フレンチ警部と毒蛇の謎
Antidote to Venom 1938

著者曰く、本書は二つの実験を行っている。第一に、通常の叙述と倒叙を組み合わせた探偵小説の成立を試み、第二に、犯罪の前向きな描写を目論んだ。

英国第二の動物園といわれるバーミントン市立動物園の園長ジョージ・サリッジは、仕事の面では何ら大きな問題もなく、不安も抱えていなかった。しかし家庭ではそうはいかなかった。金銭の不自由なく育った妻のクラリッサとの仲は結婚直後から不和であった。
サリッジはそんな妻から逃れるために、クラブでの博打にのめり込んでいった。その博打は一回あたりは少額であったが、負けが込んでくると所詮は借金であり、金銭面でも苦しくなるのは当然であった。
博打から足を洗おうとは思っても、借金返済のアテはないために、その借金を返すためにまた博打にのめりこむという、典型的な悪循環に陥っていった。とはいえ時々小さく勝つことはあるにはあった。だが、それは当座の借金の返済にすぐ消えてしまった。
そんなサリッジがアテにしてるのは叔母のルーシー・ペントランドの遺産だった。叔母の主治医のマー博士によれば、叔母は癌に侵されており、年齢的な面もあって死は時間の問題であった。それはとりもなおさず、唯一の肉親であるサリッジに遺産が入ることを意味した。

そんなとき、サリッジは偶然なことからひとりの女性と知り合った。名をナンシー・ウェイモアというその女性にサリッジは惹かれ、やがて2人は不倫の関係になった。浪費家で優しさのない妻に不満を抱くサリッジは、毎週のようにナンシーに逢い逢瀬を楽しんだ。
そしてナンシーが失業したのを機に、郊外に小さなコテージを見つけて、そこを2人の愛の巣とすることにした。そのころにはサリッジの叔母のルーシーの命は旦夕に迫っており、サリッジは遺産を担保としてコテージの購入資金に充てた。
コテージの代金は家具などを入れて800ポンド、一方で叔母の遺産は少なく見ても5000ポンドはあるはずだった。契約は成立し、コテージにはナンシーが住んだ。サリッジにとってはウキウキするような瞬間であった。
そうこうするうちに叔母のルーシーが死んだ。遺産はサリッジが予想したよりはるかに多く8000ポンドはあった。相続手続きは順調に進んだが、ある夜ルーシーの事務弁護士を務めるデイヴィット・キャッパーから呼び出しを受けた。
サリッジは以前にキャッパーに一度だけ会ったことがあるが、その酷薄な表情が気に入らなかったし、そのとき意識的にキャッパーがサリッジを避ける態度をとったことが妙に気にかかっていた。そのキャッパーから夜ひとりで自宅に来てくれるように頼まれたのだ。

何事だろうと不審に思ったサリッジだが、遺産手続きの問題だと軽く考えて招待に応じ、サリッジは深夜の道を車で飛ばした。キャッパーの告白は衝撃的だった。ルーシーの遺産は全てキャッパーに使い込まれて一銭もなかったのだ。
激怒したサリッジに対しキャッパーは開き直り、訴えるなら訴えろと言い放った。ただし訴えたからといってキャッパーが罪に服すだけで、使い込まれた遺産は一銭も手に入らない。そしてキャッパーは一転宥める口調で、逆提案をした。
キャッパーの伯父でサリッジの動物園の毒蛇を使って医学の研究をしているマシュー・バーナビー教授を事故に見せかけて殺そうというのだ。バーナビー教授は、つい最近、最愛の娘ジョイスを交通事故で亡くしてから廃人のようになっていた。
あまりの教授の憔悴ぶりに、毒蛇を扱わせるのは危険とされ、サリッジの提案で教授が直接蛇を扱うことは禁止されていて、教授の方もそれを当然のこととして受け入れていた。
そのバーナビー教授を蛇毒で殺害し、唯一の肉親であるキャッパーが遺産を相続し、使い込んだルーシーの遺産の穴埋めをするというのだ。聞けばバーナビー教授の遺産は2万ポンド以上あるという。
一度は断ったサリッジだが、コテージの借金やナンシーとの生活を考えると、喉から手が出るほど金が欲しい、結局はキャッパーの提案を受け入れ片棒を担ぐことにした。


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すべての計画はキャッパーがたてた。キャッパーはサリッジに指示に従うだけで、詮索はしないように約束させた。そのサリッジがやることは、蛇のいる建物を含む鍵束を一時的に置き忘れることと、毒蛇を一匹盗みとってから毒を取って溺死させ、蛇の毒と死体とを小包でキャッパーに送ることだった。
サリッジはすべての鍵のついた鍵束を通用口の外の鍵穴に故意にさし忘れ、大騒ぎをしたあげくに30分後に警備員に発見させた。これは鍵を取り上げられた教授が、合鍵を作るためのコピーを取るために必要な措置だった。
そしてある夜、サリッジは小型の毒蛇を一匹盗み出し、指示通りに毒をとったあとで溺死させ、小包でキャッパーに送った。翌日、職員から毒蛇が一匹行方不明という緊急報告があった。サリッジは初めて知ったように狼狽し、動物園を閉鎖して捜索を開始した。
サリッジ自身は蛇が死んでいるのは知っているが、死骸がどこにあるのかは知らないから、その演技はまんざらでもなかった。しばらくして教授が家の外で死んでいるのが発見された。調べてみると腕には蛇にかまれた跡があった。そこでやはり教授が蛇を盗んだということになる。
教授の家を中心に捜索がなされ、やがて蛇が樽の中で溺死しているのが見つかった。事件は教授が誘惑に駆られて毒蛇を盗み出し誤って噛まれてその毒で死んだ、言ってみれば事故のようなものだということで検死審問でもその通りの結論が得られた。

クロフツは、その生涯において33篇の長篇ミステリを書いた。我が国では創元推理文庫がその紹介に熱心で、多くの長篇を翻訳刊行してきた。そのなかで最後まで未訳で残っていたのが本作品であったが、ついに2010年3月に「フレンチ警部と毒蛇の謎」として初版刊行された。
これで理屈の上ではクロフツの全長篇は日本語で読めるわけであるが、最近ではその多くが絶版状態にあるのは残念なことである。しかし英米では忘れられた作家となっているとの情報もあると聞くと、我が国の環境はまだ恵まれているとしなければならないだろう。
さて本作品であるが、クロフツの22作目の長篇にあたり、1938年の刊行である。実はこの前後に刊行された他作品、「ジグニット号の死」や「フレンチ警部と漂う死体」「船から消えた男」なども比較的紹介が遅れた作品である。

クロフツはこの頃から作風に社会的な要素を多く取り込んでいる。それは企業がらみの犯罪であったり、詐欺あるいは産業スパイ的な面が作品の骨格であったりするのだが、初期の作品とは明らかに趣が違っている。
それは歴史的に見た場合は、かなりの先取りであったのだが、反面それに徹しきれず、古典的な例えばアリバイ破りとか例えば機械的トリックなどもまた作品のなかに従来通り取り込まれた。
その結果、従来の作風から脱しようと努力するが脱しきれないような、そしてそれが中途半端な作品になってしまった面はないだろうか。「クロイドン発12時30分」や「サウサンプトンの殺人」を倒叙形式にしたのは、それを少しでもやわらげようとしたためかもしれない。
だが倒叙ものというのは新鮮味が表に出ているうちはいいが、小説の場合はすぐに飽きが来る。これは作者も読者もそうだろう。作者は騙す楽しみを、読者は推理する楽しみを奪われ、そもそものミステリの目的である作者と読者の知恵比べができないのだから、これは当然のことである。

そこでクロフツも倒叙をやめて、従来の形式に戻してはみたものの、やはり中途半端さからは脱しきれなかった。そしてそれが面白みが今一つ足りないという作品がこの時期に並ぶこととなってしまい、邦訳も遅れてしまったといえないだろうか。ちなみに絶版となっているのもこの時期の作品が多い。
では本作品はどうかというと、作品として工夫はされている。クロフツという作家はサービス精神には富んでいて、面白みに欠けると入っても一作一作趣向を変えたり、工夫はしたりしているから偉い。このあたりはプロに徹しているといえる。
本作品での工夫は前半は倒叙形式なのだが、その視点が共犯者の視点であることだろう。読者は主犯ももちろんわかっているが、主犯の使ったトリックがわからない。だから読者はフーダニットの楽しみは奪われるが、ハウダニットの楽しみは残される。このあたりが工夫なのだが、それが全体の面白さに結びついていないのがクロフツらしいところだ。

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なぜ主人公が犯罪の片棒を担ぐ共犯者になってしまったが前半三分の一、そして共犯者の行動と、その結果起きた殺人、そしてそれが事故として処理されるまでは中盤三分の一で、後半三分の一は小さな疑問からフレンチ警部が出馬して事件の真相が暴かれるというのが本作品の構成だ。
前半はクリスティでいうドラマの部分なのだが、おそろしく冗長だし、中盤以降に劇的な影響を及ぼすような物語でもない。早い話が一章分程度の説明で事足りてしまうようなものなのだ。
中盤では、クロフツらしいオーソドックスな展開が続き後半となるが、フレンチが捜査に乗り出すきっかけとなったのは、蛇の捕獲器具が教授の家から見つからなかったことだ。フレンチは上司を説得して、事件捜査をやり直す。
そして蛇に噛まれたように見せかける仕掛けをしたドアノブを見つける。ここで明かされるドアノブのトリックというのが、これまたおそろしく機械的なもので、図解をされていても何がんだかわからない。ただフレンチ警部をはじめとする捜査関係者が素晴らしいトリックだと自賛するのだが、とてもそうは思えない。
最後にはこの主人公に同情が集まるという流れだが、これも不思議だ。この主人公は博打にのめり込み、愛人を囲いたいがために共犯者になったのだ。悪妻に悩まされたり、使い込みにあってもらえる遺産が貰えなくなったりと不幸な点はあっても、とても同情できるものではない。

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