サウサンプトンの殺人
Mystery of Southampton Water 1934

「クロイドン発12時30分」に続く倒叙もので、セメントの新製法を巡る殺人を描く。

急速凝固セメントを製造するジョイマウント社の業績は、景気の回復とともに赤字から黒字に転換したのもつかの間、数ヶ月ほど前から再び赤字に転落してしまった。そしてそれから業績は悪化の一途をたどっていた。
専務取締役ジェームズ・タスカーと化学技師フレデリック・キングの調査によると、業績悪化の原因は、近くにある同業のチェイル社が売り上げの割り戻しを行って、販売量を増やしていることにあった。
さらにキングがチェイル社のセメントを分析したところ、チェイル社のセメントは今までとは別の新たな製法で製品化され、その過程でかなりのコストダウンが達成されていることが判明した。
チェイル社では製品の値下げをせず、代わりに売上の割り戻しを行うことで販売を伸ばしたのだが、それを指し引いてもかなりの利益が得られていると考えられた。
このままではチェイル社の製品の売り上げの伸びに反比例してジョイマウント社の製品の売り上げは落ち、ジョイマウント社は倒産する運命にあった。 タスカーとキングはこの事態を取締役会に報告した。
その席でキングは、時間を与えてくれればジョイマウント社でもチェイル社に匹敵する製品を開発できると自信満々で発言した。それを受けて取締役会は、一ヶ月の期間をキングに与え、新製品の開発を行うことを命じた。

キングは2人の技術者を雇い、さらに若い取締役ウォルター・ブラントの協力を得て、全力で新製品の研究開発に取り組んだ。キングとブラントは文字通り寝食を忘れて実験を行い、開発に取り組んだが、結果はなかなか得られず、開発期限が近づくにしたがって焦り始めた。
そんな時に、ついにキングがブラントにある提案をした。チェイル社の工場に忍び込んで、チェイル社のセメントの秘密を盗みだそうとしたのだ。ブラントは最初は反対したが、ついにキングに押し切られ、ある夜、徹夜の実験を行うと見せかけ工場から抜け出してチェイル社の工場に向かった。
ジョイマウント社の工場はサウサンプトンの郊外ハンブル川の河口にあり、チェイル社の工場はそこからボートで9マイルほどソレント海峡を渡ったワイト島にあった。
ワイト島のチェイル社の工場脇にボートで乗りつけたキングとブラントは、塀を乗り越えて工場内の様子を探り、大体の状況を掴むとボートでジョイマウント社の工場に戻った。
その後の数日間をキングは、チェイル社から製法を盗むための準備に使った。主には製法を盗むために工場の建物に侵入する必要があり、その建物の鍵を調達することに費やした。
キングはチェイル社の経営者ハヴィランドが毎週のように乗る汽車に目をつけ、同じ汽車に乗った。食堂車でハヴィランドに睡眠薬を盛り、その間に鍵の型を取り、自分で複製の鍵を作った。

そしてついに霧の深い夜、キングとブラントは再びチェイル社の工場に向かった。塀を越え工場の敷地内に侵入し建物の中を見て周ったが、その外に出たときに、運悪く夜警に見つかってしまった。
夜警は2人を連行しようとしたが、キングが殴りかかリ争いとなった。夜警は倒れ、後頭部を強打してそのまま死んでしまった。突然の出来事にキングとブラントは焦ったが、キングはすぐに冷静になった。キングはこの事実を闇に葬ろうしたのだ。
キングはいやがるブランドを説得して、ひとまず夜警の死体を人目に付かぬようにした。そして製法の秘密を盗み、ついでに夜警に窃盗の罪を着せるために金庫から金も盗んだ。
キングとブラントは夜警の死体をボートに乗せジョイマウント社に戻り、ブラントの自宅の車庫の車の中に死体を隠した。翌日キングは夜警に変装し、チェイル社から盗んだ金で中古車を買った。
そしてその夜キングとブラントは車2台で夜警の死体を運び、山道で中古車に死体を乗せて車ごと谷に転落させ、ガソリンをかけて燃やしてしまった。 夜警が金を盗み、逃走の途中で車の運転を誤り事故を起こし、ガソリンが漏れて発火し、夜警は焼け死んだように見せかける工作をしたのだ。
翌朝、車が発見されて警察が向かい、一方チェイル社では盗難が発覚し、こちらも警察が捜査を始めた。最初はキングたちが望んだようにことが運ぶかと思われたが、不自然なところが多く、スコットランドヤードに連絡が行きフレンチ主席警部の出馬となった。

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フレンチは捜査を始め、ジョイマウント社の人間が事件に関与したのではないかと疑いを持つが、そこで捜査は停滞してしまい、事件は暗礁に乗り上げた。一方、ジョイマウント社ではキングが盗んだチェイル社の製法でセメントの製造を始め利益を上げ始め、経営は上向きだした。
立ち直ったかに見えたジョイマウント社だったが、そこに次の難題が降ってきた。チェイル社のハヴィランドを始めとする幹部が乗り込んできたのだ。
ハヴィランドは言った。ジョイマウントのセメントを分析したところ、チェイルの開発したのとまったく同じ製法が使われていた。ジョイマウントではチェイルから製法を盗み、それを使って利益を上げていると思われる。しかも夜警の死にも責任があると匂わせた。
しかしチェイル社としてはそのことを公表したり通報したりする気はない。その代わりチェイル社とジョイマウント社はある種の協定を結びたい。協定の主要な事項として、ジョイマウント社はチェイル社に利益の75%を払うことを要求してきたのだった。一種の恐喝だった。
ジョイマウント社ではキングとブラント、それに2人から事情を打ち明けられたタスカーが額を寄せて協議をするが、妙案は浮かばなかった。ハヴィランドは強硬であり、チェイルの要求を飲まなければ、警察に告発するというのだ…

前作の「クロイドン発12時30分」に続く倒叙ものの作品だが、少し趣向を変えている。クロフツは全体を大きく四部に分け、第一部では企業の経営危機と、それをきっかけに起こる犯罪が犯人の側から描かれる。ここで注目すべきは企業がらみの事件ということだろう。
クロフツ作品の大きな特徴のひとつとして、企業や新発明など社会性を絡めた作品が多いことがあげられる。本作品も例外ではなく、まさに企業が売上不振から経営危機に直面するところからはじまる。現代の目から見れば、かなり稚拙な面があるのはやむを得ないが、本作品が書かれたのが1934年ということから考えると驚異的といってもいい。
まだまだ旧家の守旧的な犯罪や、閉鎖的な村での犯罪が、迷信や伝説などとともに描かれていた時代である。自転車やレコードがトリックのメインに使われ、はなはだしきは毒ガス発生装置なるものまで堂々とメイントリックに登場したころだ。そういう点からいえば、クロフツの視点というのはかなり高度だったといえる。
ただしその後がよくない。少なくとも会社の経営に責任を負う取締役や幹部社員が、経営危機を救うためとはいえ、ライバル会社に忍び込んで盗みを働くとは、あまりに短絡的だ。もう少し捻れなかったものか…

第一部で起きる犯罪は、守衛の死を事故とすれば過失致死と死体損壊、強盗ということになる。この事件をうけて第二部ではフレンチが登場し、捜査が開始される。本作品ではフレンチは主席警部の昇進している。
フレンチ主席警部自らの捜査の結果、事件は殺人とされ、やがてフレンチの目はチェイルのライバル会社であるジョイマウントに向く。なぜフレンチがジョイマウントに目を向けたかといえば、それは感覚的なものでしかない。論理的な根拠がまったくないのだ。だフレンチの描いた仮定は、ほぼ事件の全容を正確につかんでいた。
いってみれば第二部はフレンチの行動と推測の物語であるが、驚くことに肝心な部分にはロジックはまったくなく、すべてがフレンチの超人的な感で動いているのだ。

ここまで書いてきたように、第一部が起であり、第二部が承となっているから、第三部は当然転ということになる。視点は再び犯罪社側に移る。チェイル側がジョイマウントに乗り込んできて、犯罪事実を元に恐喝してきたのだ。
このあたりの企業論理も凄まじい。夜警の死などチェイルはまったく問題にせず、ひたすら企業利益を念頭にした恐喝なのだ。社会派ミステリといってもいい場面だ。そしてついにジョイマウント側がチェイルに屈して要求を受け入れる。ところがその夜、チェイルの当事者2人が殺されてしまった。ジョイマウントから船で戻る途中で、船が爆発したのだ。
爆発は故意か事故か、故意ならばそれを仕組んだのは誰か、など一切は明かされないまま第三部は終わり、第四部に入るのだが、第四部はフレンチの視点から爆死事件の捜査が描かれる。つまり第二の事件の犯人はわからないまま、第四部でフレンチの捜査により明かされるのだ。前半倒叙、後半は普通のミステリという凝った試みだ。

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とはいえ容疑者は限られているので、第四部の捜査も時間はかからない。フレンチはすぐに容疑者を絞り込んで(もちろんジョイマウントの人間である)、最後には逮捕に至る。その過程でのキーマンに選んだのはブランドであった。フレンチは気の弱いブランドに揺さぶりをかけ、最後には主犯のキングとタスカーを落とす。
キングはチェイル側の船に爆弾を仕掛けたのだが、仕掛ける作業をする間にタイプを打つ音やキングの声を録音したレコードを聞かせ、ブランドやチェイルの人間をごまかしてアリバイとしたのだった。

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