本格推理展覧会第二巻 犯罪者の時間
青樹社文庫

青樹社より出版された本格ものをトリック別に分類したアンソロジーのアリバイ篇。
黒い天文台    
島田一男
房総半島の館山と木更津の中間あたり、浦賀水道を挟んで横須賀の街の明かりや浦賀の灯台の灯が見える浜Hにある関東自然科学研究所臨海で、隈部理学博士が60年の生涯を閉じた。鍵のかかった観測室で、拳銃で胸を撃たれていた。鍵は観測室の外に落ちていた。
凶器は部屋になく、遺書もなかった。それらの点から警察は他殺を疑った。容疑者は3人、博士の若い妻琴子、研究所の河野、双葉の両理学士である。琴子は午後7時1分浜h着の列車で館山から帰宅し、食料品店で買い物をして戻っていた。河野は東京に出張し、浜H駅午後7時40分着の列車で戻った。双葉は午後6時ごろから駅前の飲み屋にいて、河野が駅に着いたときに声を掛けられ、遺構は河野と一緒だった。
さて隈部博士が殺されたとすれば、いつ誰によって殺されたのか、一方自殺という推理は本当に不可能なのか…

ながうた勧進帳    
酒井嘉七
長唄の師匠杵屋花吉が2階の稽古場で殺された。その日は呉服屋の健、健と最近いい仲になった光子の順で稽古が行われ、ここで師匠の母親がお茶をもって上がり、その後は菓子屋の幸吉の稽古だった。
実は順番では幸吉ではなく私の番だったが、幸吉が急いでいる様子なので私が替わってあげたのだ。幸吉は2階に上がったが、5分ほどは何にもの音も聞こえず、その後で幸吉の叫び声がした。皆で上がってみると、そこには稽古台に頭を乗せてこと切れている師匠の姿があった。
幸吉の言によると、師匠は機嫌が悪いらしく頭を下げて挨拶してもしばらく何も声を発しなかった。痺れを切らして声をかけてみると返事もなく、そこでようやくおかしいと気づいて近づき死んでいるとわかったそうだ。
幸吉の前に上がった母親は、師匠の機嫌が悪いのを知っていたので部屋の外から声をかけただけで、お茶を置いてきたという。光子のときは稽古の様子が聞こえたので、死んだのは光子の稽古が終わってからのはずだ。
さて死因だが、最初は病死と思ったが、警察が調べると首には指の跡があった。絞殺だったのだ。警察は事情聴取の後、幸吉を逮捕したが…

文殊の罠    
鷲尾三郎
南米アルゼンチンで成功して、莫大な財産を成した鷺宮雄作は、終戦後に故国の日本で暮らしていたが、喉頭癌を発病してしまい、半年後の秋までの命と宣告された。雄作はパリにいる姪の滝口美樹子を呼び寄せたが、美樹子が日本に戻る前に、再びアルゼンチンに戻って行ってしまった。
雄作はブエディオというアルゼンチンの町に住んでいたが、そこがいたく気に入っていて、日本の屋敷もブエディオの屋敷をそっくりまねて建てるほどだった。そのお気に入りの地のブエディオの地を見たかったのと、アルゼンチンでの管理人に指示をするのが目的で、飛行機をチャーターしてベッドのままアルゼンチンに向かったのだった。
付き添ったのは雄作の甥の茂木惣一と益枝夫妻に主治医の松尾藤吉の3人。だが、雄作はブエディオに着いてしばらくして自殺してしまったのだ。わざわざ姪の美樹子を呼び寄せておいて会いもせずにアルゼンチンに向かい、しかも自殺してしまう、この行為に不審を感じた美樹子は南郷探偵事務所を訪れた。

おかめ・ひょっとこ・般若の面    
鮎川哲也
犯人あて推理小説として書かれたものの一作で、舞台は奥多摩湖畔にある我善坊一郎の北欧風の邸宅盗金荘。一郎は、気難しく頑固な偏屈者であったが、財産は相当持っていた。妻はせつ子といい、人気推理作家だった。さらに盗金荘には一郎夫婦のほかに同居人が何人かいた。
まず一郎の腹違いの弟の二郎。彼は35歳の今日までいくつかの職業を転々としたが長続きせず、今は何もせず盗金荘で居候して小遣いをもらい、兄の厄介になっていた。SPやLPのレコードを収集しており、そのコレクションは充実していた。それも居候で生活に困らず、小遣いを惜しげもなくレコードに投入できた成果だった。この二郎はせつ子と不倫の関係にあった。
次に一郎の妹の尊子とその夫の赤坂丹吾。尊子は盗金荘の住人の中では唯一といっていい円満な常識人だが、夫の丹吾の方は問題だった。丹吾は詩人と称していて、かつて都内に住んでいた時は売れない詩を書いていたが、胸を病んで夫婦で盗金荘に転がり込んでからは詩作もせず、最近ではもっぱら星を観察して過ごしていた。
盗金荘には住込み働いている麻布かすみがいた。せつ子に代って盗金荘の家事一切を取り仕切り、清書や雑誌社の応対などせつ子の秘書のような仕事もしていた。かすみには市兵衛という夫がいたが、この市兵衛がぐうたらな男で、金がなくなると盗金荘に金をせびりに来ていた。かすみは市兵衛と離婚したがり、せつ子もそれを勧めている。
事件のあった夜も市兵衛は盗金荘に来ていた。そして二郎とせつ子の会話を盗み聞いてしまったのだ。市兵衛はそれをネタにして二郎たちを恐喝した。カッとくる性格の二郎は市兵衛をしたたかに殴りつけ、市兵衛はせつ子と二郎の負因を一郎に告げた。
さて事件の夜、ここにもうひとりの女性が加わった。西久保とも江という立川の米軍基地でタイピストをしている女だった。とも江は二郎の恋人であったが、最近二郎が心変わりをして離れてしまった。二郎に思いを寄せるとも江が押しかけてきたというわけだった。
最初に殺されたのは二郎であった。二郎は自室でSPレコードを聞いている最中に殺された。争った跡があり、聞いていたレコードが割れて落ちていた。そして奇妙なことに二郎の顔の上には、おかめの面が載せられていた。その面はせつ子の書いた推理小説に、被害者が順番におかめ、ひょっとこ、般若と面を被せられているという話があり、犯人はそれを真似たものと思われた。
事実、それからほとんど時間の経たぬうちに、第二第三の殺人が起きたのだ。警察の尋問が済むか済まないかのうちに、せつ子がひょっとこの面を被せられた死体となって見つかり、その直後に自室で般若の面を被せられた一郎の死体が発見されたのだった。

謎の組写真    
西村京太郎
カメラ・ジャパン賞を受賞した南原昌久の作品「白髭橋・二十四時間」は5枚の組写真であった。ある一日の白髭橋のそれぞれ時間帯によって違う表情を撮ったもので、審査員一同が期待の新人として受賞が決まった。その写真が掲載されるときになって、問題が起きた。写真が盗まれてしまったのだ。
出版社に深夜賊が入り、ほかのものには目もくれず、南原の組写真の入った封筒だけを盗んでいったのだ。その写真は、翌日になって近くのゴミ箱から発見された。5枚の写真とネガがそっくり入っていた。だが、掲載された写真を見て、南原は違和感を覚えた。一枚だけが南原の写真ではなかったのだ。
その写真は夕景を撮った写真で、4人の男女と店を出そうとするたこ焼き屋が写っていた。南原の記憶でも、人数や構図、天気などは同じだが、歩く人の服装や顔が違うのだ。第一、その写真は南原のタッチではなかった。それを聞いた田口編集長は驚いたものの、雑誌が発売されてしまったこともあり、結局はそのままということになった。
その田口編集長が、ある日のこと南原に内密の話があると電話を架けてきた。南原は待ち合わせの喫茶店に行ったものの、田口は現れなかった。それもそのはず、田口はそのころ、死体となっていたのである。多摩川の河川敷の草むらの中で、何者かに殺されたのだった。

電話    
山沢晴雄
2日午後9時半ごろ、大阪市平野区の栄運送の事務所に強盗が入り、警備員が重傷を負い、現金が盗まれた。のちにわかったことだが、犯人は2人組で、盗難車のライトバンを使い現場から逃走した。
一方、同じ日の午後9時40分ごろに平野区背戸口の路上で三浦玲子という主婦が交通事故にあい死亡した。玲子を死亡させた車は、これものちにわかったことだが栄運送に強盗に入った犯人達の運転するライトバンだった。
同じ日の午後10時少し前に小堀啓介は阿倍野区内の行きつけのスナックで、中学時代の同級生岡田源一を目撃した。この岡田がのちに栄運送に入った強盗の一人と判明する。
小堀は午後10時少し過ぎに自宅に戻ると、家の前に不法駐車しているブルーの乗用車があった。翌朝、この乗用車はまだ同じ位置に停められており、小堀からの通報で出動した警官により、その車のトランクから女の死体が見つかった。死体は和泉弘子のものだった。
和泉は前夜、つまり2日に午後6時30分、あつみ工芸という会社に所長の戸倉を訪ねている。弘子があつみ工芸を出たのは午後6時50分、その後阿倍野区の喫茶店に午後7時半に現れているのが判明した。
一方、ブルーの車は午後8時には小堀宅前に停められていたのがわかっている。つまり弘子が殺されたのは2日の午後7時半から8時の間であった。この30分の間にアリバイがあれば犯人足りえないことになる。
ところがここにつじつまの合わない事実が見つかった。ひとつは玲子が車にはねられた後、午後9時55分に玲子を見たという人物が現れたことだった。
一方逮捕された岡田は、玲子をはねたことを認めたが、その時間は間違いなく午後9時40分であった。それは岡田が小堀に目撃された時間からも確かなことと思われた。では午後9時55分の目撃情報は何だったのか…

その日、あなたは死亡し……    
山村美紗
ある年のテレビの正月特番で、百発百中の占い師スーザン朝丘が、女優の花野麗子と作家の田川マキを占った。ところが結果は2人とも1年以内に変死するというもの。番組は混乱のうちに終わった。それから1年、特番での効果もあって花野は主演女優賞を獲得し、田川の本はベストセラーになったが、2人の身には何もなかった。
つまいスーザン朝丘の占いは大外れに終わり、そのことでスーザン朝丘は自ら命を絶った。青酸カリで服毒自殺したのだ。それから2年後の2月のこと、節分でにぎわう京都の町で、花野と田川が相次いで変死した。2人とも青酸カリによる変死だった。花野は立ち寄った茶店でそばを食べた直後、一方田川はその30分後に、甘酒を飲んで死んだのだった。
捜査の結果、容疑者に浮上した女がいた。だが、その女には花野と田川が死んだ時刻、新幹線に乗っていたというアリバイがあった。というより2人を殺した後、新幹線に乗ったのでは間に合わない電話に出たというのが、そのアリバイの骨子だった。

アリバイのア    
二階堂黎人
不動産会社の社員だった大鹿麻呂夫が、工事現場で頭を強打されて殺されているのが見つかった。動機の点から犯人は漫画評論家黒猫みゆきと思われた。大鹿は黒猫みゆきの土地を勝手に売買して、金を着服していたのだ。それが発覚したのが、大鹿が会社を辞めたあとだったために、みゆきは大鹿に金の返済を強硬に迫っていた。
その結果、みゆきは大鹿の妻幸子と共謀して、大鹿を殺して保険金を詐取しようと計画した。実行役はみゆきで、得られた保険金から大鹿が横領した金と殺人手数料がみゆきに支払われることになっていた。このことは幸子の自供から明らかになった。
ところがみゆきは平然としてアリバイを主張した。殺害時刻には、マンションの部屋で遅れていた原稿を書いていたというのだ。証人は出版社の編集者。隣の部屋で原稿をチェックしており、みゆきは部屋を出て行ってからきっかり29分後に戻ってきて、書き上げた5枚の原稿を編集者に渡したというのだ。
29分間というのは、ちょうど掛けられていたクラシックのレコードの演奏時間だった。みゆきはレコードがかかると同時に隣室へ行って原稿を書き始め、レコードが終わった時間に出てきた。それが事実だとすれば、みゆきに犯行は不可能だった。みゆきのマンションから現場までは、どう急いでも往復35分かかるのだった。


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