製材所の秘密
The Pit-Prop Syndicate 1922

組織犯罪にアマとプロが挑む。プロの探偵役はウィリス警部。

ロンドンにあるワイン商、エドワーズ・アンド・メリマン商会の社員シーモア・メリマンは、出張でフランスの取引先をオートバイで周っていたが、出張も終わりに近づき、今夜はボルドー泊まりという時にオートバイのガソリン切れに気づいた。
ガソリンタンクと給油パイプのつなぎ目のナットが緩み、ガソリンが少しづつ漏れていたのだった。残量をチェックするとボルドーどころか、ほんの数キロ行けば立往生してしまうほどの量しか残っていなかった。
付近には何もなく、道行く車も人もほとんどないところで途方にくれかけたが、ガソリン切れに気づく直前にすれ違った一台の大型トラックを思い出した。振り返ってみるとトラックはノロノロと進み、今しもわき道に入ったところだった。
メリマンはすぐにそこに行ってみたが、道はトラックのタイヤで太いわだちが出来ていて、徒歩でなければ入れなかった。意を決して小道に踏み込んで、林の中のカーブした歩き難い道をしばらく進むと製材所に行き着き、先ほどのトラックが止まっていた。
出迎えた製材所主任の娘マデリーン・コバーンとその父親フランシス・コバーンは、メリマンから事情を聞くと快くガソリンを分けてくれた。メリマンが礼を述べて、ふとトラックを見るとその横腹につけられたプレートのナンバーが3になっていた。
確か先ほどすれ違ったときに見たプレートはNo.4だったはずで、不思議に思っていると運転手はそのことに気づいたらしく敵意を持った目でメリマンを見すえ、主任も一瞬だが顔を曇らせた。

メリマンは出張を終えてロンドンに帰り、フランスでの出来事をクラブで仲間に話したところ、関税局に勤めるクロード・ヒラードが俄然興味を示してきた。
ヒラードは詳しくメリマンから話を聞くと、その裏には組織的な犯罪、具体的には密輸が行われている可能性を指摘した。恐らく密輸されているのはブランデーであり、ヒラードは休暇を取って2人で真相を突き止めようと提案してきた。
やる気満々のヒラードに対し、メリマンは最初は気乗りがしなかった。だが、マデリーンに一目惚れをしてしまったメリマンは、マデリーンが事件に関わっているはずがないとの一念から、この冒険に加わった。
外洋ボートで製材所の裏手を流れるレク川に入ったメリマンとヒラードは、さっそく製材所の探索を開始するが、何も突き止められなかった。それどころかコバーン親子に歓待され一緒にピクニックに行く始末。
メリマンの方はマデリーンとの恋の深みにますますはまってしまった。一方ヒラードは、ある夜そんなメリマンが寝静まったのを確認すると、一人でボートを抜け出して製材所の探索を行った。

この製材所はランド坑内支柱材組合といい、付近の林から木を切り出して炭坑用の支柱材を作り、それを裏手の川から組合所有の船ジロンド号で英国に輸出していた。
ヒラードはその夜、停泊しているジロンド号に忍び込んだ。船の中で船長と船員の会話を盗み聞いたが、秘密の悪事をおこなっているのは間違いなかった。そして2人ともメリマンとヒラードのことを胡散臭く思っていた。
ここに至ってヒラードは方針を変えた。敵側がメリマンとヒラードを警戒している中では、うっかりした行動を取ると秘密が探れないばかりか身の危険さえ考えられる。敵側も相当用心しており、製材所を調べても何も出てこないだろう。
そこでフランス側で何もつかめないならと、荷受側の英国での調査に切り替えたのだ。メリマンもこれに賛成した。マデリーンのことはともかく製材所には何らかの秘密があるとメリマンも感じていたのだ。
調べて見るとランド支柱材組合の英国側の拠点はハルの近くのフェリビーというところだった。その環境はフランス側とほぼ同じであった。2人は休暇を延長してフェリビーへ向かった。

フェリビーの組合敷地に何日間か忍び込んだり、敷地内の樽に潜んだりして調べた結果、やはり何か怪しいところはあるものの証拠はつかめなかった。仕方なくヒラードは事件を警察に任せることにした。
しかしメリマンが反対した。理由はマデリーンだった。マデリーンが犯罪組織に加担しているとは思えなかったのだ。犯罪は暴かれるべきだが、その余波が潔白であるはずのマデリーンに及ぶことは避けるべきだと考えたのだ。
メリマンはヒラードに一ヶ月の猶予を願い、単身フランスに渡った。フランスで直接マデリーンの父親フランシス・コバーンに会ってメリマンは今までのことを全て打ち明けた。
コバーンは苦悩に顔をゆがめて、自分も娘マデリーンにためにこの組織からは足を洗いたいといい、それには暫く時間をくれと懇願して来た。
この言葉を信じたメリマンはロンドンに戻り、コバーンからの連絡を待つが、ある日の新聞を見て愕然とした。フランシス・コバーンがロンドンのタクシーの中で殺されたのだ。
コバーン殺人事件はスコットランドヤードの切れ者ジョージ・ウィリス警部が担当した。ウィリス警部は、新聞片手に警察に駆け込んできたメリマンの話を聞き目を輝かせた。
デビュー作「樽」で緻密に構成された謎と非超人型探偵という、それまでになかったタイプのミステリで成功をおさめ、第2作の「ポンスン事件」では限られた容疑者のアリバイ破りに徹したクロフツは、第3長編となる本作品では企業の犯罪・組織の犯罪にスポットをあてた。
題名のとおりに製材所に隠された秘密、もちろんそれは組織的な犯罪の秘密なのだが、それにアマチュアとプロフェッショナルが挑む。後年のクロフツ作品、とくに中期の作品では企業がらみの事件が多く描かれるのだが、それら作品群の元祖的な作品といえる。
前半はアマチュアの戦いで、ささいなことから製材組合に密輸の匂いをかいだ2人の青年が個人的にその悪事の証拠を挙げるために活動する。活動はあくまで個人的、限定的であるのだが、組合の敷地に深夜忍び込んだりする大胆かつ違法なものだ。
かなり危険ともいえる行動だが、そこは小説で相手方はぜんぜん気づかない。この組織は物語全体からみるとかなりチグハグな組織で、非常に用心深くて緻密な面と、かなりいい加減な面が共存している。
一方で捜査をする側の青年たちも、証拠はなに一つつかめない。組合に対して疑惑を抱くのもフィクションとはいえ強引といえば強引だ。青年たち対疑惑の組織と書けばそのとおりなのだが、スリルやサスペンスがあるわけではなく、したがって活気に乏しい。しかもその間、読者の心をひきつけるような事件は何も起きず、はっきりって冗長だ。

やがて物語は不思議な展開を見せる。青年の一人が組織側の一人に接触するのだ。その背景にあるのは愛、青年は組織側の一人の娘に恋心を抱いたのだ。青年は娘を組織から引き離そうとして、その父親に接触する。愛は勝と思い込んだのだろう。
これだけでも(発刊当時としてはともかく)ミステリとしては鼻白んでしまうのに、この相手(組織側の人間)が改心してしまうのだ。ところが組織は甘くない。この人物が殺されてしまう。当たり前といえば当たり前だが、その殺しに面白みは何にもない。タクシーの中で撃たれるというヤクザの犯罪だ。ここまでが前半である。
後半は殺人を受けてプロフェッショナル、つまり警察の登場となる。クロフツの初期作品は一作ごとに探偵は違うが、その捜査方法や思考、行動はほとんど同じで、コツコツと地道に足で稼ぐタイプである。

本作品の探偵役ウィリス警部も同じタイプで、後半はウィリスを中心として警察が組織犯罪に挑んでいく。とはいえ活動しているのが見えるのはウィリスだけで、事実上はウィリス警部の犯罪捜査物語だ。
ウィリス警部が捜査する事件の犯人は、はっきりしている。製材所を隠れ蓑にする組織であり、実行犯自体はあまり重要ではない。ウィリスが暴かなければならないのは組織の秘密なのだ。その秘密も読者には明らかだ。いわば組織犯罪型の倒叙ミステリといえる。
後年のクロフツの原型と書いたが、冒険、スリル、サスペンス、企業犯罪、アリバイいずれのキーワードから見ても物足りない出来で、実験的な作品と位置付ければいいのかもしれない。
ただし密輸の方法は陳腐ではあるが、その隠ぺい工作はいかにもクロフツらしく、一例を挙げれば証明書工作などはかなり緻密な工作となっている。

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