フレンチ警部の多忙な休暇
Fatal Venture 1939

英国周辺を巡航する船から失踪した事業家が死体で発見された。

ボスクーム旅行社に勤めるハリー・モリソンは添乗の途中、フランス国内を移動する列車の中でチャールズ・ブリストウという弁護士と知り合い、ブリストウから新しい事業の話を持ちかけられる。
その事業とは、中古の大型客船を買って改装し、それで英国沿岸を比較的安い費用で巡る観光船事業であった。頻繁に港に寄港して、どこから乗ってもどこで降りてもよしとし、ターゲットは低所得者であり、安価での船旅を売り物とするものだった。
船の速度を落としたり定員を減らすことで、燃料費や人件費などコストを抑え込めば、かなりの収益が見込めそうだった。モリソンがざっと試算をすると4年で元が取れる計算になり、モリソンはブリストウと一緒に事業を進めることにした。
すでに船のあたりもついていた。引退したヘレニック号という大西洋航路の客船が、売りに出ているのだ。この船はまだ航行できたが旧式で速力が遅く、大西洋では活躍できなくなっていた。かといって他でも就航できず解体するほかなかったのだ。
ブリストウはこのヘレニック号に目を付けたのだが、いくら用済みとはいえ大型客船を買うにはそれなりの資金が必要だった。そのためには事業を一緒に行なう投資家を捜さねばならなかった。
モリソンは旅行社のお得意様である、ジョン・M・ストットという金持ちだが気難しい屋の老人に目をつけた。モリスンとブリストウはストット老人を訪ね事業の話をすると、最初は懐疑的だった老人も最後には大いに乗り気になった。

ストットの賛同を得たモリスンたちは、さっそくヘレニック号の購入交渉に入るが、ヘレニック号はすでにマルサスという別の事業家が購入交渉権を持っているという返事だった。
マルサスはモリソンとブリストウが列車の中で事業の話をしていたときに、同じ車室で居眠りをしていた男であった。今思えば狸寝入りをしてモリソンたちの話を盗み聞きし、アイディアを横取りして先手を打ったものだろう。
モリスンとブリストウはこの事を知るとストットに相談し、ストットの指示で半ば強引にヘレニック号を手に入れた。船を手に入れると3人の共同事業を立ち上げて、船長初め乗組員や宣伝係を手配して、最初の会合を開いた。そこでストットから新たな提案がなされた。
それは低所得者向けの観光船事業を取りやめ、ヘレニック号を豪華に改装して船内でカジノを行なうというものだった。法律をクリアするために、カジノは英国の領海外に出ているときしか開かず、船の船籍もフランスにして船名もエレニークと改名した。
船と陸地の間は飛行艇が定期的に往復して、乗客を輸送するという斬新なアイディアも取り入れられ、事前の新聞を使ったカジノ論争という宣伝効果もあって、船は予約で満員だった。
たしかにカジノは英国内では違法であったが、領海外で開かれているときは英国政府も手を出せず、批難はされたが完全に合法であり、事業は順調で面白いように収益があがった。

エレニーク号が就航して1年が過ぎた頃、その事件は起きた。寄港した北アイルランドのポートラッシュで船から降りたストットが行方不明になり、やがて原野の中のマッカート窪地と称される、めったに人が通らない淋しい場所で死体となって見つかった。
状況からいって殺人に間違いなく、エレニーク号に身分を隠して乗り込んでいたフレンチ警部が捜査にあたることになった。フレンチは首相から内相、そして警視総監を経て命じられた、賭博船エレニークの就航をやめさせるために、船内に潜入して非合法行為の内偵をしていたのだった。
ストットは気難しくて貪欲であり、わがままであったので多くのものに恨みを買っていた。モリソンもブリストウも事業上のことで恨みを抱いていた。
当時エレニーク号にはストット老人の甥のウィンダム・ストット少佐、その妻のエルミナ、息子のパーショー・ラフ、娘のマーゴットの一家が乗り込み、この一家もストット老人とは折り合いが悪い上に、老人が死ねば多くの遺産にありつけた。
さらに、船の取得の時に出し抜けれて恨みを抱くマルサスも乗客として乗り込んでおり、ストットの殺害動機を持つ人間には事欠かなかった。そのほとんどがストットが船から下りたときに一緒に上陸をしていて、アリバイを申し立てた。それが事実なら誰もストット老人を殺害できないはずであったが…

クロフツの第23作目の長篇である本作品は、大きく2部に分かれていて、前半は事件に至るまでの経過を丹念過ぎるくらいに描き最後に事件が起こる。後半はお馴染みのフレンチ警部の登場となり、これもまた丹念な捜査で真相に迫る。
1939年に書かれたクロフツ後期の作品であり、クロフツは中期以降の作品にはシュチュエーションとしていろいろなアイデアを盛り込んでいるが、本作で盛り込まれたのは、豪華カジノ船の就航。結論からいえばトリックやフーダニット、ミスディレクションなどのミステリ的な興味よりも、このカジノ船のアイデアの方が格段に面白い。なにせ1939年といえば第二次大戦の始まった年だ。時代や時期を考えれば、ものすごいアイデアではないか。
物語の前半である第1部では船を使った事業の発想から、それが具体的に形を成し、さらにそれがカジノ船事業に発展的解消をしていく過程が描かれる。一種の起業小説的な物語であり、ミステリとしてはこの部分がほとんど無くても成立する。クリスティのように人間的、深層的なドラマではないから説明でも事足りるのだ。
中期以降のクロフツ作品にはこういうタイプの物語が多いのだが、本作品はそのボリュームが半端ではなく、全体の半分10章が割かれている。クロフツ嫌いな人だったら冗長以外の何物でもなく、だからクロフツはダメなんだというところだろう。

そしていかにも唐突な印象で事件が起きる。起業家であり事業主であった偏屈な老人が殺されたのだ。事件や現場の描写もクロフツらしくなく至極あっさりしているのが意外である。まるで人ごとのような事件の起き方だ。
さらに意外なのがフレンチの登場の仕方。フレンチは賭博船の就航を止めさせたい政府の意向を受けて、内偵するために半ば休暇を取って妻とともに賭博船に乗船していた。いわば「ナイルに死す」のポアロであり、「歌声の消えた海」の刑事コロンボだ。原題の{FATAL VENTURE」を直訳すれば命にかかわる投機的事業となるが、邦題は作品を意訳したわけだ。
したがってフレンチの行動には多くの制約がある。船の上という限られた空間に限られた容疑者たち、さらには船籍や捜査権の問題、リソースや設備、人員などだ。したがって大きく複雑な事件というわけにはいかなかったのだろう、事件としては平凡かつシンプルなものになっている。
最後にはアリバイトリックを暴く場面もあるにはあるが、クロフツのアリバイとしては物足りなさが残るし、おそらく現実には通用しない程度のものだ。むしろ限られた容疑者の中から犯人を探すフーダニットとして読んだ方がいいと思うが、それとても事件が小粒であり英国の地理にも詳しくないから楽しめはしない。結論からいえばミステリとしては小粒であり、前半の起業小説的な部分を楽しめるかどうかで評価が分かれる作品といえる。

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フーダニットとアリバイ破りが密着した作品で、アリバイが崩れれば犯人がわかる、逆に犯人がわかればアリバイは崩せるという表裏一体的な造りで、フレンチのアプローチはアリバイからだ。
トリックは写真トリックで、犯人のアリバイは遺跡の写真を撮っていたので殺人を犯す時間はない、というものだった。遺跡の写真の前後には、その日のゴルフの写真があって、遺跡写真はその日のその時刻に写されたというのが証明される。
トリックの種はフィルムの巻き戻しと、数ヶ月前に撮影しておいた遺跡の写真。犯人はゴルフの写真を撮り、コマ数を進めて時間を開けて再びゴルフの写真を撮る。その後数ヶ月前に取った遺跡の写真を引き伸ばして壁に貼り、フィルムを巻き戻して撮影し、ゴルフ写真の間に遺跡の写真を挿入する。だが遺跡の写真に写っていた野草が季節外れだったことと、光の具合から写真トリックが暴かれてしまうのだった。

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