ポンスン事件
The Ponson Case 1921

容疑者は3人、事件を追うタナー警部が逮捕したのは…

鉄工所の工員から身を起こし、努力を積み重ね、やがて鉄工所の社長となり、さらにその鉄工所を大会社に仕立て上げて一代で財をなし、市長を務めたうえ爵位まで得たサー・ウィリアム・ポンスンは、現役から引退して悠悠自適の毎日を送っていた。
そんなある夜のこと、ポンスン卿の住んでいるルース荘から、卿の姿が消えてしまった。執事を始め使用人達が探し回り、ルース荘の裏手を流れる川の下流で、ポンスン卿の死体が発見された。
付近にはポンスン卿の所有していたボートがこなごなになっていて、その状況から卿は何らかの理由でボートを漕ぎ出したが、これまた何らかの理由でボートを操れなくなり、そのまま水難にあったと考えられた。
当初、警察もそのように考えていたが、死体を調べた医師は後頭部の鈍器による打撲が致命傷であり、水も飲んでいないことから、水難事故ではなくどこかで殺されて川に投げ込まれた可能性が高いと報告した。

事件は一転して他殺の線で捜査されることになり、スコットランドヤードのタナー警部が捜査主任となった。どんな小さなことでも疎かにしないタナーは、事件を再構築し関係者と会って話を聞いた。
その結果、動機の面から事件の容疑者は2人に絞られた。一人はポンスン卿の息子のオースチン。親子は考え方が違い、日頃からあまり仲がよくなかったが、オースチンが結婚の相手に決めた女性ロイス・ドリウのことで、親子仲の険悪化は一層進んでいた。
オースチンは何が何でも結婚すると言い張り、ポンスン卿はそれに対して、もし反対を押し切って2人が結婚すれば、莫大な遺産相続からオースチンを除外すると言った。
もう一人の容疑者はポンスン卿の甥のコスグローブで、この甥も卿との仲はよくない上に、金銭的にも困っていた。タナーは2人のアリバイを調べ始めた。
ルース荘の近くに住んでいたオースチンは、婚約者ロイスからの偽手紙に呼び出されて近くの僧院に行き、待ちぼうけをくわされていた。タナーが裏付けをとると、僧院にはオースチンの靴の跡が残っていて、その靴が買われたばかりの新品であり、その夜に泥に汚れたのは事実であったことからアリバイが成立した。
コスグローブの方は競走馬を見に寝台列車に乗る予定が乗り遅れ、次の列車で目的地に向かっていた。駅員やタクシーの運転手などの証言でコスグローブのアリバイも成立した。しかし、ほかに容疑者のあてもないタナーは、2人のアリバイを徹底的に洗いなおすことにした。

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するとオースチンのアリバイが崩れた。オースチンは同じ靴を2足買って、その靴を巧妙に履き替えることでアリバイを作り上げたのだ。タナーはオースチンを逮捕した。しかしオースチンは、靴を2足買ったことは認めたが、それは一足を買ってからすぐ失ったからであるとして犯行を否認した。
オースチンの婚約者ロイスは、いとこの弁護士ジェームズ・ダウントを訪ねオースチンの無実を証明するように頼んだ。ダウントはロイスの示唆でコスグローブが犯人と仮定して、コスグローブのアリバイを崩すことに専念した。その結果、コスグローブのアリバイも崩れてしまった。
列車に乗り遅れたのは故意であり、後の列車で追いかける間隙をついてタクシーを利用してルース荘に行っていたのだ。ダウントはこの事実をタナーに知らせたが、タナーの方ではその間に第3の容疑者を拘留していた。
第3の容疑者はポンスン卿が殺される直前にロンドンで人目を忍んで会っていた人物、ウィリアム・ダグラスという男だった。ダグラスの正体はなかなかわからなかったが、タナーの執拗な調査でデボンシャーに住んでいることが判明した。さっそくデボンシャーに飛んだタナーの目の前で、ダグラスは逃げ出してしまった。
タナーはすぐに行動を起こしたが、非常線や駅での警戒網を巧妙に突破され、外国航路の客船に乗り込まれてしまった。タナーは遠くリスボンまで飛んでダグラスを逮捕したが、ダグラスもまた犯行を否認した。
ダグラスにはアリバイがなかったが、その動機が不明だった。オースチン、コスグローブ、ダグラスと容疑者は揃ったものの、いずれも犯行を否認しており、決め手もなかった。しかしタナーは、この3人の中に犯人はいると確信していた。

デビュー作の「樽」に続くクロフツの第2作である本作品は、クロフツの作風を決定づけた作品といえる。探偵役は「樽」のプロの探偵ラ・トゥーシュからスコットランドヤードのタナー警部に変わっているが、タナー警部は第5作以降のフレンチ警部同様、どんな小さなことでも疎かにせず、コツコツと歩いて調査をしていくタイプである。
「樽」では警察の捜査がありいったん警察は事件を終息させるが、ラ・トゥーシュによって真犯人の追求が行われ、結果的に警察はピエロ役に回っていた。しかし本作品以降は主役は警察官であり、警察官による地道な、それこそ細かいことを積み重ね、些細な疑問もおろそかにしない捜査の過程描写がクロフツの作品の主流となる。
まず事件が起き、主役の警察官が登場し、その捜査によって容疑者が現れ、容疑者のアリバイが提示され、アリバイが検証されるというクロフツの典型的なタイプの作品である。

その警察官タナー警部は人間くさく、フレンチ警部と名を置き換えても何ら問題なく通用するように描かれている。つまりクロフツの描く主役警察官には基本的に差がほとんどないのである。
タナー警部が主役となるのは本作品だけだが、のちのいくつかの作品でも脇役として登場している。もっともこれは作中での言及がないので、同一人かどうかはわからないが、おそらく同じ人物だろう。
唯一の主役であるにも関わらず、タナーはヒーローとはなっていない。主が不在なのを承知でコスグローブ宅に名と職業を偽って訪ね、待たされている間に令状なしで部屋の中を調べまわるのはあきらかに行きすぎで違法であるし、アリバイが崩れただけでオースチンを逮捕するのも勇み足の感は免れない。
おまけに素人にコスグローブのアリバイを崩されたり、事情聴取に行った先で容疑者に逃げられたりと散々だ。しかも最終的に勝利を得るのはタナーではない。クロフツ作品の大きな流れは、本作品で決定ずけられたが、探偵役の警官のヒーロー化はまだなされていないのだ。

作品の流れと言えば、本作品では容疑者は3人、その容疑者の提示するアリバイが二つ。いづれもアリバイとしては小粒の方であり、個々のアリバイだけでは長篇を支えるのは無理だろう。だが、小粒を2つ集めることで厚みを出し、さらに第三の人物を登場させることで複雑さを加えている。
この第三の人物は、事件との関わりが不明で、その謎を追われる役割を担う。つまりハウダニット×2+ホワイダニットの作品にしているのだ。まさにこれは我が国の新書版トラベルミステリ系に見られるような作りで、忘れられた作家ののイメージのクロフツだが、その脈流は東洋の島国で受けつがれて花開いているような感がないでもない。

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さて真相であるが、クロフツの作品に多い意外性も用意されているというと聞こえはいいが、やや拍子抜けのもの。ポンスン卿の結婚にはスキャンダルがあったのだ。卿が妻とした女性には、トム・デールという前夫がいた。デールは卿の下積み時代の同僚であったが、海難事故で行方不明となり、その後卿の求婚で結婚した。
ところがデールは生き残ってアメリカで生活していたのだ。そのデールが舞い戻って、ポンスン卿を結婚のことで恐喝したのが全ての発端だった。卿はオースチンとコスグローブに真相を打ち明けたうえ、デールの恐喝を最後にさせる目的で4人で密かに会った。その場所がボート小屋だったのだ。
卿たちはデールに恐喝していたという告白状を書かせて恐喝を最後にさせようと図り、それをデールが拒めば殺すつもりでいた。だから卿の行動は隠密に行われたし、オースチンもコスグローブも偽のアリバイを用意した。
3人はデールに迫りいったんは納得させて告白状を書かせたが、隙を見てデールは卿に飛びかかり、そのはずみで卿はロープに足を取られて昏倒し死んでしまったのだ。スキャンダルが表に出ることを恐れたオースチンとコスグローブは、卿の死体を川に流して事故を装い、自らは偽アリバイがあることを利用したというわけだ。
つまり卿の死は事件ではなく事故だったというのが真相だ。このトム・デールがウィリアム・ダグラスであることは、ご想像のとおり。

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