チョールフォント荘の恐怖
Fear Comes to Chalfont 1942

第二次大戦中に書かれたフーダニットもので、珍しくもドラマ仕立て。

サリー州ドークフォード郊外の高台にあるチョールフォント荘は、法律事務所の所長で弁護士のリチャード・エルトンの邸であった。エルトンはもともと野心家で、弁護士として成功し名声を得、さらに地元の有力者になり金銭的にも富裕となった。
そこで今度は社交上の出世の方に目を向け、その一環で優秀な執事のクルームとともにチョールフォント荘を手に入れた。だが、エルトンは社交的な面はまったく不得手であったし、人付き合いも下手だった。そこで、かつて何度か事務所を訪れていたジュリア・ラングレーという女性に目を付けた。
ジュリアは夫を亡くし、モリーという年頃の娘を抱えて、金銭的に困っていた。手に職はなく、代わりに人付き合いも得意であり、社交性には優れておりパーティでの接待などお手の物だった。エルトン家における2回のパーティでも、準備段階からパーティのホステス役までほぼ完ぺきにこなし、客たちの評判もよかった。
エルトンもジュリアを気に入り、やがてエルトンはジュリアに求婚した。といってもこの求婚はジュリアを愛したからではなく、あくまで目的達成のための手段だった。エルトンは社交性に優れた妻を望んだのだ。つまりこの結婚は一種の契約であって、2人が愛しあって結ばれたものではないということだった。
ジュリアは一週間悩んだ末、エルトンの求婚を受け入れた。生活とモリーのことを考えた結果の決断であった。ジュリア・エリトンとなりモリーとともにチョールフォント荘に移り、新生活がはじまった。

しばらくしてそのツケがやってきた。エルトン夫婦の仲は、当初からギクシャクしたものであった。エルトンは頑固で自分勝手であり、多くの人間の憎しみを買っていた。すぐにジュリアもその一人となった。ほかにも甥のジェフリィ、事務所の書記で解雇されたウィリアム・アンダウッドとその妻のキャリー、執事クルームなど、いずれも理由はわからないが、エルトンとは距離を置いているようだった。
一方、エルトンは弁護士の仕事のほか、道楽で化学研究をしていた。ある事件がきっかけで興味をもち、敷地内に別棟を作って研究室とし、そこで暇なときにはなにやら研究を重ねた。道楽はやがて熱を帯び、1人では手が回らなくなってきて、助手まで雇うほどだった。
助手の名はフィリップ・ハートと言った。化学会社の社長の紹介であった。エルトンはハートのことを気に入り、ハートもエルトンには従順ではあった。だが実のところハートは、影では研究自体は無意味なものと思っているようだった。ちょうどそのころから、エルトンの社交界への進出は限界を迎えていた。
戦争の影響もあったが、はっきり言えばエルトンは社交界から拒絶されたのだった。エルトンはさらに依怙地になり、その分科学の研究に熱中するようになり、ジュリアとの仲はますます冷えて行った。世間を重んじるエルトンは表面は装ったが、完全に形だけの夫婦であった。
そういう状態だったから、ジュリアに愛人ができるのも、ある意味自然であった。その男の名はフランク・コックスといった。ジュリアとコックスはエルトンや家族にわからないように密会を重ねたが、執事のクルームにかぎつけられたようだった。これが事件発生時のチョールフォント荘を巡る状況でった。

事件はチョールフォント荘で開催されたダンスパーティの日に発生した。パーティ前の晩餐の開始時になってもエルトンの姿が見えず、晩餐が始まっても一向に姿を現さなかった。心配したジュリアに頼まれて、庭を探しに行ったハートによって、庭の片隅に建てられたサマーハウスの脇で、後ろから後頭部を殴られたエルトンの死体が発見された。どうみても他殺である。
このことはジュリアとコックスを震撼させた。二人はサマーハウスの脇で晩餐開始の少し前に会っていたのだ。もちろん招待者始め大部分の者には秘密であった。コックスがのちに語ったtところによれば、コックスがサマーハウスに行ったときには既にエルトンは死体になって横たわっていたという。
しかし、そんなことが警察に通用するのだろうかと問われれば、否であることは子供にでもわかる。ジュリアもコックスも動機と機械を持っていたのである。事実エルトンは2人の仲を知っていた節があるし、コックスがこの夜チョールフォント荘を訪れたのも、そのことを探る目的だった。
だが恐慌を来したのはジュリアとコックスだけではなかった。ジェフリーもハートもアンダウッドもクルームも怯えた。それぞれ多かれ少なかれエルトンに対する動機を持っていたのだった。エルトン殺人事件はドークフォードの警察の手におえず、スコットランドヤードに移されてフレンチ主席警部がサリー州に出張ってきた。チョールフォント荘は恐怖に支配されたのだった。
「チョールフォント荘の恐怖」は、第二次世界大戦中の1942年に初版が刊行された作品で、クロフツの比較的後期の作品である。クロフツは1920年に名作とされる「樽」でデビューして以来、一貫して本格ミステリを書き続けた作家で、その作風はガチガチといっていいほど本格の王道を行っている。
クロフツについてのキーワードを挙げれば、アリバイであり、フレンチ警部であり、乗り物であり、企業犯罪でありといろいろ出てくるが、ケレンやオカルト、密室などの派手さとはまったく無縁である。つまりその行き着くところは四角四面の(こんな表現がるかどうかは知らないが)真面目な本格ミステリというところだろう。
クロフツが初期の作品ではアリバイ破りをメインに据えた本格ものが多く、やがて企業犯罪や組織絡みの事件を扱った作品が多くなる。同時にアリバイ一本槍ではなく、凶器トリックやフーダニットを絡ませて特色を出すようになった。倒叙ものにも手を染めた。いってみれば犯罪そのものをメインに据えたのである。

さらにその後、この傾向は色濃くなってくる。戦争の影響もあるのだろうか、企業絡みの作品は家庭や特殊な組織や世界など閉鎖された環境での事件を扱う作品が多くなる。本作品も例外ではない。野心家と愛のない結婚をした女性を主人公に、その特殊な夫婦の周囲で起きる事件を描く、フーダニットものである。
舞台もサリー州にあるチョールフォント荘という邸に限られており、登場人物もその邸の関係者がほとんどである。その人物の中から犯人を捜し出すわけで、機会よりも動機に重点が置かれているのだが、本作品の特徴としてクロフツには珍しく人間ドラマの要素が大きなウェイトを占めている。
逆にクロフツらしい乗り物を大胆に使った壮大なアリバイや、殺人方法を工夫することで犯行時間をごまかすような緻密なトリック、ちょっとした小物や人間の錯覚などを利用したトリックなどは使われておらず、特異的あるいは実験的な作品とみてもいいかもしれない。
そういう作品だからといって、つまらないかというとそうでもないのだ。はっきりいってこの時期のクロフツ作品は、マンネリの気味があって、面白くない作品も多いのだが、本作品に限っては気のきいた作品に仕上げっており、ベテラン本格ミステリ作家らしい渋さが光っているといえる。

Freeman Wills Croftsのメインページにもどる
Mystery Collection Mainへもどる


Last modified -