フレンチ警部最大の事件
Inspector French's Greatest Case 1925

著者の第5作にして、フレンチ警部登場。

ロンドンの旧市内、ハットンガーデンの宝石商デューク・アンド・ピーボディ商会の老支配人ゲシングが、店の中で殺害されているのみつかった。発見者は商会の事務員オーチャードで、忘れ物を取りに戻ったところ、現場を見て驚いて外に飛び出し、ちょうど付近を巡回中の巡査に事件を知らせたのだった。
スコットランドヤードからフレンチ警部が呼ばれ、さっそく捜査が開始された。死因は火かき棒による撲殺で、指紋など犯人の直接の手がかりは皆無だった。さらに現場の金庫が開かれ、中にあった3万3千ポンド相当のダイヤモンドと現金千ポンドがなくなっていた。
金庫はこじ開けられたわけではなく、きちんと鍵で開かれていた。社長のデューク氏のよると金庫の鍵は2つしかなく、ひとつはデューク氏が常に持っており、もう1つは銀行に預けられていた。
調査の結果、銀行の鍵は持ち出された様子がなかった。一方で金庫の開け閉めはデューク氏か、ゲジングによって行われた。ゲジングが金庫を開くときはデューク氏が鍵を渡すのだ。したがってデューク氏の鍵がデューク氏の手元を離れたときに、誰かが隙を見て型をとったものと考えられた。

調査がさらに進められたが、その途中でファンデルケンプという商会の外交員が行方不明になっていた。ファンデルケンプは非常に有能な外交員で、ダイヤの買い付けも主としてこの外交員が担当していた。当然、金庫の中にダイヤが入っていたのも知っていた。
ファンデルケンプは当初はアムステルダムの商会の支店にいると思われたが、アムステルダムの方ではロンドンに出張しているはずだと言ってきた。釈然としないフレンチはアムステルダムに渡ったが、ファンデルケンプの行方はまったくわからなかった。
そのうちに盗まれた紙幣の一部が発見され俄然、事件は急展開を見せ始めた。フレンチが紙幣の出所を追跡すると、スイスのシャモニーにあるホテルに行きついた。フレンチはさっそくスイスに向かったが、そこのホテルにファンデルケンプが滞在していたことが判明した。ファンデルケンプはすでにホテルを発ち、スペインのバルセロナに向かったという。
ゲジング殺害事件及び宝石盗難事件にファンデルケンプが関わっているに違いないと確信したフレンチは、すぐにバルセロナに向かった。そしてバルセロナのホテルでついにファンデルケンプを発見したが、そこからは意外な事実がわかった。


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ファンデルケンプは犯人ではなかったのだ。ファンデルケンプはアムステルダムからロンドンに来て、商会の事務所でゲジングに会った。ゲジングから手紙と紙幣を渡された。その手紙には、ロシアから亡命した貴族が宝石を売りたがっているとの情報があり、その貴族と接触をするためにスイスに向えと書かれていた。
手紙の差出人はデューク氏になっていた。手紙は貴族との接触の秘密を守るために、ファンデルケンプに隠密行動を指示し、ファンデルケンプからの一切の連絡を禁じていた。ファンデルケンプは社長であるデュークの手紙を信じて、秘密裏に行動していたというわけだった。
スイスのホテルで待っていると再びデュークから手紙が来て、今度はバルセロナに向えといってきたのだった。ファンデルケンプがスイスのホテルで紙幣を使ったのは事実だが、その紙幣の出所は商会の金庫であり、ゲジングから渡されたものだったのだ。
フレンチはファンデルケンプが事実を語っていると判断した。もちろん手紙はデュークの名を騙った偽もので、サインも巧妙に偽装されてものだった。事件は振り出しに戻ったが、今度は別な面から事件が展開し始めた。
盗まれたダイヤの一部が発見されたのだった。そのダイヤはアメリカからオリンピック号で渡ってきたばかりにピッツバーグの鉄鋼王ルート氏の妻が所持していた。
ルート夫人がそのダイヤを担保にロンドン市中の金貸しから借金をし、そのまま行方をくらましたのだ。情報を得たフレンチが捜査にかかると、ルート夫人に巧妙に変装した人物による詐取事件と判明した。すると犯人は女なのか?フレンチはその女性を追うがなかなか正体がつかめず、その鮮やかかつ巧妙な手口にさすがのフレンチも舌を巻いた。

クロフツの大半の作品で活躍するフレンチ警部だが、その登場は処女作「樽」から暫く待たなければならない。フレンチ初登場の作品がクロフツの第5長篇にあたる本作品であるが、それまでのクロフツ作品で活躍した探偵たちと同様に、コツコツと足で歩き、犯人に迫って行くタイプだ。
フレンチは決して天才型ではなく、いくつかの手がかりを入念に調べ、あらゆる可能性を調査して一歩一歩事件の真相に近づいて行く。その姿は、どうかするともどかしいが、読みすすむにつれて次はどうなるのかという興味がわいてくるのもまた事実である。
しかも人間臭く描かれており、作中でも事件を解決すれば誰それのあとがまになどと考えるなど出世欲もあり、奥方に事件の話をしてヒントを得るところなどまさに俗っぽさの極みだろう。出張先で一人で酒を飲みながら明日の計画を立ててニヤリとする描写など、クリスティやカーやクイーンには決してない場面だ。

フレンチはよく凡人型探偵と称されるが、現在ではそういうタイプの探偵など珍しくもなんともない。我が国でも鮎川哲也の鬼貫警部を始めとして、多くの凡人型探偵が活躍している。鮎川氏はクロフツに傾倒してミステリを書き始めたといわれているから、鬼貫はフレンチの弟子的な存在といえるのかもしれない。さらにそれは新書系トラベルミステリに受けつがれ、努力型が好きな日本で花開いている。
その凡人型探偵だが、それを産み出したのがクロフツであるという。第2作の「ポンスン事件」の担当タナー警部あたりが嚆矢であろう。したがってそれまでの探偵役は、靴の泥を見ただけで依頼人の全てがわかってしまうような天才型、超人型であったのだ。それがクロフツによってなんでもない普通人の探偵が世に出された。クロフツの功績はここにあるし、ここにしかない。
クロフツ以外によって凡人型探偵が産み出されていたら、今以上にクロフツの名は忘れられていたはずだ。凡人型探偵というのは、非個性的にならざるを得ず、魅力的でないために一時的には話題になっても、読み捨てられるような運命なのだ。事実クロフツの名を知り、作品名までは挙げられても、作品の内容まで記憶されることは少ない。ましてそれがシリーズ化されない場合、例えば「ポンスン事件」の探偵役の名はと問われて、何人が答えられるであろうか。それが現実であろうし、それは現代日本の同趣旨のミステリにも当て嵌まる。

さてフレンチ警部のデビュー作である本作品は、ミステリとしてはオーソドックスなプロットのフーダニット作品である。クロフツの十八番であるアリバイ崩しではないのが、フレンチのデビュー作としては意外の感があるが、フレンチは定石どおりの捜査をし、その性格である粘り強さによって宝石商殺しの犯人に肉薄する。しかし、その裏には夫人の示唆や巡査が何気なく友人の女友達に事件の内容を話したことがきっかけで光明がさすなど、警察官にあるまじき守秘義務違反行為があった。
さらにフレンチは何度も犯人の仕掛けた巧妙なわなにかかり、空振りの連続である。小説だから目くじらを立てることもないが、このあたり凡人探偵とはいえ情けないといえばいえないこともない。もう少しシッカリしてほしいものである。だが驚異的な粘りを持つフレンチは、そんなことには一切めげずに、最後には意外な犯人に迫る。


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だが2人組の犯人の逮捕には失敗し、ひとりには自殺されてしまう。個人的は、こういう結末は承服しがたい。凡人型の努力を無にする作者の暴挙だとも思える。もっとしっかりせいフレンチ警部。
その意外な犯人とは…勘のいい読者であればかなりの確率でわかるだろう。デューク氏とその愛人である元舞台女優であった。愛人のために横領に手を染めたデューク氏の行為にゲジング老人が気づいたのが事件の発端だった。デューク氏は愛人と相談し、ゲジングを殺してダイヤを盗み、そのダイヤをルート夫人に化けた愛人が換金して2人で逃亡しようと計画。換金する間の時間稼ぎに、ファンデルケンプをスケープゴートに仕立てたわけだ。これが事件の骨格であり、この筋書きにしたがって勧められた結果にフレンチが振り回されたというデビュー戦であった。

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