのだ。
ここからフレンチ警部の執拗な捜査と勝利の凱歌というふうにふつうは展開するが、そうはならない。フレンチは共犯者の存在を考慮せず、短銃なアリバイに最後まで振り回され、やっと共犯者を逮捕するが犯人には海外逃亡される。ちなみに犯人は海外で自殺し、事件は幕を下ろすのだが、最後までクロフツらしくない物語だった。

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