山師タラント
James Tarrant, Adventurer 1941

ドラマと本格ミステリと法廷と…

ジェームズ・ペチグルー・タラントは子供のころには恵まれた環境で育ったが、両親が相次いで死去してからは行きたかった大学もあきらめて、自身の生活のために働かざるを得なかった。タラントは薬剤師となり、リドコット村の小さな薬局で働いていた。
野心家であったタラントはそんな生活に飽き足らなかった。そんなある日のこと、薬を求めに来た客の相手をしていたときに一つのひらめきを得た。爆発的に売れているブラクサミンという消化剤があった。かつてタラントは興味を持ってブラクサミンの成分を分析したことがあった。
その成分は主としてマグネシアと無活性塩であり、包装などの原価を加えても相当の利益が上がっているはずの製品だった。はっきりいえば人畜無害なものをよく効く薬と称して売っている、詐欺みたいな商法だったのだ。だが現実としてブラクサミンはよく売れていて、製造会社が儲かっているのは間違いなかった。
そこでタラントは考えたのだ。いっそのこと自分自身で同じような薬を作り、直接小さな薬局に卸せば、原価がかからない分相当な儲けになるはずだ。その儲け分の一部をマージンとして薬局に還元すれば、薬局の方でもブラクサミンを売るよりも儲けが出る。やり方次第では薬局と手を組めばブラクサミンのシェアのある程度は奪えるはずだ。
こう考えたタラントは、資金を得るためにそのころ付き合いを始めた看護婦マール・ウィアを誘い込むことにした。タラントは女性を虜にするすべにも長けていて、マールはタラントが野心家であるのも見抜けずに、タラントとの将来を夢見ていたのだった。

だが、さすがのマールもタラントの話を聞くと躊躇した。聞けば聞くほど詐欺同然の話にしか聞こえなかったのだ。マールは純粋な気持ちを持つ、優しい性格の女性であり、人を騙すようなことは間違ってもできなかった。しかし野心家で口の上手いタラントは、マールを丸め込んだ。
最後にはマールも決断したが、ひとつの条件を出した。2人は運命共同体であり、その証として結婚することを望んだのだ。タラントは心の中で舌を出しながら、その条件を当然のこととして受けた。タラントにはマールを愛する気持ちなど微塵もなかったが、野心のためならマールを踏みにじることなど問題ではなかったのだ。
一方マールの方はタラントと結婚できることで有頂天になり、薬の製造に協力することとなった。タラントは工場を借りて消化剤の製造を始めるとともに、自身は車で薬局廻りを始めた。タラントのターゲットは地方の中小薬局だった。そして思った通り、どんどん注文が来た。工場を預かるマールの方はたちまち人手が不足するほどだった。
しばらくは上手くいった。工場作業は増大し、従業員は増えていった。しかしマールの条件であった結婚はなかなか実現しなかった。タラントは営業の薬局廻りで忙しく、ほとんど工場に顔を出さなかったが、たまに顔を出した時にマールは結婚の話を持ち出した。だが、その度にタラントは理由をつけて話をはぐらかすのだった。
そんなとき工場に運転手として雇われたのがピーター・テンプルだった。テンプルはマールを一目見たとたんその虜になり、タラントを一目見たとたんその邪悪な心を見抜いた。テンプルはマールがタラントのような邪悪な野心家と結婚することが許せなかったし、それでマールが幸せにならないならなおさらだった。

そんな状態がしばらく続いたころ、一人の男が工場を訪ねてきた。ブラクサミン会社の総支配人ジョージ・ハムデンだった。ブラクサミン会社では、ここ数か月一部の地域で売上が大きく落ち込んでいることを問題視していた。そこで総支配人のハムデンが原因を調査した。
その調査は当初かなり困難を極めたが、やがてブラクサミンの類似品が売られ、そのマージンが薬局を潤していることを知った。その結果としてハムデンが工場に乗り込んできたのだ。ハムデンとタラントの会談がもたれた。タラントのやり方は合法であり、商法自体を訴えることはできなかった。
ただしタラントの作っている薬はほとんどインチキであるのも事実で、その点を訴えることはできたが、薬の成分と効果はブラクサミンも五十歩百歩であり、訴訟を起こせばブラクサミン会社もかなりのリスクを背負うことになる。そこでハムデンの戦略は、タラントの事業を吸収してしまうことだった。買収である。
結局タラントにはブラクサミン会社の株」と重役の椅子が与えられ、従業員のほとんどもブラクサミン会社で再雇用された。だがタラントはこんなことで野心を収めるような人物ではなかった。マールとテンプルを解雇し、しばらくして2人にブラクサミンの対抗商品販売を再開させたのだ。
今度の会社はマールを代表にし、工場も前の会社とは全く別の場所に構えた。マールの心はいたんだが、タラントの手玉に取られて渋々工場を再開した。一方、タラントは野心を満たすために社交界に進出し、たちまち一人の女性の心を射止めた。大金持ちの娘ジーン・ウールクームだった。
ジーンとの最初の出会いはブラクサミン会社の重役のジェインスン・クックの紹介だった。クックもジーンに心を寄せ、あわよくば結婚を望んでいたが、それをタラントが横取りする形になったのだ。タラントはジーンの屋敷のそばに住居を購入し、ついには婚約した。マールとの約束は完全に反故にされたのだ。
マールは精神的に参ってしまい、それを見たテンプルはタラントを憎んだ。タラントを憎むという意味ではクックも同様だった。さらにタラント対策をし商売上のリスクを取り去ったはずのハムデンだったが、最近また対抗商品がブラクサミンの売上を阻害している事実をつかんでいた。こんな状況の中、タラントが毒を盛られ殺されたのだった。

本作品は1941年の初刊で、クロフツが晩年に差し掛かったころの作品である。創元推理文庫の奥付を見ると初版が1962年に出ているから、比較的早くから我が国に紹介されていた。確か銀色のカバーが掛っていたはずで、その題名を見たときに山師の意味が分からず、子供心に山師とはなんだろうと思ったことを今でも覚えている。
本作品の構成は前半はその山師タラントの山師たる行動の所以を語った物語で、一種のドラマといえる。ただ不器用なクロフツのことだから、叙情的な面は微塵もなく、ひたすら説明科白を読んでいるような味気のないドラマが続く。はっきりいて感動的ではなく、タラントの行動と性格が文書のようにつづられるだけだ。これがまた延々と続く。

そして一転、全体の半分近くに来た時に事件がいきなりという感じで発生する。フレンチ主席警部がいきなり呼び出され、事件現場に派遣されるのだ。そこからフレンチの捜査の部になる。ここから物語を始めてもいいくらいなのだが、とにかくそうなっている。フレンチはいつもの捜査スタイルで事件の核心に迫り、やがて容疑者2人を逮捕する。
そして後半に入るが、なんと後半の舞台は法廷である。容疑者2人は有罪か無罪かの闘争が展開されるのだが、クロフツとしては初の試みであり、証拠の評価というより情実の評価という闘争場面が続く。つまり本作品は、事件の前提となるドラマ、フレンチの捜査を主体にしたミステリ、そして法廷での闘争というサスペンスの三段構成がとられている意欲作なのだ。
その意欲は買うものの。全体に長すぎるし面白味は相殺されあって感動は残らない。字面が多くて各ページとも真っ黒だ。つまりやたらダラダラしている印象なのだ。そしてそれがポイントが絞られず、読者が核心に迫れないという弊害を負っている。もっともこの頃のクロフツ作品は軒並みそうなのだが…

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容疑者2人とはマールとテンプルのことで、動機と機会の面から2人にしかやれないという消極的な根拠で逮捕される。だから法廷闘争になるのだが、このあたり法廷闘争を書きたいからそういう展開にしたというのが真相かもしれない。容疑はマールは殺人、テンプルは事後従犯だった。裁判の結果マールは有罪、テンプルは無罪となるが、最後の20ページで真犯人が明らかになる。ある証人の証言がもとになったのだが、その証人は事故で入院していたという設定だ。
野心家のタラント、世間知らずのマール、体育会系青年のテンプルと絵にかいたような人物が絡む変な物語は、今風の感覚では出来損ないのテレビムービーみたいなものかもしれないが、ふとクリスティの「無実はさいなむ」を思い起こしてしまった。

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