ミステリーの愉しみ4 都市の迷宮
立風書房

鮎川哲也と島田荘司による決定版アンソロジーで第1〜第5集がある。
壜づめの密室    
都筑道夫
お屋敷町に住む商事会社社長舟津恵吉は、戦争中に命を助けられた学生時代の友人棚橋に、ただで離れを貸していた。命の恩人に報いるためだったが、この棚橋という男は、なんでも一通り器用にこなすが何一つやり遂げられない、典型的なお坊ちゃんタイプだった。
この棚橋がある日のこと、舟津家から徒歩数分の神社の裏手で死んでいるのが見つかった。その朝、舟津が出がけに棚橋の離れに声をかけたのが、生きている棚橋が確認された最後だった。その後、死体が見つかる昼近くまで棚橋を見た者も声を聞いた者もいない。
数日前に舟津家の居間に飾られていたボトルシップの中に首を切り落とされた指の先ほどの黒人の人形が入っていて、棚橋は殺人の予告だと騒いでいた。このボトルシップも器用な棚橋が自分で作ったもので、まさか自分が死ぬとは棚橋も思ってはいなかったらしい。いたずらにボトルシップに入れられた死体は棚橋を指していたのだろうか。

わが師、彼の京    
山村直樹
恩師の桑山先生からの久しぶりの手紙を読んで、10年ぶりに私は京都に向った。桑山先生は大学の主任教授を退官されて10年、今では書家として名高く、多くの弟子がいた。
弟子の中でも先生と同じ敷地に住む小川夏代、若尾綱吉、古田充の3人が高弟だった。私が着いた時に出迎えたのも、その中の一人小川夏代だった。
夏代によると、先生は散歩に出ているという。私は先生の散歩コースを聞いて後を追ったが、ふと好きな場所である双ヶ丘に行くことにした。
だが双ヶ丘の頂上で見たものは、先生の死体。後頭部を殴られていた。そしてダイイングメッセージらしく変体仮名で書かれた文字が残されていた。それは「西行なけ」と読めたのだが…

隠すよりなお顕れる    
天藤真
足立知夫はホステスの小田ミツコから脅されていた。婚約を機にミツコと手を切ろうとしたところ、ミツコは拒否し、さらに知夫のところに懐胎証明書を送りつけてきたのだ。その懐胎証明書は、知夫が部屋でマージャンをしているときに速達で届いた。さらに、その直後に追い打ちをかけるように「今日中に来い。来なければ、明日大変なことになる」という一方的な電話である。知夫に喋る間も与えないほど、逆上した電話だった。
知夫はマージャンを終え、さらに仲間と食事をしたのち、夜10時ごろにミツコのアパートへ行った。ミツコから鍵をもらっていたのである。部屋に鍵は掛っていて、開けて入る。ミツコは座椅子に座っていた。が、話しかけても返事も何もしない。そのはずである。ミツコは死んでいたのだ。見ると、テーブルに知夫あての遺書が載っていた。
遺書には知夫への恨みつらみがつづられ、書いた時間は午後6時と記されていた。知夫はパニックになった。知夫が自殺の原因とわかれば、婚約は破棄されかねない。そこで知夫は自殺を装った殺人にすることを思いつく。殺人事件となれば、午後6時にはマージャンをしていたというアリバイが成立するからだ。
知夫は遺書を持ちさり、預かっていた鍵は引き出しの中に埃をつけて返し、といろいろな工作をする。だが、知夫は殺人容疑で捕まってしまった。知夫はアリバイを主張する。だが、検死の結果ミツコが死んだのは、午後10時ごろだというのだ。知夫がすがるはずのアリバイは一気に消し飛んでしまった。

或る老後    
千葉淳平
池辺善助は小さな町工場の社長だった。工場は小さいながら、確かな技術を持ち、業界内でも評判は良かった。大儲けはできない代わりに、着実に注文はある、技術と熟練工を財産とした典型的な中小企業だった。善助は鉄道事故で妻と後継の息子夫婦を失っていた。年齢的につらいものがあったが、息子夫婦を失った今、仕事を続けざるを得なかった。
そんなとき金森京子と名乗る女性が訪ねてきた。京子は善助の息子と一度だけ体の関係を持った女だと後でわかった。しかも、そえがもとでせっかく決まった婚約が破談になったというのだ。善助は京子を憐れんだ。そしてせめてもの償いとして、事務員として雇いいれた。
京子を雇い入れてから、善助の体が変調をきたした。噂では、善助の茶に何かの薬を入れているようだった。善助も赤い薬包紙にくるまれた薬を、京子が茶に入れかけているのを見かけたこともあった。やがてある日のこと、体調を崩して横になって休んでいた京子を見た善助は、むらむらと欲求が高まり、ついには抑えきれずに京子を犯してしまった。

街の殺人事件    
島久平
街のど真ん中の喫茶店で殺人事件が起きた。客の吉田という男を、堂々と正面からピストルで撃ち殺したのだ。犯人は白いマフラーに黒い外套を着て、店に入ると平然とポケットからピストルをだし、いきなり引き金を引いて、客たちが唖然とする中を立ち去ったのだ。
その男は電車通りを歩いて行ったが、しばらくしてダンスホールで女と踊っているのが見つかった。毎日午後6時になると、白いマフラーと黒い外套姿でダンスホールに現れるのだが、今日はその前に人を一人殺してきたのだった…

清風荘事件    
角免栄児
信州佐久馬温泉で弟の信二が自殺したとの知らせを受けた兄の克平は、とるものもとりあえず現地に向かった。信二は信州の取引先に売掛の催促に行き、その帰りに温泉で一泊し、そこで死んだのだった。部屋で新薬の睡眠薬を飲んでの死だった。警察も宿も自殺と考えたが、克平は納得できなかった。信二が自殺する動機など全くないのだ。
克平は信州からの帰りに、宿の女中から名古屋までの切符と急行券を渡された。信二に頼まれて買っておいたものだという。克平と信二は大阪で繊維問屋を営んでいて、名古屋は信州への通り道ではあるが、親戚も知人もいなかった。名古屋に何かある、そこに信二が死ぬ原因があると固く信じた克平は、独自に調査を開始した。

四桂    
岡沢孝雄
将棋の花枝八段に強引に弟子入りした成瀬は、師匠花枝が何かに悩み、それがために対戦成績は思わしくなく、しかも惨敗といえる負け方で、マスコミの観戦記事も花枝の不振を奇としていた。兄弟子の民永によれば、成瀬が入門する数日前に将棋評論家の松原が来訪してから、花枝の様子がおかしくなったというのだ。
そんなある日、花枝が詰将棋を並べた盤を見て、真剣な表情で考え込んでいた。盗み見るとそれは四桂と呼ばれる詰将棋だった。どうも花枝の過去には四桂に絡んだ大きな秘密がありそうだった。そうこうするうちに松原が訪ねて来て、皆で食事をすることになった。
食事を終えてくつろいでいると、松原が煙草を切らした。買ってこようとする成瀬や民永らを制して松原は自分で座を立った。そしてそのまま行方が分からなくなったのだった。さらに不可解なことに、2年前にも同様の事件がここ花枝邸で起きていた。四宮七段が花枝の義父の花田三之介八段の還暦祝いの宴の途中で、やはり忽然と失踪し、未だに見つかっていないのだった。

ひきずった縄    
陳舜臣
名探偵陶展文が、かつて天津郊外のある村で出会った事件。その村には王桓隆という金持ちと劉岳天といういう貧乏医者が隣り合って住んでいた。王桓隆は福仁会という怪しげな宗教団体を狂信し、子供が病気になっても会の祈祷師を頼るだけだった。
だが子供の病気は一向に良くならず、妻や親戚の目もあり、ついに劉岳天の往診を仰いだ。だが、既に手遅れでどうしようもなく、子供は劉岳天が診察してからほどなくして死んでしまった。怒った王桓隆は福仁の祟りだと騒ぎだし、劉岳天は、福仁の力で裏の空き地の松の木に吊るされて死ぬだろうと予言した。
そしてまさにその通りになったのである。雪が降り積もった日、劉岳天は裏の空き地の松にロープをかけて首を吊って死んでいた。雪の上には劉岳天が松の木に向かって歩いた足跡が一筋だけついていた。その日、王桓隆は足をけがして寝ていたが、この知らせを聞くと福仁の祟りだと手を打って喜んだという。

白鳥の秘密    
梶龍雄
被害者黒形氏の死体は、同氏の邸内の北西隅に最近新築された茶室内で、あたりを血に染めて横たわっているのを、8時半同所で用談の約束で来訪した佐野さんによって発見された。
同日7時少し前に止んだ雪の上に、茶室に通じる足跡としては、最初の発見者佐野さんが茶室と木戸の間を往復した靴跡と、黒形氏が母屋から渡って来た片道の下駄の歯跡しかない事から見て、一見事件は自殺のようにも考えられる…
というのが新聞に出た事件の概要であった。事件は自殺ではなく他殺であった。木戸の取っ手に黒形氏の血痕が付着していたことが、他殺とした理由であった。
黒形氏はいかがわしい雑誌社の社長で、佐野さんとは著名なバレリーナ上柳八津子の姉佐野りつ子のこと。佐野りつ子は黒形と何か話があったらしく、この夜8時半に茶室で面会することになっていた。
佐野りつ子は茶室に入って黒形の死んでいるのを発見し、驚いて木戸まで戻り、そこで黒形の部下馬淵に会って茶室の様子を告げたのだった。
佐野りつ子が犯人とも思われたが、黒形氏の死亡推定時刻は7時前後。その時間には佐野りつ子にはアリバイがあって犯行は不可能だった。よって事件は足跡のない殺人となった。

消された死体    
大谷羊太郎
放送作家中尾啓一の東京郊外の自宅で、中尾の妻でベテラン女優の小夜子の誕生パーティが開かれた。定刻の7時前、テーブルにそろった客を残して、小夜子は2階の自室に戻った。ネックレスを変えたいというのが、その理由で、夫の啓一も一緒に上がった。
少しして啓一だけが戻ってきたが、支度に手間取っているのか小夜子はなかなか降りてこない。そこで啓一は客の人いで女優の卵の山田あかねを呼びに行かせた。すぐに悲鳴が聞こえた。駆け付けると、小夜子の首には紐が巻きつけられ、死体となって転がっていたのだった。
すぐに啓一の弟子宮原和也が張り番に立てられ、警察が呼ばれた。しばらくして警察が来たが、今度は死体が消えてなくなっていた。さらにそれからしばらくすると、今度はパトカーがやって来た。隣県のパトカーで、雑木林の中で小夜子の死体が見つかったというのだ。

変調二人羽織    
連城三紀彦
評判の悪い落語家伊呂八亭破鶴が、大晦日の日にTホテル鶴の間で開いた独演会で死んだ。破鶴は一時はかなりの人気で多くのテレビに出演したが、その後は落ち目となり、まもなく喉頭炎が悪化して声が出なくなった。すでに引退同然だったが、特別の関係にある客5人を招いて、最後の独演会を催し引退することにしていた。
破鶴が最後の演し物に選んだのは盲目かんざしという噺だったが、声が出ない破鶴は二人羽織で声の代わりに手の演技で噺を進めた。羽織の後ろに入り手を勤めるのは、唯一の弟子で最近はマルチタレントとしても人気のある小鶴だった。
下げ間際、破鶴が死の演技にかかり、しばらく体が静止した。それがあまりに長く、客たちが騒ぎ始めた瞬間電気が消えた。真っ暗になり、再び明かりがついたとき、すでに破鶴は死んでいた。凶器は鋭利な刃物で、かんざしと思われたが、それは事件直後には確かに目撃されていたが、消えてしまった。
招待された客のうち4人は、破鶴のことを憎み切っていた。破鶴の死を喜びこそすれ悲しむ者はいなかった。それほど破鶴は嫌われていたのである。だが、だれも破鶴のことを殺すことはできなかった。電気が消える前には多くの目撃者がいたし、真っ暗になってからでは行動自体が不可能だったからだ。それは羽織の後ろにいる小鶴も同様だった。では破鶴は自殺したのだろうか…

幽霊列車    
赤川次郎
寂れたローカル線の終点は、これまた寂れた温泉町の岩湯谷駅。ある日の早朝、岩湯谷を6時15分に出る始発列車に8人の客が乗り込んだ。いずれも大阪から来た団体客で、駅前のゆけむり荘に一泊したのだった。
この8人が列車に乗り込んだのは間違いない。駅長も車掌も機関士も証言したし、ゆけむり荘の主人も朝早くに発つ客を見送っていた。ところがこの8人は次の大湯谷に着いたときに列車から消えていた。
車内には確かに乗客がいた形跡があったが、客の姿はどこにもなかった。途中で列車は停止もしなければ、客車から飛び降りることも不可能だった。
飛び下りれば確実に怪我をしたろうし、両駅間は切り立った崖が続き飛び降りるような場所すらなかった。事件はたちまち評判となり、世間は幽霊列車と呼んだ。

砂蛾家の消失    
泡坂妻夫
土砂崩れによって不通となり、ローカル駅で足止めされてしまった亜愛一郎は、商人谷尾と釣りに来ていた室野の3人で、歩いて山越えをして幹線鉄道の駅に行くことにした。
谷尾が地元の人間で、この付近の地理に明るいと請合ったのに乗ったのだ。ところが谷尾はあまり道を知らない上に、狂った磁石を頼りに歩いたために3人は道に迷ってしまった。
夜になり野宿かと諦めかけた頃に、前方に人家の灯が見えた。歩く道々谷尾が語っていた砂蛾家らしい。砂蛾家は江戸時代からの医師の家だったが、不始末で没落し片田舎にひっそりと世間に忘れられたように暮らしていた。
今も若い当主が一人で住んでいるらしいが、地元でも詳しいことは誰もわからないということだった。訪ねてみるとその家は果たして砂蛾家で、亜たちは事情を話して、一晩泊めてもらうことになった。
砂蛾の当主は髭面のいかつい顔をしていたが、意外に親切で亜たちを暫く待たせて家に上げ、夕食を振舞ってくれた。
その夜、疲れた3人が寝ようとすると窓が釘付けにされ開けられないようにされていた。しかしその釘は新しかった。さっき亜たちを待たせている間に、大急ぎで打ったものらしい。
好奇心旺盛な谷尾が持っていた商品のくぎ抜きで釘を抜いて、3人は外を見た。窓外には合掌造りの古びた家屋が一軒建っているきりだった。別段隠すようなものでもないのに、と不思議に思いながら亜たちは床に就いた。
目が覚めると3人とも不快な気分だったが、外は太陽が輝き爽快で3人の不快感は消したんだ。ところが外にあったはず合掌造りの家屋に目を向けると、家屋はあとかたもなく、ただ土が見えるだけだった。
合掌造りの家屋が一晩で消えてしまったのだった。砂蛾家の当主に聞くと、そんなものは始めからなかった、幻覚を見たのだと一笑にふされてしまった。


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