フレンチ警部と漂う死体
Found Floating 1937

地中海をクルーズする豪華客船で発生した殺人事件を追ってフレンチ警部も地中海へ。

父親から家電会社の経営を引き継ぎ、父親の時代より更に事業を伸ばし、自身も富豪となったウィリアム・キャリントンは体調を崩し事業から引退した。
ウィリアムにはジョージという兄と2人の姉妹がいた。ウィリアムとジョージは若いころオーストラリアに仕事で行ったが喧嘩別れし、兄のジョージはオーストラリアに定住した。ウィリアムだけが英国に戻り、父親の事業を継いだ。
ジョージをはじめウィリアムの2人の姉妹はその後亡くなった。その結果、現在英国にはウィリアムの姪のキャサリン・シャーリーとエヴァ・タグデール、それに甥のジム・マズグレーブがいたが、ウィリアム自身には子供はいなかった。そのほかキャリントン一族には、エヴァの夫のルークとジョージの息子のマントがいた。
ウィリアムは強靭な体を誇っていたが年齢には勝てず、さらに休暇もほとんどとらないで働いてきたつけがきて、ここのところ体調がすぐれなかった。そこで思い切って事業から引退することにしたが、後継者として指名したのはオーストラリアにいるマントだった。
ウィリアムの会社ではすでにジムが働いていたが、ウィリアムにいわせるとジムには才能がないとのことだった。一方、密かに調べてみるとマントは有能で勤勉、ジムとは比べものにならないとのことだった。
オーストラリアからやってきたマントとは全員が初対面だったが、ジムは立場上面白くなく、マントとの間は最初からしっくり行かなかったし、キャサリンやエヴァもマントにはいい印象を抱かなかった。

ジムとマントの間は日に日に険悪になっていったが、ウィリアムは常にマントを褒め肩を持った。そのことが更にジムの怒りに油を注ぎ、キャサリンたちをハラハラさせた。
そういう状況が続くなかでウィリアムの誕生会の日を迎えた。キャリントン一族はクリスマスではなく、ウィリアムの誕生日に一族が集まって食事を楽しむのが慣例だった。
この年の誕生会は、マントが加わったことで何となく例年より、ぎごちない雰囲気で会が進行した。それでもアルコールが廻り始め、デザートのころになるとさすがに陽気な雰囲気になった。デザートも終りコーヒーを飲みながらくつろぎ始めたころに、事件は起きた。一族の人間が次々に倒れたのだ。
使用人はうろたえ、ルークの指示でウィリアムの主治医ランシマン・ジェリコーが呼ばれた。キャサリンの婚約者でもあるジェリコーが駆けつけると、一族の6人全員がぐったりとしたり、意識を失ったりしていた。
応援の医師を呼んで治療にあったが、ジェリコーを始めとする医師たちは砒素中毒と診断した。使用人には晩餐の食事を棄てずに取って置き、食器も洗わないように指示が出され、治療が一段落したところで警察に連絡された。

倒れた6人のうちウィリアムとマントを除く4人は比較的症状が軽く、翌日には危機を脱した。ウィリアムは年齢ともともと体調がすぐれなかったせいで回復が遅れたが、命に別状はなかった。
一方マントの病状は深刻だった。調べてみるとマントには砒素のほかにエゼリンという毒物も投与されたことがわかった。警察は一族を狙った殺人未遂事件と断定したが、犯人はおろか毒薬の投与方法もわからなかった。
晩餐会で出された食事は全て保存され、同じものを使用人も食べていた。しかし使用人には別条なく、食事からも毒物は検出されなかった。飲み物も同じだった。
暫くしてマントの病状も安定し危機は脱した。致死量のエゼリンが投与されたが、頑健な肉体と砒素が同時に投与されたために砒素の排泄作用によってエゼリンが体外に排出されたことで命が助かったのだ。
警察の捜査は暗礁に乗り上げ、主治医のジェリコーは一族の気分転換と病後の健康回復のために転地を勧めた。ちょうどウィリアムのところに地中海の船旅のパンフレットが旅行社から送られてきて、一族の6人とジェリコー医師の7人でグラスゴーからジブラルタルを経てギリシャに向かう船旅に向かった。

ところが犯人はまだ諦めていなかった。一行が乗った客船パトリシア号がジブラルタルの対岸セウタに停泊していた時、上陸したマントが出港時刻になっても戻ってこなかった。
出港を遅らせ、街中を捜索したがマントの姿は発見されず、ウィリアム始め一族の人間に再び暗い影を落とした。そして次の目的地に向かって航海中のパトリシア号に、ジブラルタルからマントの遺体を発見したとの無電が入った。
マントの遺体はロープで括られ、足を切断されて港を漂っているところを貨物船に発見された。死因は後頭部の強打によるもので、あきらかに殺人事件であった。
パトリシア号のグッド船長始めとする船会社側は、殺人の捜査能力のない地元警察では心もとないとスコットランドヤードに連絡、フレンチ警部の出馬となった。

「フレンチ警部と漂う死体」は我が国では未訳の状態がずっと続いていた。2004年に論創社ミステリの一冊として世に出たのが初訳というから、クロフツファン(ごく少ないだろうが)にとっては待望の一冊ということになるだろう。
クロフツの長篇20作目にあたり、1937年の刊行で「船から消えた男」と「ジグニット号の死」の間に位置する作品だ。題名通りに海、船にまつわる犯罪を描く作品だが、クロフツ作品には海、船にまつわるものが多い。とくに1930年代後半にはそれらの作品が集中し、前後の作品も例外ではない。
とはいえクロフツという作家はサービス精神があって、一作一作に独自の工夫を盛り込んでおり、本作品ではフレンチ警部の活動範囲は地中海を航行する豪華客船の中という限定された環境造りに船を使っている。
他の作品ではあちこちと動き回るフレンチ警部だが、この作品では船の方が動き回り、フレンチは安楽椅子探偵の如く船の中で関係者から事情を聞いたり、電報で関係先とやりとりしたりして事件を解決することになる。

フレンチは死体や現場を見ずに捜査をすることになり、クロフツ作品の個性とされる足で稼ぐ捜査、現場にある事実に基づいた捜査が犠牲となり、クロフツ作品の面白さがまったく失われてしまっている。
クロフツファンであれば、たまにはそういう毛色の変わった作品も面白いと許容するかもしれないが、やはり物足りなさは残る。それにクロフツは器用な作家ではないから、ほとんどが説明になってしまっていて、落語でいえば地噺(会話ではなくト書きが中心の噺)、テレビでいえばドキュメンタリーんpような感じでだ。
物語ではなく、シノプシスと言ってもいい。臨場感もほとんどないに等しいし、アリバイをはじめとするトリックらしいトリックもなく、作品としては水準以下といわざるを得ないだろう。
フーダニットになるのだろうが、クロフツにはデータを散りばめて読者に挑戦するような意図はなく、限られた人間の中から犯人らしい人物を感で探すしかない。むしろクロフツが書きたかったのは第10章なのかもしれない。
本作品の第10章は「幕間、双暗車蒸気船パトリシア号の紹介」と題され、客船パトリシア号の詳細が描かれる。この章はミステリとしてみた場合は、まったくく不要で、読み飛ばしても物語に影響はない。海、船に憧れるクロフツが、その舞台としてではなく主役として船を描きたかったのかもしれない。

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トリックとは一人二役、犯人が被害者に化けてアリバイを作る。犯人は船室でマントを殺害してベッドの下に隠し、マントに変装して上陸。上陸後は海を泳いであらかじめ舷窓からさげて置いたお手製の縄梯子で船室に戻る。そして砒素を自ら飲んで体調不良を訴えて医師の診察を受け、船室にとどまりアリバイを作る。
船の出航に合わせて舷窓から死体に重りを付けて海に放り出す。が、死体は船のスクリューによって重りと足を切断されて漂い、後に発見されてしまう。

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