「ぷろふいる」傑作選
光文社文庫

幻の探偵雑誌シリーズ1
血液型殺人事件    
甲賀三郎
大学教授の毛沼医学博士が、自宅で死亡した。死因はガスによる一酸化炭素中毒であった。その夜毛沼博士はM校出身者の懇親会に出席して泥酔し、学生の一人すなわち私に送られて帰った。わたしと女中、婆やの3人で博士を寝室に担ぎ込み着替えをさせたのだが、夜中に博士の目が覚めて、その時にガス管を蹴るか何かした結果ガス管が外れ、気づかぬままに死亡したようだった。
寝室は中から閂が掛けられ、ガス管が元から外れているほかは、昨日の夜わたしが博士を運び入れたままだった。だが、死亡推定時刻などから考えると、いまひとつ釈然としなかった。さらに寝室にあったドイツの研究雑誌から一部の写真図版が切り取られ、また部屋の中からドイツ語で書かれたメモが見つかった。
写真図版は毛沼博士の同郷のライバルである笠神博士が前から欲しがっていたものであり、ドイツ語のメモは血液型に関するものだった。血液型は長年の笠神博士の研究テーマであり、また笠神博士の唯一の弟子である私も研究していた。警察は事故として処理したが、私の心の中には笠神博士に対する疑惑が生まれていた。

蛇男    
角田喜久雄
私の住むアパートの隣の部屋は、長年にわたり空部屋の状況が続いていた。私が親しくしている浅子の部屋からは、私のアパートがよく見えるのだが、浅子によれば空部屋であるはずの隣の部屋の窓から人が見えるのだという。そんなバカなことと一笑に付した私だが、その話を飲み友達に告げるとあながち変なことではないと不思議な話を始めた…

木魂    
夢野久作
小学校の教諭の俺は、子供の時から独りで部屋にこもっているか、たまに外の出ても山の中で人知れず好きな数学の本を読むかしていた。その俺は大学から大学院まで行ったが学士にはならず、小学校の教員になった。
俺の山好きは教員になってからも変わらず、わざと不便な山の中に住まいを構え、学校までの5キロの道のりを毎日往復した。往復の道中では好きな数学のことを考えるのが何よりも楽しみであった。
そんなおれもやがて結婚し、子供も授かった。妻は俺をよく理解してくれ、子供の太郎も従順だった。俺の家と学校とは国道を歩くことになるが、大きく迂回しており、鉄道線路を歩いたほうがかなり近かった。
太郎は学校に行き始めると友人に誘われて鉄道線路を歩いたようだが、これは危ないということで俺と妻は太郎に線路を歩くことを禁じた。従順な太郎は教えをよく守った。そのうち妻が病死した。
太郎と俺との生活が始まったが、俺は太郎を送り出してから雑用を済ませ学校に向った。どうしても時間が遅くなった。そこで太郎には禁じた線路歩行で時間を節約した。ある日のこと、その線路歩行を太郎に見つかってしまった。体調が悪く家路を急いでいたのだ。
俺は家に帰りつくと床についてしまった。重い肺炎だった。熱に浮かされて寝ていたが、枕元が慌ただしくなったのがわかった。太郎が死んだのだ。それも汽車にはねられて。父親の看病のために、禁じていた線路歩行をした結果らしかった。

不思議なる空間断層    
海野十三
俺はある日不思議な夢を見た。天井も壁も黄色の長く続く廊下の両側に、一定の間隔を置いて同じようなドアが並んでいる。俺はその一つのノブに手をかけてドアを開くと、そこには赤いじゅうたん、水色のテーブルとイス、テーブルの上には赤いカーネーションが活けられたグリーンの花瓶が置かれていた。
部屋の正面には大鏡があり、俺はその前に歩み寄り反身になって自分の姿を眺める。すると背後から男の声がし、振り返ると若い男と女が寄り添って立っている。その女の顔を見て俺はハッとした。女は俺の愛人だったのだ。俺はポケットからピストルを取出し女のズドン。だがそこから先の記憶はない。その話を俺は友人にしていた。
ある日、また同じ夢を見た。今度はピストルでズドンと撃った女の顔を改めてみた。違っていた。俺の愛人ではなく、友人の妻であった。俺は友人の妻を撃ち殺してしまったことに怯えたが、その後の記憶はない。その次の夢で、俺は刑務所の未決房に入れられ、目の前には友人が座っていた。

狂操曲殺人事件    
蒼井雄
複雑な家族関係をもつ喜多野家の当主鉱造氏が、喉を短刀で刺されて殺された。家には本妻のみよのほかに息子と娘の家族3人のほかに、妾の植原篠、女中2人の7人が住んでいた。
本妻のみよは後妻であり、息子の駿は鉱造の先妻の連れ子で、鉱造ともみよとも血はつながっていなかった。娘の淳子はみよの義理の姉の子供を養女にしたもので、これも鉱造夫妻とは血のつながりはなかった。
鉱造が殺された時に叫び声がし、その声を聞きつけて息子の駿がたまたま来ていた友人の弘世とともに部屋に駆け付けて死体を発見したのだ。
検死が行われたが、鉱造は喉を深々と短刀で刺されているにもかかわらず、出血量は驚くほどわずかで、これが疑問として後々までも残った。
鉱造は吝嗇でワンマンではあったが、財産は相当なもので、動機の第一には遺産が考えられた。しかもつい先頃鉱造は遺言書を書き換えたという。
書き換え前は鉱造の財産はすべて他人名義になっており、本人の遺産としては微々たるものだった。ところが妾の篠が鉱造の子供を身ごもっていることがわかり、それを知った鉱造は財産の名義を自分に変えて、さらに遺言書も書き換えて、まだ生まれもしない篠の子に遺産のほとんどを譲ることにしたのだった。
だが篠にはアリバイがあった。叫び声がした時間には茶の間でラジオを聞いていたのである。直接見た者はいないが、ラジオ番組の内容や茶の間から駆け付けた様子などから犯人とは思えなかった。では犯人は篠以外のもので、動機も遺産とは無関係なのだろうか…

陳情書    
西尾正
文士青地大六から警視総監に宛てた陳情書によれば、大六はある日ある時、男に誘われて女を買ったという。男に連れられて車に乗り、あるしもた屋の前で降りた。ところがそのしもた屋にいたのは、大六の妻の房枝であった。
家にいるはずの房枝がなぜ…しかも体を売っているとは…大六は翌日から妻のことを監視し始めたのだが…

鉄も銅も鉛もない国    
西嶋亮
ボルジア家とネグア家が争うかの国王アグニ王が寝室で耳を王妃に噛み切られるという事件が起きた。王妃の方も王と同じ部屋で気絶しており、回復はしたものの激しい下痢で体調を崩していた。いったい部屋の中で何が起きたのだろうか…

花束の虫    
大阪圭吉
資産家の岸田直介は、最近東京で新しい劇団瑪瑙座に出資した。その岸田直介が健康を害し、銚子に程近い屏風ヶ浦の別荘で療養中に、断崖から海に突き落とされるという事件が起きた。
事件の目撃者は3人、一人は直介の夫人で元ダンサーの比露子、あとの二人は近くの畑で農作業をしていた農民夫婦だった。3人の証言はほとんど一致していた。
直介が黒いトランクのようなものを持って、小柄な水色の服を着た男と一緒にいると、二人は不意に争い始めて、小柄な男が直介を突き飛ばし、直介は断崖から落ちたというのだ。小柄な男は現場から逃げ、夫人を襲い気絶させた。
農民夫婦はすぐに断崖をおりて波打ち際に落ちた直介の様子を見に行ったが、直介はすでに死亡していた。夫婦は救援を求めるために再び崖を上り、そこで倒れている夫人を発見し介抱したというわけだった。
東京からやってきた弁護士大月対次は夫人や農民夫婦から話を聞くと、現場の乱れた足跡を見つめ、あることを発見した。

両面競牡丹    
酒井嘉七
私は母の跡を継いで子供衆相手に唄や三味線、踊りの稽古をしていた。子供衆相手のことで稼ぎは高が知れていたが、母娘2人暮らすには困らなかった。ある日、私が買い物のために三宮のデパートに出向いたとき、そこの階段で私は私に出会った。そっくりな人とか似た人などという形容は、まったくあてはまらないほどで、自分でも同一人としか思えなかった。
それからしばらくして部屋を掃除していると指差が転がり出してきた。心当たりがなく、最初は母とともに稽古に来ている子供のひとりが落としたのかとも話していたが、よく考えれば子供が持つような安物ではなかった。不思議なこともあるものと思ってさらに数日、今度は上品な夫人が稽古を頼みに来た。
唄の稽古を所望した夫人だったが、始めた途端に切り上げを申し出て帰って行った。それからしばらくの間、その夫人は熱心に稽古に通い、私のことを本当の姪のように扱ってくれ、私の方も叔母のように接した。そしてその叔母のような夫人に九州への船旅を誘われたのだった。

絶景万国博覧会    
小栗虫太郎
明治41年のことだった。遊郭尾彦楼の寮には90歳近くになるかつての花魁お筆が、孫の光子とその家庭教師杉江の3人で住んでいた。この家の雛飾りは代っていて、客の遺品を人形が持つ道具の代わりに飾るのだ。そしてお姫様には白い笄を持たせた。
聞けばその笄は、かつてお筆が店に出ていた時のものだという。そしてなぜその笄を飾るのかという、長い物語を始めた…

就眠儀式    
木々高太郎
鎌倉に住む工学士の松代という人の娘水尾子が、このところ不眠症で悩んでいるという。最初は自分の部屋を整理しないと眠れないと言い出し、次には時計を止めるか腕時計などは新聞紙に厳重に来るんで机の引き出しにしまわないと眠れなくなり、さらに応接間のドアは半開きにしなければダメになり、ナイフなどの刃物類をすっかりしまわなければ床にもつけぬようになった。
精神医学的には就眠儀式と呼ばれる症状であった。それが月に一回だけは緩和され、儀式をしなくても眠れるというのだ。
一方、水尾子の家には月に一回、高輪という男が訪ねて来た。その高輪がある夜、松代家を訪ねた帰りに川に転落して死亡するという事故が起きた。その事故以来、水尾子の病気はすっかりよくなり、就眠儀式を何一つしなくても安眠できるようになったというのだ。


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