鉄道推理ベスト集成第3集
徳間書店(入手難)

鮎川哲也編鉄道ミステリ・アンソロジーで第1〜第4集がある。
木魂    
夢野久作
戦前の作家で長篇「ドグラ・マグラ」は、探偵小説三大奇書に数えられる。本作品の初出は「ぷろふいる」昭和9年5月号。

小学校の教諭の俺は、子供の時から独りで部屋にこもっているか、たまに外の出ても山の中で人知れず好きな数学の本を読むかしていた。その俺は大学から大学院まで行ったが学士にはならず、小学校の教員になった。
俺の山好きは教員になってからも変わらず、わざと不便な山の中に住まいを構え、学校までの5キロの道のりを毎日往復した。往復の道中では好きな数学のことを考えるのが何よりも楽しみであった。
そんなおれもやがて結婚し、子供も授かった。妻は俺をよく理解してくれ、子供の太郎も従順だった。俺の家と学校とは国道を歩くことになるが、大きく迂回しており、鉄道線路を歩いたほうがかなり近かった。
太郎は学校に行き始めると友人に誘われて鉄道線路を歩いたようだが、これは危ないということで俺と妻は太郎に線路を歩くことを禁じた。従順な太郎は教えをよく守った。そのうち妻が病死した。
太郎と俺との生活が始まったが、俺は太郎を送り出してから雑用を済ませ学校に向った。どうしても時間が遅くなった。そこで太郎には禁じた線路歩行で時間を節約した。ある日のこと、その線路歩行を太郎に見つかってしまった。体調が悪く家路を急いでいたのだ。
俺は家に帰りつくと床についてしまった。重い肺炎だった。熱に浮かされて寝ていたが、枕元が慌ただしくなったのがわかった。太郎が死んだのだ。それも汽車にはねられて。父親の看病のために、禁じていた線路歩行をした結果らしかった。

執念    
蒼井雄
戦前から戦後すぐにかけて、クロフツばりのアリバイミステリを書いた、作家蒼井雄。この作品は昭和11年の「月刊探偵」に発表されたもの。


夜中に急病人が出て医師を呼びに行く途中だった須見は、今まで聞いたこともないような悲鳴を耳にした。悲鳴がした場所に駆けつけてみると、そこには男の死体が転がっていた。
その死体は鼻腔や口に脱脂綿が詰められていたが、死後硬直があり、さらに編上靴も履いていたことから、屋内で殺されて運ばれたものと考えられた。すると須見が聞いたと悲鳴はなんだったのだろうか…

桃色の食欲    
渡辺啓助
上野発水上行の723列車は、上野、赤羽、大宮と退勤者を次々に飲み込んで超満員で走ることで有名だった。毎日それに乗っている文科大学講師の男は、同じく毎日のっている女性に恋をした。その女性をジョコンダ姫と名付け、密かに思い毎日目で追っていた。 そしてある日、身動きもできない車内で男は、ジョコンダ姫の胸のポケットから覗いていた桃色のハンカチを口でくわえて引き出した。ジョコンダ姫はそれに気づかず熊谷駅で降りて行った。男はその行為に狼狽し、家に帰ってハンカチを洗濯して翌朝ジョコンダ姫に返すことにしたが…

碑文谷事件    
鮎川哲也
殺人事件が起きたのは、東京都目黒区碑文谷にある音楽家であり評論家でもある山下一郎邸。被害者は一郎の妻で、やはり音楽家の小夜子。胸をナイフで刺されたうえ、さらに首を絞められていた。
凶行は3月25日の朝6時30分ごろに行われた。その時、山下邸には小夜子のほかに小夜子の友人の竹島ユリが泊まりに来ていて、一郎は旅行に出ていて留守であった。
ちょうどその時間にユリが水を飲みに起きて、台所にいるときに、何者かが山下邸に侵入し小夜子の寝ている2階に上がって行った。侵入者の姿をユリが物陰から鏡を通して目撃していた。
顔かたちはわからなかったが、男であることは間違いなく、持っていたアタッシェケースにはRNの頭文字が打たれているのが見えた。
やがて侵入者は去って行ったが、ユリは恐怖でしばらくは台所から動けず、侵入者の気配が消えて相当経ってから小夜子の部屋に行き、そこで惨状を目の当たりにした。
ユリの証言に重きをおいて捜査が開始され、幾人かの人間が疑われては消えていった。そのなかで浮上したのは、ユリの証言が嘘で、小夜子を殺したのはユリではないかという考え方。
捜査陣の考えはユリ犯人説に徐々に傾いていったが、鬼貫は鏡に映ったRNは逆に見るべきで、その場合はロシア文字ИЯになり、それは山下一郎の頭文字になることを重視し、犯人は山下一郎であると主張する。

ところが一郎は、その時間には山陽本線を東上する夜行の不定期準急2022列車に乗っていたと主張した。
それを証明するものとして、夜行列車に乗る前に撮った下関でのスナップ写真や車内で知り合った人間の証言、大阪で買った新聞で小夜子の事件を知り彦根駅で下車したことなどをあげた。
事実、山下一郎は彦根駅で小夜子が殺されたことを知り、警察に確認して、伊丹空港に戻って飛行機で帰京している。
下関でのスナップは、先帝祭の遊女の行列を写したもので、それは3月24日一日だけ、しかも午後3時ごろに行われるもので、セルフタイマーで撮ったものらしく行列を背景に一郎が被写体になっていた。
また一郎が列車内で知り合ったという秋田の商人は、たしかに一郎が乗り合わせて話をしていたといい、そのときに岩田駅と島田駅を通過したのを覚えていた。
時刻表で調べてみると山陽本線の岩田駅と島田駅を2022列車が通過するのは、25日の午前3時前くらいであった。事実であれば一郎には犯行は行えないが…

月の光    
利根安理
作者は経歴不詳で、名前の読み方もわからないそうだ。昭和31年1月の「宝石」増刊号所収の作品。


新宿発長野行419列車の車内に座る信夫の前に、男がひとりの少女を連れて乗り込んできて席を取った。やがて退屈する夜汽車の中、その男はひとつの物語を語りはじめた。その物語とは…
男はC県の田舎の生まれで、その付近の唯一の交通手段は軽便鉄道だった。男は子供のころから鉄道に魅せられ、やがて地図を買ってもらうと一日中眺めては、想像の世界で鉄道を動かすのだった。
やがて学校に転校生が2人入った。佐野良一と千枝の兄弟で、良一は男より1学年上の6年生、千枝は3年生だった。男はいじめられっ子だったが、やがて良一と親しくなった。
男と良一を結びつけたのは鉄道だった。だが、男は良一を心底信じていなかった。男はそれまでも良一にいじめられていたし、なによりも良一の目が不気味だったのだ。そしてある日…

昇華した男    
迫羊太郎
この作者も、経歴や正体は一切不明。本作品は、昭和33年2月の「別冊宝石」に載った。


機関士の南昇平の妻は、7年前から精神病院に入院していた。昇平はそのことをひた隠していて、世間には独身で通し、精神病院では妹ということになっていた。昇平の妻だと知っているのは、外村院長一人だけだった。 その昇平は、新しい結婚を考えていた。相手は機関区の脇に住む吹子といった。吹子の方でもまんざらではないようだった。そうなると障害になるのは昇平の妻だった。そこで昇平は妻を殺すことにしたが、その前に秘密を知る唯一の人間外村院長を始末することにした。 その夜、昇平は夜行のF駅行の貨物列車に乗務することになっていた。その前に外村院長を誘って食事をし、そして適当な理由をつけて機関区に誘い込んだ…

復讐墓参    
安永一郎
昭和30年にデビューし、コンテストの常連として毎号のように応募し、本作品もその応募作の一つ。初出は33年12月の「宝石」増刊号。


北九州の日豊本線城野駅で駅員がひとりの少年にナイフで刺された。少年はその直前に駅員に10円の金をねだったが、駅員は首を振っただけで無視していこうとすると、突然声をかけられ振り向くとナイフを腹に突き立てられたのだ。
少年はすぐに逮捕され警察に連行され取り調べが開始された。少年は戸畑の工場に住込で働いており、毎月1回日豊線の立石駅まで母親の墓参に帰っていた。事件が起きたのもその帰りだった。
少年の母親は、まだ少年が幼いころに踏切事故で死亡し、少年は立石の伯父夫婦に引き取られた。学校の成績はよく、進学を勧められたが本人にその意思はなく、中学を出ると戸畑の工場に就職した。
職場での評判も良く、遊びは一切せずに、月に1回母親の墓参に帰るのだけが外出であった。雇主も、伯父夫婦も、かつての担任教諭も誰も少年を悪くいうものはいない。取り調べにあたった刑事の印象もまったく同じだった。そんな少年がなぜ、発作的な殺人など犯したのだろうか…

偽りの群像    
中町信
堅実な本格派である中町信のデビュー作で、「推理ストーリー」昭和42年11月号に掲載された。


群馬県猿ヶ京温泉の崖の岩棚から男の死体が発見された。被害者は伊戸常道という教科書会社の営業マンで、1月18日に猿ヶ京温泉の旅館に泊まり、翌19日に猿ヶ京中学を訪ねあと行方が分からなくなっていた。
旅館の聞込みでは、伊戸は18日から群馬県北部の学校を回っており、18日の夜に女性連れで宿泊した。その後に伊戸だけ一時外出したが、食事は部屋で2人で摂った。翌朝6時、女性だけが先に出発し、伊戸は8時ごろに旅館を出てその足で猿ヶ京中学を訪ねていた。
猿ヶ京中学では、訪問目的の教師は授業中だったために事務員に言伝し、そのまま行方が分からなくなったのだ。その後の調べで同行した女性が割れた。伊戸の勤める会社の側の喫茶店の店員で高畑美津子といった。
美津子によると6時頃に旅館を出て東京に帰ったが、それは仕事のためで、旅館から上野駅まで複数の証人と一緒であった。つまりアリバイがあったのである。
一方、動機の面から伊戸の部下で、伊戸とトラブルを起こして懲戒解雇された櫛沢広男という人物が浮かんだ。だが櫛沢には事件発生時に、上野から草津へ向かう急行列車に乗っていたというアリバイがあった。

孤独な詭計    
幾瀬勝彬
杏医薬品の大泉研究所では研究員の八代隆之以下4名のYグループによって、岩すすと呼ばれる地衣類を使った制癌剤の研究が進められていた。八代は子供を小児癌で亡くし、それが原因で妻も亡くしたことから、独自の調査をもとに独自の提案をしてこの研究を始めた。
だから研究にかける情熱は凄まじく、スタッフの精鋭4名もそれに引っ張られて、目覚ましい成果を挙げつつあった。そのころ研究所が独自に研究していたデータが盗まれるという事件が立て続けに起きた。
どちらもライバルの製薬会社から新薬が発売され、その新薬が大泉研究所での研究成果をもとにしたとしか考えられないものだったのだ。研究所の中にデータをライバル会社に売っている者がいるとしか思えなかった。
研究所の管理は厳重になったが、それと前後して八代の様子が目に見えて変わって来た。それに気づいたスタッフの4人は、八代のいないところで話し合い、それとなく八代の様子を探った。
それから暫くして八代が休暇を取った。名古屋の姉の勧めで見合いをすることになったのだ。愛妻家の八代に再婚の意思はなかったが、姉の顔を立てたのだった。だが八代はそのまま帰らぬ人となった。千葉県の手賀沼の畔で絞殺死体となって見つかったのだ。
捜査が始まったが、死亡指定時刻を知ったスタッフは驚いた。八代が死んだはずの時刻に、八代は名古屋から東京に向う新幹線の中にいたはずだった。それはスタッフの一人が新幹線の八代に電話をしていることから、間違いのないことだった。なんと事件の被害者にアリバイがあったのである。

まさゆめ    
野呂邦暢
その男には超能力があるのだろうか、夢が正夢となるのだ。鉄パイプが工事現場から落ちてきた夢、馬券が当たる夢、5等の宝くじが当たる夢、みな正夢になった。
そして絶対安全なはずの取引先が不渡り手形を出す夢では、不渡りまで時間が合ったので資料をそろえ上司に進言したところ、寸前で被害を免れたちまち上司の信任を得た。
必ず夢を見るとは限らないので、夢を見なときは適当に判断したが、それもことごとく的中していい方に廻り、その男はどんどん出世していった。そんなある日のこと…

映画狂の詩    
おかだえみこ
本業はCMプランナーで、本作品はこの短篇集唯一の書下ろしというより、編者宛ての私信の挿話をもとに作品化したものとのこと。


映画好きの鉄馬から借りたSF「マリオンの壁」を読みすすむうち、欄外に小・1322、 豊・1503などの書き込みが現れた。本にメモなどする鉄馬ではないのに、いったいこれは…

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