クロイドン発12時30分
The 12:30 from Croydon 1934

アイルズの「殺意」、ハルの「伯母殺人事件」と並ぶ倒叙ものの佳作。

一人娘エルシー・モーリイがパリで交通事故にあったと聞き、父親のアンドリュー・クラウザーは、娘婿ピーター・モーリイと孫娘のローズ、それに執事のジョン・ウェザラップとともにクロイドン飛行場からパリに向けて旅客機ヘンギスト号に乗り込んだ。
ヘンギスト号はパリ周辺が霧のためにボーヴェに代替着陸したが、着陸後にアンドリューが飛行中に死亡しているのが確認された。アンドリューはクラウザー電動機製作所の創設者であったが現在は引退し、全資産を引き上げてヨークシャの田舎で悠々自適の生活をしていた。
クラウザー電動機製作所は、アンドリューが妹婿ヘンリー・スウィンバーンと共に小さな町工場から身を起こし、戦争景気を経て会社の業績を伸ばしてきた。戦後アンドリューは仕事をやりつくしたとしてヘンリーとその息子チャールズに会社を譲り引退し、ヘンリーはその後死亡して、クラウザー電送機製作所はアンドリューには甥にあたるチャールズが経営していた。
アンドリューは慢性的な消化不良に悩まされており、高齢の故もあって体も弱っていたが、愛娘の事故と聞いて周囲の心配をよそにパリに飛ぶことを自ら決めたのだった。
機内では体調はよさそうで、出された機内食も全て平らげた。食後にウトウトとて、そのまま息を引き取ったのだった。ところがフランスの警察が調べたところ、アンドリューの死は自然死ではなく、青酸によるものと判明した。

アンドリューの死から遡ること4週間前、チャールズは苦境にあった。世の中の不景気はクラウザー電動機製作所にも例外なく押し寄せ、会社は資金難にあえぎ、このままではひと月以内に倒産するのは確実だった。
ヨークシャのある町の名士でもあるチャールズは、この事実をひた隠しにに隠してきたが不穏な噂が流れ、融資はどこからも断られ、仕入先や取引先からは支払いを求める請求書が殺到しだした。
八方塞りとなったチャールズは、叔父のアンドリューを訪ね会社の実情を明かし資金援助を求めた。アンドリューはたいへんな資産家でもあり、遺言状ではその大部分の財産はチャールズとエルシーが半分づつ相続することになっていた。チャールズは、遺産の前借を申し出たのだ。ところが昔気質のアンドリューは、経営努力が足りないと一蹴してこれを拒絶した。
あきらめきれないチャールズは、日を改めてアンドリューを訪問した。チャールズの必死の説得で、アンドリューはわずか千ポンドだけ拠出したが、そのほかは一切援助を拒否した。これでは会社の倒産が一週間程度伸びるだけで何もならなかった。
さらにチャールズにはユーナ・メラーという女性と結婚したいとの願望があった。ユーナは典型的なお嬢さんで、資産のない男になど鼻も引っ掛けなかった。そのためにもチャールズには金が必要だった。
ここにいたってチャールズは、叔父アンドリュー殺害の意思を固めた。チャールズが選んだ方法は青酸カリによる毒殺。アンドリューは食後に市販の消化剤を一錠づつ飲む習慣があった。その消化剤の壜の底の方に毒薬が入った錠剤を一錠だけ入れておくことが出来れば、叔父を確実に殺せるのだ。

チャールズは新しい設備の導入を理由にロンドンに向かい、当座の資金として父親が残した絵画を質入れして2千ポンドを手に入れた。そのあと設備導入の打ち合わせをしてアリバイ作りをすると共に毒物に関する書籍やアンドリューが飲んでいる消化剤を購入した。
さらに変装して別人に成りすまし、蜂の巣退治を名目に青酸を購入してヨークシャに戻った。買ってきた消化剤の一錠に青酸を仕込み、それを薬瓶の底の方に入れ、別の日に口実を設けてアンドリューを訪問して消化剤の瓶をすり替えた。
その翌日チャールズは地中海を巡る豪華客船のクルーズを予約し、3日後に英国を旅立った。チャールズの計算では叔父が青酸入りの錠剤を飲むころ、チャールズは遠く地中海を巡る船旅の最中で、完璧なアリバイに守られるはずであった。
事実フランスでアンドリューが死を迎えたときに、チャールズはナポリに停泊していた。電報でアンドリューの死を知らされたチャールズは英国にとって返し、検死審問に出席した。検死審問での評決は自殺であった。
チャールズは6万ポンド以上の遺産を相続することになり、会社の苦境は救われ、ユーナの見る目も変わってきた。まさに天にも昇る気持ちで日々の生活を送るチャールズだったが、暫くして2つの暗い影がさした。
一つは自殺の評決に警察が納得せず、スコットランドヤードが再捜査を始めたらしくフレンチと名乗る警部が関係者の聞き込みに歩きチャールズのところにもやって来たこと。
もう1つはアンドリューの執事ウェザラップが消化剤の瓶をすり替える場面を目撃しており、チャールズを恐喝してきたことだった。警察の捜査はともかく、ウェザラップの恐喝は直接の脅威だった。
チャールズはウェザラップとの取引に応じざるを得なかったが、すぐに方針を切り替えウェザラップ殺害の計画を練り始めた。
F・アイルズの「殺意」、ハルの「伯母殺人事件」と並ぶ倒叙ものの佳作として有名な本作品はクロフツの第15作目の長編にあたる。倒叙ものとは言うまでもなく犯人の側から描いた物語のジャンルで、テレビドラマの刑事コロンボや古畑任三郎もこれにあたる。その初めは1912年にオースチン・フリーマンが「歌う白骨」で編み出したといわれたが、その後20年間はめぼしい作品は世に出なかった。
それが1931年に「殺意」、34年に本作品、翌35年に「伯母殺人事件」と一挙に花開いた感がある。クロフツがなぜ本作品を上梓したかは知る由もないが、クロフツの作風、なかでもアリバイを軸に丹念に捜査過程を描いてゆくという創作手法は、倒叙ものに向いている。それが「殺意」の刊行が契機となって、クロフツ本人の気づくところとなったのではないだろうか。

さて本作品では第一章で引退した実業家の死を描き、第二章からはその犯人の側から実業家を殺すに至った経緯や方法を描く。いわば第一章がプロローグ的な位置づけで三人称で描かれたあと、第二章からは視点が犯人に移り、カットバックして動機から犯行決意、犯行準備の過程が克明に描かれる。
この犯行過程はいかにもクロフツらしいん丹念さで描かれるが、クロフツ得意の凝ったアリバイは一切用いられていない。つまり事件自体は複雑なものではなく、警察の捜査もアリバイや犯人ではなく犯行過程を暴くことになり、それがわかれば自動的に犯人に行き当たる事件である。
その故もあってか捜査過程は明かされず、お馴染みのフレンチ警部が犯人に接触することもわずかだ。そして唐突に犯人は逮捕され、公判場面になって有罪が宣告される。その後に再びフレンチが登場し、司法関係者にフレンチの捜査過程が説明される。その過程も地味であり順当で、驚くような要素も複雑さもまったくなく、至極まっとうなものである。このあたりが大いに物足りない作品で、もし倒叙ものでなければ凡作としかいえない作品になったろう。

Freeman Wills Croftsのメインページにもどる
Mystery Collection Mainへもどる


Last modified -