マギル卿最後の旅
Sir John Magill's Last Journey 1930

失踪し死体で発見された富豪の足取りを追うフレンチ、クロフツ流アリバイ破りの極致。

北アイルランドに生まれ、紡績業で財を成した富豪ジョン・マギル卿は、70歳を越えると事業は長男のマルカム・マギル少佐に任せ、自分は引退してロンドンで暮らしていた。
発明好きな卿は、人絹とリンネルの混紡の研究を続け、新製品を作ろうとしていたが、なんとか研究がものになりそうになったので、事業から引退後初めて、工場のある北アイルランドのベルファストに向かうことにした。
卿は北アイルランドに向う前にマルカムに手紙を出し、マルカムは卿の到着を待っていたが、一行に卿からの連絡はなかった。そこで手紙に書かれていたホテルに連絡したり、訪ねたりしたが、卿がホテルに現れた形勢はなかった。
仕方なくマルカムは、ベルファストから30マイルほど離れた自宅で待っていると、卿から電話があり途中の駅まで車で迎えに来てくれるように言ってきた。不思議に思いながらもマルカムは車を出したが、結局卿には会えず、卿はそのまま行方不明になってしまった。

地元の有力者であるマルカムの訴えで警察が動き始め、卿の足取りを追ったが、卿の行方はつかめなかった。そこで北アイルランドの警察ではスコットランドヤードに助力を要請し、フレンチ警部の出馬となった。
フレンチ警部が卿のロンドンの自宅を訪ねて話を聞いたところ、卿は自宅に訪ねて来たコーツなる男とともに寝台列車に乗ったことがわかった。その後ストランラーという港町で降り、そこから連絡船でアイルランドに渡った。ここまでは列車の車掌や駅員、船員など複数の目撃者がいた。
ところがアイルランドに渡ってから卿の足取りは判然とせず、ホテルではマルカムも秘書のブリーンも卿を待っていたが、ホテルには現われなかった。つぎに目撃者が現われるのはマルカムのところに電話をかけた駅で、そこでは駅長に電話の場所を尋ねていた。

そんな時X・Y・Zと署名のある匿名の手紙が警察に届けられた。手紙にはマルカム少佐邸の敷地内で、深夜怪しい動きを見たと書かれてあった。フレンチ警部を始めとする捜査陣は、さっそく手紙に書かれた少佐邸を調べると、そこからマギル卿の死骸が掘り出された。事件は失踪事件から殺人事件に変わった。
フレンチは動機の面から事件を洗った。動機の面から見た容疑者は2人。ひとりはマルカム少佐であった。マルカムは卿から事業を引き継いだものの、不況に襲われて事業が上手く行っておらず、資金繰りに困っていたのだ。
もう一人は卿の甥のヴィクター・マギルだった。ヴィクターは博打好きで、過去にもその後始末で卿の世話になっていた。少し前まで借金にまみれていたが、また卿に尻拭いしてもらっていた。したがって今は金には困っていなかったが、その性格や行動からいって卿の死入る莫大な遺産は魅力であるはずだった。
マルカムにはアリバイがなく、しかも敷地内から卿の死体が発見されていて、圧倒的に容疑が濃かった。一方のヴィクターには卿が行方不明になった当時に休暇を取ってアイリッシュ海をクルーズしていたというアリバイがあった。
ヴィクターは友人4人とヨットを借り、途中で足を挫いてヨット内で動けなくなっていたのだ。これには友人の証言のほかにも、ヴィクターを診察した医師の証言もあった。
だが検死の結果、死亡推定時刻が判明するとマルカムにも卿を殺して埋める時間がないことがわかった。つまり卿の姿が最後に目撃された以降、マルカムの時間をどう使っても、卿を殺害し埋める時間を捻出できないのだ。


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フレンチの捜査は暗礁に乗り上げた形になったが、マギル卿の辿った足取りをしつこく追ううちに、マギル卿の軌跡とヴィクターのクルーズの寄航地点とが意外に近いことを知った。
そこでヴィクターの行動を綿密に追った。ヴィクターはマレスという友人とバロウという港からヨットにのり、スコットランドのポートパトリックに向った。翌日そこで車でやって来た残りの2人の友人と合流した。ポートパトリックので合流は、友人2人が仕事や旅行でバロウ出港に間に合わないための策であった。
ヴィクターが足を挫いたのはバロウ出港後で、ポートパトリックではすでに船室で寝込んでいた。さらにその次の寄港地ではますます悪化して、ついに医者に往診を頼んだのだった。その医者の証言によればヴィクターが足を怪我したのは、時間的にポートパトリック寄港前だということだった。
だがフレンチは、ポートパトリックで合流したヴィクターの友人ジョスが、ロンドンからストランラーまでマギル卿と同じ列車で来たことに注目した。そしてジョスを問い詰めると、ジョスは自分がコーツと名乗りマギル卿に接近し、一緒に列車に乗ったことを認めた。
ジョスがそんなことをしたのは卿の研究の成果、具体的には人絹とリンネルの混紡の設計図を奪う目的だった。だが、列車内で睡眠薬で卿を眠らせて設計図を捜したものの発見できず、計画は失敗に終わった。卿は翌朝ストランラーで降り、汽船でアイルランドへ渡ったのだった。だがフレンチは簡単にはあきらめなかった…

よく知られているように作者クロフツは、アイルランドのダブリンに生まれ、北アイルランドのベルファストで育ち、1897年に北アイルランドの鉄道会社に入社して技師として長年勤めた。病魔に侵されて長期療養した際に、退屈を紛らわすために書いたミステリが、のちに「樽」として世に出る。
回復後、技師の仕事に復帰するかたわら、好評だった「樽」に続き第2作「ポンスン事件」を出版し、暫くは鉄道技師兼ミステリ作家の道を歩む。そのクロフツが鉄道会社を退職し、作家専業になったのは1929年、50歳のときであった。
その翌年に上梓されたのが「マギル卿最後の旅」である。作中ではクロフツの長年住み慣れたベルファストとその周辺が主要な舞台として扱われるほか、鉄道もまた作品の重要な要素になっていて、転機にふさわしい作品であり、またクロフツの全作品中でもかなりレベルの高い作品でもある。

富豪のマギル卿の失踪が事件の幕あきで、フレンチ警部をはじめとする捜査陣は、マギル卿の秘密めいた跡を追うが卿の行方はつかめない。やがて一通の手紙によって卿の死体が見つかり、ここからは被害者の足取り調査に容疑者特定の謎が加わり、ミステリ的には複雑さを増す。
だが容疑者の数は多くない。動機の面やアリバイから実質的には2人に絞られているといっていい。そして後半、作者クロフツの本領発揮ともいえるアリバイ崩しの場面となる。それも意外と巧妙なもので、しかもなじみのない地名が連続していたさらに分かりにくくなっているのが難点だが、それを差し引いても実によくできたアリバイだ。
寝台車の通路が右側か左側かなど細部に拘るのもクロフツらしく、また物語に大きな無理もない本作品は間違いなくクロフツの代表作のひとつである。


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粗筋でも書いたように事件はヴィクターをはじめとする4人組によるものであった。
ヴィクターとマレスがヨットでバロウから出港し航海をしている間、ジョス(コースと称している)は列車内でマギル卿を殺害する。カースル・ダグラスという途中駅で、ジョスは死体を寝台車の窓から降ろす。
一方、ヴィクターは途中で秘密裏に上陸し、もうひとりの仲間ティーアの車でカースル・ダグラスに向い、そこで卿の死体を待ち構えている。卿の死体を降ろした後、今度は卿に変装したヴィクターが列車に乗り込み、以後卿として行動する。
ティーアの方は死体を受け取り、車に積んでヨットに戻り、卿の死体をヨットに積み込む。ここからマレスひとりがヨットを操りポートパトリックに向い、ティーアは車でストランラーへ向う。
ストランラーで卿に化けたヴィクターは船でアイルランドへ、他方ジョスは迎えに来たティーアの車でポートパトリックへ行きマレスと合流する。3人になったヨットはアイルランドに向かう。アイルランドに渡ったヴィクターはなるべく姿を見られないように用心し、夜になってヨットとの待ち合わせ場所へ。
そこでヨットと合流し、ヨットから卿の死体を降ろし、マルカムの敷地に埋める。ヴィクターは卿に化けている間は不在となるために足を挫いたことにしてアリバイを作る。もちろん卿の死体を埋めて犯行を終えたあとで挫いたもので、医者を騙すために絵の具を使って時間経過をごまかす。
以上、巧妙複雑なアリバイ完成。

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