スターヴェルの悲劇
Inspector French and The Starvel Tragedy 1927

荒野で起きた火災が放火強盗殺人事件に発展。

英国ヨークシャーの荒野にポツンと立つスターヴェル屋敷は、古くて陰気くさく、屋敷の周囲に人家はなく荒涼とした景色が広がるのみであった。そこの住人はサイモン・エイヴァリルという、吝嗇な病気の老人とその姪のルース、それに使用人のジョンとフローラのローパー夫妻の4人だった。
ルースは幼い頃に両親を亡くして以来、唯一の身寄りであるサイモンに養われていたが、吝嗇な伯父は必要最低限の面倒しか見てくれず、スターベルでの日々は楽しいものではなかった。
そんなある日、ルースのところにローパーを通じてサイモン伯父から旅行の話がきた。ヨークに住むルースの父親の古い友人パーマー・ゴアからルースを招待する手紙がサイモン伯父宛てに来て、サイモンが珍しくルースにヨークへ行くことを許したのだ。
しかも日頃の吝嗇はどこへやらで、10ポンドもの小遣いまでくれた。礼を言いにサイモン伯父の部屋に行ったルースだが、体調の悪い伯父は眠っていて話し掛けられなかった。
ルースが見るところサイモン伯父はかなり体調が悪いらしく、吝嗇な伯父が慈父心を発揮したのも病気のせいかもしれなかった。とはいえ、めったに旅などできないルースのとっては望外のことで、伯父の勧めに従ってパーマー・ゴア夫人のもとに向かった。

ヨークに着いた翌日、スターヴェルから不幸な知らせが届いた。深夜にスターヴェル屋敷から出火し、古い家は瞬く間に猛火に包まれ、ほとんど跡形も残さずに焼け落ちたと言うのだ。荒野の一軒家のことで発見も遅くなったが、もし早く発見されたとしても、消化設備もない状態では屋敷の全焼は必然だったろう。
慌ててスターヴェルに戻ったルースのもとに、サイモン伯父とローパー夫妻の消息が不明であり、恐らく火事で焼死したと考えられるとの報がもたらされた。
火災の熱も収まり、現場が捜索された結果、焼け跡から三体の黒焦げの遺体が発見された。判別はできなかったが発見された場所からサイモン伯父とローパー夫妻のものと考えられた。
吝嗇なサイモンは現金しか信用せず、溜め込んだその莫大な現金を全て自宅の金庫に置いていた。金庫は発見されたが開けてみると、灰になった大量の紙と金貨が出てきた。
恐らく猛火が金庫を焼き、中の紙幣は全て燃えたが、金貨の方は燃えずに残ったのだろうと考えられた。しかし、サイモンと取引のあった銀行の支店長が警察に重要な情報を提供してきた。サイモンの金庫は耐火金庫であり、絶対に中のものが燃えるはずはないと言ってきたのだ。

警察で調べるとやはり金庫は耐火性で、金庫製造会社もどんな火事でも中のものが燃えることはないと断言した。スターヴェル屋敷の焼失は一気に事件性を帯びてきた。地元の警察では手に余るとスコットランドヤードに応援が求められ、フレンチ警部が出張することになった。
フレンチは地元の警察や関係者から事情を聞いた後、現場で検証した結果、金庫の中の灰になった紙が紙幣ではなく新聞紙であることを突き止めた。
フレンチは何者かが深夜スターヴェル屋敷に入り込み、サイモンとローパー夫妻を殺害、サイモンの金を奪って、金庫の中で新聞紙を燃やして偽装し、さらに屋敷に火をつけた放火強盗殺人事件と考えた。
サイモンが吝嗇で金をたんまりと溜め込んでいたのは、周辺のものは皆知っていた。早速捜査が始まり、教会の建築助手ウインパーやサイモンの主治医フィルポット医師が次々に不審を抱かれるが、フレンチの捜査の結果いずれも容疑は晴れた。
では誰が…。


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最初に容疑者となったのはウインパーであった。サイモンの金庫から盗まれた20ポンド紙幣が見つかったのだ。その出所を追って行った結果、ウィンパーが使ったものとわかったのだ。
フレンチがウィンパーを尋問した結果、その紙幣はローパーを通じてサイモンから渡されたものとわかった。病床のサイモンの代わりに、ある人を捜して欲しいと頼まれ、その費用として金を預かったのだ。
フレンチはウインパーの話を信じた。そこでフレンチの頭にピンときたのはジョン・ローパーだった。捜査の過程でローパー夫妻の評判はあまり芳しくなく、夫婦仲もよくなったようだ。
ウインパーがとった不信な行動もローパーを通じてサイモンがウインパーに頼んだという話がもとになっていた。調べてみるとウインパーは直接サイモンには会っていないことがわかった。
これはルースがヨークに向かった状況と同じであり、調べてみるとパーマー・ゴア夫人はサイモンから頼まれてルースを招いたという。パーマー・ゴア夫人もサイモンがそんなことをする理由がわからなかったと述べた。
これもローパーがサイモンを騙ったとすれば説明がつく。さらにフィルポット医師もしぶしぶながらローパーに恐喝されていた事実を認め、ローパーが実際は悪人であるという、その素性が暴かれた。
フレンチは深夜スターヴェル屋敷で強盗と殺人と放火を働いたのはローパーではないかと考えた。するとスターヴェル屋敷で発見された焼死体のうち一体は、いままで思われていたジョン・ローパーではなくローパーが身代わりを務めさせるべく誰かを殺したものと考えられた。
調べていけばいくほどローパーは根っからの悪人であることが証明されていった。ここに至りフレンチはローパーがどこかで生きていると確信し、警察力を総動員してローパーを捜し求めた。


「スターヴェルの悲劇」は、フレンチ警部ものの3作目の長編にあたるが、良くも悪くもクロフツという作家の特徴がよく現れた作品である。舞台となるのは英国の片田舎に建つスターヴェル屋敷で、そこで起きた火事がふとしたきっかけで放火強盗殺人事件に発展していき、フレンチの執拗な捜査で意外な人物が犯人として浮き上がるというストーリーである。
クロフツの十八番ともいわれるアリバイ崩しの作品ではないが、フレンチ警部は比較的早い段階で容疑者を絞り込み、その容疑者が追跡する。雲隠れした容疑者を地道に追うフレンチの行動は、容疑者の描いた軌跡を辿るという意味ではアリバイものの変形であろう。
さらに本作品では、それだけにとどまらず容疑者を特定していく段階において、犯罪そのものの意味や被害者は誰か的な変化球的な要素も加えられて、謎の追求を一層複雑にしている。フレンチはそれらの要素を検討し、やがて稀代の凶悪犯人に迫るが、最後の最後に読者はフレンチとともに思いもかけぬサプライズを味わうことになる。

容疑者の特定に至るまでのフレンチの捜査や思考も、その後の容疑者を狩り出していく手法も、1920年代の作品であることからくる時代的な古臭さは否めないものの、手堅くかつ綿密であり大きな破綻もない。
犯罪そのもに対するクロフツの拘りが、丹念な捜査をするフレンチを通して読者に伝えられ、まさにクロフツを読んでいるという満足感が横溢する作品でもある。
一方で、事件のきっかけはまったく別の地方にあった。そこでのある小さな事件が数年後にスターヴェル事件を起こすのだ。事件の舞台となる片田舎スターヴェルとともに、まさにクリスティの作品のようである。だが、そこにはクリスティのみられるようなドラマは一切ない。
つまり本作品は、まさにフレンチの捜査記録なのである。これが本作品のすべてであり、それがクロフツという作家の最大の特徴であるのだ。後年のクロフツ作品ではフレンチ警部の登場は遅くなり、物語の終盤にならないと登場しないものもある。だが、まだ本作品の頃はフレンチを主役にし、犯罪そのものを描くというのがクロフツの世界であったのだ。


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本作品の最大のポイントは、実は被害者捜しである。
フレンチは三体の焼死体をサイモンとフローラ・ローパー、それにほぼ同じ時期に病死した近所に住む昆虫学者ジャイルズと考え、犯人はジョン・ローパーと仮定した。ジョンがジャイルズの死体を掘り起こし、自らの身代わりとして、自身は金を持って逃亡するというのが仮説だ。したがってジョンは悪人であり、ジョンの過去を追うと恐喝者としての姿が浮かび、火事は死体のすり替えを隠ぺいするためにトリックということになる。
ミステリの定石であり、この仮説に従ってフレンチはジャイルズの棺を掘り越した。フレンチの思惑通り、棺の中に死体はなくフレンチの仮説が立証されたかのように見えた。だがやがてフレンチ自身の手によって、ジャイルズの死体が別の場所から発掘されてしまう。
ではいったい死体は誰のものだったのか?それはやはりジョン・ローパーのものであった。真犯人はジョンとともにジャイルズを身代わりにする計画を立ててジャイルズを殺し、着々と計画を進めて最後の最後にジョンを殺して、金を独り占めして容疑をジョンひとりに負い被せたのだ。もともとの計画で真犯人は、インフルエンザで寝込んでいるという偽アリバイを作っていて、フレンチもそれにまんまと騙されたのだった。

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