本格推理展覧会第一巻 密室の奇術師
青樹社文庫

青樹社より出版された本格ものをトリック別に分類したアンソロジーの密室篇。
D坂の殺人事件    
江戸川乱歩
私がD坂の大通りの中ほどにある白梅軒といういう喫茶店にいると、近頃この店で知り会った明智小五郎が入ってきた。2人で話をしながら見るとはなしに、向かいの古本屋を見ていると、客がいるのに誰も店に出てこない。不審に思った私と明智が古本屋に行き、奥の間に上がってみると、そこには首を絞められて殺された古本屋の妻の死体が転がっていた。
さて私は明智が来る前から古本屋を観察していたが、明智が来る30分前の8時ごろに部屋の電灯がついているのを確認している。したがってその時間に部屋に人間がいたことは間違いないが、その後電灯は消えた。だが、その時間以降表は私たちの監視下にあり、裏口がある路地の角にはアイスクリーム屋がいた。
古本屋の表から客以外が出入りしていないのは私たちが知っているし、アイスクリーム屋も路地には誰も出入りしていないと証言した。さらに2階の窓からも出入り不能だった。現場の古本屋は密室状態だったのだ。さらに8時ごろには古本屋の店先に学生が2人いて立読みしおり、2人は少し開いた障子の隙間に、縞の着物を着た男が経っているのを目撃していたのだった。

暗い坂    
飛鳥高
土建会社社長太田広次郎が、自宅の書斎で刺し殺された。その夜は風雨がひどい夜で、夜11時半くらいに広次郎は女中を呼んで、書斎に手提げ金庫を持ってこさせている。女中は広次郎に金庫を渡して、自室に戻ったが、その直後に今度は玄関の呼び鈴が鳴った。
女中が出てみると、帽子を目深にかぶり、サングラスをし、頬髯で覆われた人夫風の男が立っていた。その男は渡部と名乗り、奥様にお目にかかりたいと告げた。女中はいったん引っ込んだが、気配に振り向くと、渡辺と名乗った男が上り込んでいた。そして女中に襲いかかってきたのである。
女中は叫び声をあげて驚いて逃げだしたが、追ってくる気配もないので振り返ると、書斎のドアが開け放たれていた。しばらくして家人たちが集まってきたのだが、その間女中は書斎のドアから目を離さなかった。だが中で広次郎はすでに死体となっていたのである。
警察がすぐに駆けつけて来て捜査が開始されたが、書斎の窓には全て中から鍵が掛けられていた。廊下に出る以外に、書斎にはもう一つドアがあって、それはトイレに通じていた。トイレは書斎専用ではなく、廊下からもいけるが、書斎側のトイレのドアにはやはり書斎側から閂が掛けられていた。書斎は密室だったのだ。

残雪    
藤村正汰
降り積もった雪の中に立つ一軒の家、そこは商事会社社長の妾宅だった。ある夜、その隣の家で2人の男が窓越しに妾宅を見おろていると、妾宅の開いた窓にお妾さんが現れた。お妾さんは除かれているとも気づかず、電気を消して寝室の方へ移動し、2人の視界から消えた。
2分ほどして黒いハンチング、黒いオーバー、白マスクの小柄な男が妾宅の窓に現れ、そして視界から消えた。少ししてお妾さんの悲鳴。2人の男は妾宅にすっ飛んで行った。ところが寝室のドアは内側から閂が掛り開かない。悲鳴を聞いて駆けつけてきた近所の男も加わり、3人がかりで体あたりした。
寝室にはお妾さんが倒れているばかりで、他には誰もいなかった。お妾さんの死因は扼殺、ドアには閂、窓には鍵はかかっていなかったが窓自体は閉まっており、窓外の降り積もった雪には足跡ひとつなかった。現場は密室だったのだ。

密室学入門    
土屋隆夫
密室もの専門の推理作家岸辺流砂が新たに仕事場は、雑誌に石棺型モデルハウスと揶揄されたように、奇妙なものだった。密室好きでかつ音響ノイローゼの岸辺は、コンクリートの檻のような建物を建てたのだった。
出入口のドア以外は窓一つなし。室内は8畳ほどの仕事場に簡単な洗面所があるだけで、ろくな装飾すらなかった。ドアの鍵も純金製の特殊なもので、その重さと先端の精巧な技巧が鍵穴にピッタリとあった場合だけ開くという代物で合鍵などなく、また合鍵を作るのも不可能だった。
ドアはオートロックで、鍵を使わなければ内側からも外側からも開かなかった。
今、この岸辺の石棺型モデルハウスに雑誌社の編集者の青年が原稿を取りにやってきて、あろうことか岸辺に向かって厳密な意味での密室殺人など誰一人として書かなかったと言い切り岸辺を怒らせた…

殺意の二重奏    
大谷羊太郎
ときは朝鮮戦争のころ、その特需に沸く佐世保の米軍専用のバーで事件は起きた。バーと契約しているバンドのメンバーは5人で、いずれも脛に傷どころか、組織に追われる身で、発見されれば殺されること間違いなしという面々だった。
バンドマスターの池上は、組織の秘密を知り過ぎたうえ、身の危険を感じて組織の金を持ち逃げしていた。その池上に追手が迫った。ある池上の殺害を頼まれた、野口と田代と名乗る2人の男が、ついに池上の居所を突き止めたのだ。2人はバーが閉まるまで、表口と裏口で池上を待ち構えた。
このことを知った池上は、バーの建物に籠城することにした。このバーは倉庫のような建物で、営業が終わると表口と裏口に守衛がシャッターを閉めたうえ、施錠して帰るのだ。翌朝、守衛が出勤してきて鍵を開け、シャッターを上げるまで中は無人になる。
その夜、客も従業員も帰り、バンドのメンバー4人は池上を残して最後に出た。すでに表口は締められ、裏口も締めるばかりになっていた。4人が外に出て、しばらくして守衛のところに野口と田代がやって来て、池上についていろいろと聞き始めたが、守衛は相手にせず、2人を追い立てるようにして外に出てシャッターを閉め鍵を掛けた。
鍵は2つあって通常のもののほかに、ダイヤル式の南京錠だった。こえで池上は自ら建物に閉じ込められたが、野口たち殺し屋からも守られることになった。ところが翌朝、鍵とシャッターが開けられ、しばらくしてバンドメンバーがやって来て池上の隠れている部屋に行くと、首に紐を巻かれて絞殺された池上の死体が転がり出た。
死亡推定時刻は、深夜1時から2時の間というから、建物はきっちりと施錠されていた時間だ。そのころ守衛は飲み屋にいて、鍵を盗むことも不可能だったし、第一南京錠の番号は守衛と池上しか知らない。そして野口と田代は、そのころ遠く離れたドライブインで食事をしていたというアリバイまであったのだった。

瀕死の密室    
笠原卓
小森隆子が毎晩のように立ち寄る喫茶店まあめいどでコーヒーを飲んでいと、隆子宛ての呼び出し電話が架かってきた。相手は深沢と名乗る見ず知らずの男で、数分間わけのわからないことを言って切れてしまった。
不愉快な気分になった隆子は、冷めたコーヒーを飲んで自宅マンションに帰ったが、鍵を開けると電話がなっていた。あわてて出てみると、またも深沢からの電話だった。だが内容はわからなかった。隆子の意識がなくなってしまったのだ。
隆子は、そのまま帰らぬ人になるはずだった。ガス中毒で死にかけたのだ。幸い、同じ階の住人がガスの匂いに気づき、管理人に連絡して助け出してくれたので、命は無事だった。だが、部屋の中からは3千万円相当の宝石が盗まれていた。
不思議なのは、隆子が鍵のかかった部屋の中に倒れていたことだ。隆子は深沢からの電話に出たとき、まだ部屋の鍵はかけていなかった。犯人は鍵のかかっていない部屋に侵入し、宝石を盗み、ガス栓を開け部屋を出たのだ。
そして鍵をかけた。ただし、このマンションの鍵は特殊で、部屋の鍵は3つしかなかった。その3つともが隆子の部屋の中から見つかったのだ。では、どうやって犯人は鍵をかけたのだろうか…

ドミノ・アクシデント    
井沢元彦
超高級マンション、コープ・インペリアル5階の部屋で人殺しがあった。殺されたのはホステスの影山まり子だが、殺害現場を2人の男女が目撃していた。向かいのビルで開かれていた山水画展に来ていた2人の中年男女で、偶然に見上げた5階の窓越での目撃だった。
その直後、マンション前の横断歩道を渡っていた水沼宏行が車にはねられ即死した。この水沼がまり子殺害の犯人と思われた。というのは、水沼はまり子のヒモで、まり子殺しの凶器のブックエンドには水沼の指紋があったのだ。直接証拠も動機もあったのだ。だが不思議なのは水沼はマンションから出るのではなく、マンションに向かって歩いていたことだった。
殺人を終えて一刻も早く現場を立ち去りたいはずなのに、現場に向かっていたとは…さらに不思議なのはマンションに設置された複数の防犯カメラに水沼の姿がまったく移っておらず、現場のまり子の部屋が鍵とドアチェーンで内部から施錠されていたことだった。

死ぬ時はひとり    
有栖川有栖
ひょんなことから足を洗ったヤクザの経営する小さなスナックで酒を飲むことになった山伏の地蔵坊。はやらない店で、店内には地蔵坊と経営者の元ヤクザ、客の元子分、それにバーテンが2人の計5人しかいなかった。
やがて経営者の元ヤクザが電話をかけに店から出て、裏にある事務所に入った。暫くして事務所から銃声がした。地蔵坊と元子分が駆けつけると、事務所には元ヤクザの射殺死体と拳銃が一丁。だが警察の調べで元ヤクザを殺した弾丸は、落ちていた拳銃から発射された物ではなかった。
すると拳銃を持った犯人は裏口から逃げたことになるが、当時裏口の先の道路は全て監視の目があったか通行不能だった。つまり犯人は煙のように消えうせてしまったのだ…

夏の時代の犯罪    
天城一
神田の行者といわれる男は、奇跡を見せるといって最近上流階級社会に入ってきた男だった。その男が神田のビルの自室で殺された。行者の部屋はビルの最上階全てを占領し、3つに分かれていた。一室は青の待合室、もう一室が赤の待合室、その中央に行者の部屋があった。
行者の部屋へは青、赤どちらの待合室からも行けるが、待合室を通らずには行けない。行者が死んだとき両方の待合室には客が居た。青の待合室には婚約を控えた二人、赤の待合室には元公家のオールドミスの姉妹。
どちらにも行者が顔を出し少し待つように言い、その後は誰も目の前を通っていないと言う。しかし行者は何者かに殺され死体となって転がっていた。


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