船から消えた男
Man Overboard! 1936

世紀の大発見を巡り殺人事件が発生。

北アイルランドの小さな町ヒルズバラで、4人の男女が化学上の世紀の発見の実用化に取り組んでいた。その発見とはガソリンの非活性化、つまりガソリンの引火性をなくすことに成功したのだった。
しかも非活性化したガソリンを元に戻すことも可能だった。危険なガソリンを引火しないただの液体に変え、さらに使うときに元のガソリンに戻せるわけで、実用化できれば車や飛行機などで競って採用されることは明らかであった。そしてそれは、巨万の富を得ることに繋がることは目に見えていた。
しかし実用化に向けては、いくつか解決しなければならない課題があった。そこで4人のうちのひとりであるパミラ・グレイの親戚で、ベルファストの資産家ジョージ・ホワイトサイド氏に資金面での援助を頼むことになった。
パミラの話を聞いたホワイトサイド氏は最初は懐疑的だったが、実験を目の当たりにすると感動し、即座に資金援助に応じた。4人は本格的に実用化に向けた課題解決に取り組むために、ヒルズバラ郊外にコテージを借りて、実験を重ねていった。
その甲斐があって実用化のめどが立ち、企業への売込みを行うことになった。4人が白羽の矢を立てたのはイングランドのブリストル市にあるレン・ジェファーソン株式会社であった。

レン・ジェファーソン社の社長フィリップ・ジェファーソン氏は、ガソリン非活性化の話を興味を持て聞いたが、にわかに信ずることができなかった。そこで自身の義理の甥で、科学者でもあったレジナルド・プラットを北アイルランドに出張させた。
プラットの目的はレン・ジェファーソン社の社員でもあり、実験をその目で見て、その結果を社長に報告することにあった。港で出迎えを受けたブラッドは、4人のコテージへ案内され、実験を見せられたが半信半疑の様子であった。
実験は秘密保持の観点から、肝心な部分をプラットに見せない形で行われたが、プラットはそれに不満の意を示し、何らかのトリックがあるかもしれないと疑ったのだ。
一方で4人の方は、肝心要の部分を公開しては売り物にならなくなり、契約後でなければ見せられないと主張した。結局プラットは折れたが、公開されている部分は徹底的に調べる必要があるといい、かなりの日時をついやして実験装置にトリックが仕掛けられていないかどうかを調べた。
最終的に実験は適正に行われ、その結果は間違いのないものであるとプラットも納得した。そして会社に戻ってジェファーソン社長に報告したうえで、契約に向けて話し合いを行うこととなった。

ところが、その夜の連絡船でベルファスト港からリバプールへ向けて帰っていったプラットは、そのまま姿を消してしまったのだ。ベルファストで連絡船に乗ったのは確認されたが、リバプールでは下船しなかったのだ。
船内をくまなく捜索しても姿はなく、船から何らかの理由で落ちたものと考えられた。暫くしてアイリッシュ海からプラットの死体が上がった。死体の上がった場所から推測して、連絡船から落ちたことは明らかで、警察は事故、自殺、他殺の各面から捜査した。
捜査は当初リバプールの警察があたったが、事件の性質上スコットランドヤードに持ち込まれ、フレンチ主任警部の出馬となった。
事故はもっとも可能性が低かった。当日は小雨模様の寒い晩で、とても夜中に甲板に出るような雰囲気ではなく、高いてすりを乗り越えて海に落ちることなど考えられなかった。
自殺についてもプラットの性格や、今回の発見によりプラットも余禄にありつけ金が入ることも明らかで、自殺する理由が考えられなかった。その後、連絡船が出港後に、船員にプラットの在船を確かめに来た男が2人いることがわかり、にわかに殺人説が濃くなった。
フレンチはプラットがガソリン非活性化の秘密を盗んだのではないかと考えたが、調査の過程でそれはほとんど不可能とわかり、更に調べていくとヒルズバラで4人の男女のうち恋人同士の2人、パメラと事務弁護士のジャック・ペンローズがとプラットとトラブルを起こしていることをかぎつけた。
しかもペンローズは、プラットと同じ連絡船に乗船しており、しかもプラットの所在を船内で確かめたひとりと判明した。フレンチの目は俄然ペンローズに引きつけられた。

クロフツ作品のキーワードはいくつか思い浮かぶと思うが、社会的というのもそのうちの一つだろう。企業犯罪、詐欺横領、画期的新発明、計画倒産などが代表的なもので、物語の背景であったり、犯罪そのものであったりとスタイルはさまざまだが、作品の多くに社会的な事柄が扱われている。特に1935年頃からこの傾向が強くなっているようで、「列車の死」のように人間ではなく列車に焦点をあてた作品もある。
本作品も例外ではなく、物語の背景をなすのは、ガソリンを非活性化して引火性をなくし、リスクを極めて低くするという画期的な発見だ。しかも元のガソリンに戻すことも可能で、これが実用化されれば交通機関の安全性は飛躍的に高くなる。しかも安価でそれができるという夢のような新発見であり、そんなことができれば現代でもノーベル賞ものだろう。
その実用化に成功したのは男女の4人組で、さっそく企業に売り込みを図り、企業からは社員が派遣されてくる。その社員が連絡船の上から姿を消し、後日死体となって発見されるというのが大筋である。

物語では、事故、自殺、殺人の各面から捜査されるが、ミステリである以上は殺人であることは自明であり、物語でも事故や自殺は早い段階で否定される。著者はクロフツである、終わってみれば事故であったなどという解決は絶対にない。
殺人となればフレンチ警部、本作品では主席警部になっているが、そのフレンチの捜査物語が続くというのがクロフツ作品であるが、本作品はフレンチはあくまで脇役であり狂言回しである。本作品はフレンチと北アイルランド警察のマクラング刑事(「マギル卿最後の旅」でフレンチと共に活躍した)、それに4人組のひとりであるパミラ・グレイという女性の3人の視点から描かれる。
きっちりした性格のクロフツは各章ごとに視点である人間を設定し、「パミラ・グレイの判断」という章題をつけて物語を進行させる。事件の背景の発明が画期的なものであるだけに、物語は動機の面を中心に語られる。
ホワイダニットの範疇にはいる物語であり、ミステリとしてはくどくなりがちで、地味という印象である。終盤でお約束のドンデン返しのあるが、それまで延々と続いた物語のボリュームとつりあわず、とってつけたように急転直下解決してしまう。早い話が今までの物語は何だったんだろうという展開だ。クロフツ作品では珍しいことではないのだが、やはり読みなれないと違和感があるだろう。

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なぜ被害者は殺されたのかという動機を探るホワイダニット作品で、トリックといえるようなものはないといっていい。被害者ブロットはやくざ者であり、秘密を盗んだのだ。盗まれる方も盗まれる方だが、盗まれた方はブロッドを殺すことで秘密を守ったのだ。
最初に読んだ時には、ガソリンの非活性化自体が詐欺で、なんらかのトリックによって善意の人間から金を巻き上げるのが目的であったというプロットと固く信じて読んだが見事にハズレ。しかしガソリンの非活性化の重要な部分は、犯人の頭の中にしかなく犯人とともにこの世から消えてしまった。

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