靴に棲む老婆
The Quick and the Dead 1943

ニューヨークの靴の屋敷に住む老婆と6人の子供達の物語。

「ポッツの靴はアメリカの靴、どこでも3ドル99セント」の宣伝でお馴染みのポッツの靴で、いまや億万長者となったコーネリア・ポッツは鬼婆という表現がぴったりの老女だった。
コーネリアはバッカス・ポッツという男と結婚し、バッカスが逃げ出すまでに3人の子供をもうけた。その後スティーブン・ブレンドと再婚するが、ブレンド姓になるのを拒み、ポッツ姓のままさらに3人の子供を産んだ。
バッカスとの間にできた3人の子供は、いずれも精神に障害があり、いってみれば変わり者だった。長男サーロウは、小男で自尊心が異常に強く、屈辱を絶対に許せない男で、何かというと名誉毀損の訴えを起こしては、裁判所に棄却されていた。
長女ルーエラは偉大な発明家であると自分のことを思い込み、邸内に実験室を持ち、靴に使うプラスチックの発明に余念がなかった。
次男ホレーショは、邸内の中庭におとぎの家のような建物を建てて、その中を玩具や童話本などで満たし、自分でもわけのわからない童話を作ったり、凧を揚げて暮らしていた。
スティーブンとの間にできた3人の子供は、ごくまともで有能だった。ロバートとマクリンは双子で、2人ともポッツ製靴の副社長で、ロバートは販売面をマクリンは宣伝と人事面の責任者だった。
末娘のシーラはまだ若くおてんばだったが容姿はよくて、ポッツ家の顧問弁護士チャールズ・バクストンと結婚することになっていた。

一家は、全員がリバーサイドドライブとハドソン川に沿った邸で暮らしていた。その邸は前庭に大きな靴のモニュメントがあり、それはネオンサインが取り付けられ、ポッツ靴の宣伝がかかれてある醜悪な代物だった。
エラリー・クイーンが父親リチャード警視とともに裁判所に出頭したとき、たまたまサーロウ・ポッツの名誉毀損の訴訟と重なった。
興味本位で裁判を傍聴すると訴訟は当然のごとく退けられたが、コ−ネリアの居丈高な態度と、コーネリアが変人のサーロウに注ぐ愛情は凄まじかった。
裁判が終わり、ボッツ家の顧問弁護士チャールズ・バクストンと偶然に話をしたエラリーは意気投合し、バクストンとともにポッツ家へ向かい、一家と夕食をともにした。
ポッツの家の人間を一人づつ紹介されるたびにエラリーは驚き、呆れ、そして興味を抱いた。そして夕食も終わり頃になって、騒ぎが起きた。

ロバートとサーロウが喧嘩をはじめたのだ。原因はサーロウのくだらない行動についてだったが、サーロウはロバートの悪口に激高し決闘を申し込んだ。
驚く人々を尻目にサーロウは自室から拳銃を2丁持ち出して、ロバートに1つを選ばせ、自分は残りを取り明朝、前庭の靴のモニュメントで果し合いをすることを強引に承知させた。
サーロウに対して唯一影響力をもつコーネリアは無関心で、他の人間も大半は変わり者のたわごと見る中、エラリーとバクストン、それにシーラは心配し、バクストンの提案でサーロウの拳銃の弾を実包から空砲にすり替えることにした。
シーラがサーロウをひきつけている間、エラリーが警察本部に大急ぎで駆け込み、リチャード警視に事情を話して実弾を空砲とすり替えた。
エラリーは空砲の装てんされた拳銃をサーロウの部屋に戻した。その後、エラリーはバクストンとシーラの3人でサーロウを夜の街に連れ出し、ナイトクラブで飲んだりして決闘の時刻まで監視下においた。

翌朝6時、いよいよ決闘の時刻。エラリーが立会人になりサーロウの部屋からピストルを持ち出して渡し、サーロウとロバートは作法により決闘をはじめた。
サーロウのピストルには空砲が入っていて実害は何もないはずだったが、実際にサーロウのピストルから飛び出たのは実弾で、それはロバートの胸を打ち抜きロバートを天国に送った。
拳銃の弾はいつのまにか空砲から実弾に再装てんされていたが、サーロウにはその機会はなく、さらに空砲を装てんしたことを知っていた3人エラリー、バクストン、シーラも同様で、なんとも不思議な状況になってしまった。
双子の一人を殺され、会社にも重大な危機をもたらしたサーロウの行為に今度はマクリンが激怒し、2人の兄弟は取っ組み合いの喧嘩をするほどっだった。
そして今度はマクリンがベッドで撃ち殺されていた。死体のそばにはチキンスープの入ったカップと、鞭が置かれていた。エラリーはカップと鞭はマザーグースの童謡を暗示するものだと考えた。
「ぼくが今まで出会った中で、もっとも奇妙な事件だ」と探偵エラリーは作中でつぶやき、「分別(センス)と無分別(ナンセンス)があまりにも豊に混ざりあい、しかも、あまりにも完全に混ざりあっている」とも評するのが、「靴に棲む老婆」の事件だ。
「Yの悲劇」を思い出させるような狂気の屋敷、そこにはそこに相応しい人々が棲み、それぞれが好き勝手な役割を担って動きまわり、それらの相乗効果と不協和音によってはYを上回る不条理な世界が展開され、舞台はまさに世間から隔絶された不思議の国となる。
さらにBGMとして流れるのはマザーグースであり、そこに迷い込んだ探偵エラリーにとっても、その父リチャード警視にとっても、この事件は不思議の国の出来事であった。
この舞台設定、探偵エラリーのポジションは古典への回帰であろうか。ミステリ的にはそうである。前作「災厄の町」よりも格段にミステリらしい。しかもクイーンらしいパズルミステリだ。
フランシス・M・ネヴィンズJrは「エラリー・クイーンの世界」のなかで、本作品を複雑な謎を狂気じみた雰囲気のミステリに溶け込まそうとした作品であり、1930年代の終わりから40年代の初めにかけて、多くの作家によって試みられた種類のものの一つであり、その結果クイーン流のブラック・ユーモアの最初の成功例となったと述べている。

このような「靴に棲む老婆」であるが、いくつかの矛盾がある。まず最初は、鬼婆役のコーネリアの存在だろう。あまりに個性的であり、あまりに非常識である。その子供達においてもそれは同様である。つまり世界が不思議すぎるのだ。
第二には警察の動きであろう。サーロウはなぜ最後まで野放し状態なのだろう。さらに警視はサーロウやコーネリアから拳銃をむけられ、ヴェリー部長にいたっては帽子をコーネリアに撃たれてさえいる。なのに何の咎めもない。不思議すぎる。
三っつめはエラリーの動きである。とても名探偵の動きとは思えない。多くの手がかりが真犯人を示しているのは明らかで、途中で犯人は指摘できる。なのにエラリーは何もしないどころか犯人の術中にはまっている。「災厄の町」はドラマの世界だったから許せたが、「靴に棲む老婆」は古典的なミステリの世界だ。エラリーの不甲斐なさが目立ってしょうがない。

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さてさて真相であるが、犯人は比較的早めにわかる。そうバクストン弁護士しかいない。サーロウの決闘を容認したうえで、拳銃の弾を空砲に取り替える提案をするなど、もう怪しい怪しい。
だが、構図の方はこれがなかなか複雑で、捻ってある。バクストンはサーロウを唆して、双子を殺させるのだ。最初の決闘では、サーロウは同じ拳銃を二挺所持しており、空砲が入った拳銃を実弾が入った拳銃と決闘場面ですりかえるというトリックを使う。だが、このトリックも単純で、多くの人がすぐに見破るだろう。
サーロウが双子を殺したあとで、バクストンは真犯人はサーロウであることを明かし、全ての罪をサーロウに着せてしまうというのが筋書きであった。ところが思わぬ邪魔が入り、結局その邪魔(コーネリアが死去するが、遺言のなかで自分が犯人だと嘘の告白をした)を排除しようとした行為が命取りになり、最後にはエラリーの前に敗北するのだった。

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