蜘蛛と蠅
A Losing Game 1941

高利貸しとゆすりを稼業とする男が殺された事件を追うフレンチ。

高利貸しのアルバート・リーヴは、そのほかにもう一つ裏の顔を持っていた。それはゆすり屋であった。金を返せなくなった人間のうち、特に使用人階級の者から、その雇い主たちの秘密の書簡類を盗み出させて、それをネタにゆすりをして荒稼ぎしていた。
リーヴは、ロンドン郊外の田園地帯に住んでいて、マートル山荘と呼ばれていた。静かな環境を好む彼は、周囲の土地を買い取って、電気もガスもない家で一見つつましやかな生活をしていた。
ある夜、そのリーヴの家から出火し、家はほぼ全焼した。その焼け跡からリーヴの焼け焦げた死体が見つかった。死体は階段の下にあり、周囲の状況から、リーヴは何らかの理由で階段を転げ落ちて動けなくなったところに、ランプかロウソクの火から火事となり、そのまま焼け死んだと見られた。
しかし医者はリーヴの体に骨折の痕がないことから不審を抱き、死体は解剖された。その結果、火事のおきた6時間も前にリーヴは死んでいることがわかった。

推理作家として売り出し中の青年トニー・ミドウズは、この事実を知って驚愕した。トニーは作家仲間との賭け事に凝って多額の借金を作り、その借金返済の際にリーヴから金を借りていたのだ。
トニーは毎月借金を返済していたが、最近になってグレイス・ファースンという娘と親しくなり、ついに求婚をした。求婚は受け入れられ、その喜びでトニーは多額の買い物をしてしまい、リーヴへの定期の返済ができなくなっていた。
リーヴのロンドンの事務所に行って返済の猶予を願ったが取り合ってもらえず、それどころか返済できなければ担保権を行使して、トニーの印税を差し押さえるだけだと言った。
印税を押さえられれば今後の生活に困るだけでなく、何よりも今まで隠してきた借金の事実がグレイスやその両親にわかってしまう。必死で頼み込むトニーだったが、リーヴの返事は変わらず冷たいものだった。

その場はあきらめたトニーだったが、もう一度頼み込んでみようとリーヴの住むマートル山荘に行ったのだった。マートル山荘は、トニーの住いとはあまり離れていなかった。
マートル山荘に着くと、その玄関の鍵穴から中を覗いている男がいるのが見えたので、トニーは咄嗟に物陰に隠れた。その男はしばらくマートル山荘の内部を見ていたようだったが、やがてあたりを見回すと闇の中に消えていった。
その様子を物陰から隠れて見ていたトニーは、その人影が消えた後、同じように玄関の鍵穴からリーヴの家の中を覗いた。すると階段の下に倒れている人影が鍵穴から見えた。倒れているのはリーヴらしかった。
驚いて玄関のドアを開けようとするが、鍵がかかっているらしく開かなかった。一瞬、警察に通報しようとも考えたが、事情が事情なのでトニーはコソコソと家に帰って寝てしまった。
マートル山荘から出火して、リーヴが死んだのはその夜だったのだ。翌日その話を聞いたトニーは、前夜の行動を悔やんだが、今更どうなるものでもなかった。
警察に行くべきかどうか、散々迷ったあげく、家に戻って姉のシシリーに相談した。シシリーは警察に行くことを勧め、トニーはしぶしぶながら警察を訪ねて、マートル山荘を訪れて見たことを打ち明けた。
それから一週間後、警察はトニーを逮捕した。トニーには動機があり機会があった。さらにリーヴの顧客を全て調べたところ、アリバイがなかったのはトニーだけであったのだ。
トニーの姉シシリーとトニーの婚約者グレイスはトニーの無実を信じ、シシリーがかつての事件で知り合ったスコットランドヤードのフレンチを訪ね、トニーの無実を訴えた。

典型的ともいっていいクロフツ後期の作である「蜘蛛と蝿」は、1941年というから第二次大戦中の初版である。被害者であるアルバート・リーヴは、金貸しの傍らで恐喝を演じる加害者でもあり、こういう被害者の設定もクロフツ作品ではよくみられるパターンだ。
第1章でリーヴという人間がどういう人間かが描かれ、のちに被害者となっても同情は全く感じないようにされる。これもクロフツのパターンのひとつである。第2章からは悪人リーヴの周囲に群がる小悪人や、標的にされる人間たちが描かれる。これらの人間も皆大なり小なり悪事を働いたり、身勝手な行動をとったりで、これもまたクロフツの作品に多い。
このようにして、より大きな、かつ本作品が目的とするところの犯罪に向け物語は集約されていくのだが、本作品ではリーヴの周囲の関係者たちが、皆身勝手であまりにも幼い感覚の人々だ。どいつもこいつも甘えに満ちた我がまま者としか思えないのだ。

やがて一人の青年が容疑者として逮捕される。この青年が犯人かどうかはわからないが、話の筋からいって犯人と思う読者はいないだろう。ではなぜ逮捕されたのかだが、これも逮捕されて当然の行動を取ったからだ。あまりに自分の行動に対して楽観的であり、無警戒過ぎる。冤罪というより自ら容疑者になってしまうという間抜けなパターンだ。
つまり中途半端な人間の集まりのような世界での事件になっているのが本作品だ。クロフツの作品、特に中期以降の作品には、この種のものも見られるが、本作品はそれが著しく顕著だ。
読み進めばわかるが、最初から最後までこの世界は変わらない。そこには緻密な推理の世界、あるいはきわどく組み上げられた芸術的なパズルの世界での犯罪のかけらすら見いだせない。
冷静に見てみると、書かれている内容は、通俗ミステリに近いものだ。そこをさすがにクロフツは技術で補い、複雑な世界での事件のように見せている、そうとしか感じない物語だった。

ここから先はネタバレです。そのため背景色と同色で記述してあります。 お読みになりたい方は、カーソルで反転させてお読みください。
逮捕された青年推理作家トニーはもちろん犯人ではない。犯人はといえば意外なというより、目立たぬ位置にいる人間だ。おそらくその人物が容疑者として急浮上した時、多くの読者は冒頭の登場人物一覧表を見返すだろう。
だが、犯罪の過程はごく簡単だ。犯人は病気と偽り寝室にこもって人を遠ざけ、犯行時刻にラジオのスイッチを自動でオンオフして、さもラジオを聞いていたように装ってアリバイとする。
リーヴを殺したあと自動発火装置を仕掛けて夜なかに火事を出すようにし、全てを燃やして痕跡を消すという単純なものだ。ラジオのオンオフも自動発火装置も、極めて機械的なトリックを使っている。
犯人の動機はリーヴのゆすりから逃れるためであるが、犯人はリーヴを殺した後で自分の関係書類だけを持ち去り、ゆすられていた証拠を消し去った。作中でリーヴがゆすっていたのは37人とされ、その根拠はリーヴの残していた記録カードなのだが、犯人はカードも抜き去っているから本当は38人がゆすられていたのだ。
前提条件として37人と読者は思いこまされるが、それが犯人が目立たぬ位置にいれた理由だ。そのあたりは巧妙に書かれており、さすがに円熟したクロフツである。

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