ミステリーの愉しみ1 奇想の森
立風書房

鮎川哲也と島田荘司による決定版アンソロジーで第1〜第5集がある。
屋根裏の散歩者    
江戸川乱歩
親許から月々いくらかの仕送りを受け、無職であっても生活に困らない郷田三郎は、その仕送り金で面白く暮らすために、頻繁に住居を変えることにした。ひと月か半月で下宿屋を転々とするのである。
その三郎が今度移ったのは東栄館という新築したばかりの下宿屋であった。そこで三郎は押入れの棚をベッド代わりにしているうちに、天井裏へ抜けられることを知った。そこで三郎は屋根裏に上がり、すぐにその世界に魅了された。
その日から三郎は屋根裏を伝い歩く散歩者となった。そして天井の節穴から、部屋の中の人間を観察しては、ひとりほくそ笑むのだった。そして三郎は一人の男に目を付けた。遠藤という歯医者の助手で、三郎が東栄館の中で一番虫が好かない男だった。

痴人の復讐    
小酒井不木
異常な怪奇と戦慄を求めるために組織された殺人倶楽部の例会で語られた眼科医の話。その眼科医は挙動が鈍く、子供のころからぐず、のろまと苛められ、眼科医の研修でも担当教諭に同じように苛められた。
眼科医は密かに教諭に復讐する機会を狙っていたが、そこに有名女優が入院して来た。緑内障であったが、その女優は検査で手間取る眼科医を罵った。眼科医は教諭とともに有名女優にも復讐の炎を燃やした。

街角の文字    
本田緒生
山本君はある日のこと街の角々に数字をチョークで書き付けて歩く紳士を見つけた。興味を持って後をつけると、その紳士はある街角で、ほかの男と煙草の火を貸し合うふりをしてすばやく密談を交わした。
その後2人は別れ、数字を書き付けた紳士は路面電車に飛び乗って行方をくらました。山本君は街角に書き付けられた数字は暗号に違いないと踏んだ。そしてそれを解読すると…

煙突奇談    
地味井平造
銀座通りを巡邏していた1人の巡査が、ふと空高くそびえるKB製菓工場の煙突上に異物を認めた。白昼のことで、銀座には多くの人々がいたが、この巡査の行動が連鎖的に広がり、人々も皆煙突を見上げた。
中の一人が望遠鏡を取り出して見てみると、それは煙突に上体を突っ込んで2本の足を空に広げている、人間の姿であった。
KB製菓は労働争議中で操業しておらず、煙突に上る梯子も途中で大きく破損しており、使用不能であった。労働争議のために煙突の修繕すら思うに任せなかったのだ。
警察が死体を下し、煙突上の人間は身元不明の西洋人の男とわかったが、それ以外のことはまったくわからなかった。

五体の積木    
岡戸武平
電鉄会社の支配人佃野三平に恐ろしい手紙が届いた。差出人は山岡乾一とあったが、もちろん心あたりはなかった。その手紙によると、今佃野が妾にしているお咲は、もともと山岡の女であり、それを佃野が奪ったと詰っていた。
そしてお咲に復讐するために、氷柱に全裸のお咲を閉じ込めて冷凍し、その氷柱を氷断機の丸鋸で切断して鑑賞するというのだった。もし疑うならばその作業を見に製氷会社の倉庫まで来いと記されていた。手紙に驚いた佃野が倉庫に駆けつけてみると…

蜘蛛    
甲賀三郎
物理化学の泰斗であった辻川博士が大学の職をなげうって、突然蜘蛛の研究を始めた。その辻川博士の研究室は奇怪な形をしており、直径2間半、高さ1間半の円筒形の建物であった。
その研究室の最上階から、物理学者の潮見博士が墜落死した。そのとき部屋の中には辻川・潮見両博士と「わたし」がいて3人で談笑していたが、潮見博士の足元に這ってきた蜘蛛を毒蜘蛛と勘違いした潮見博士がいきなりドアを開けて外に飛び出し、階段を踏み外して墜落死したのである。
蜘蛛は毒蜘蛛ではなく潮見博士が勘違いののちに不幸にも事故死したものとされたが…

告げ口心臓    
米田三星
恩師であり尊敬する阿津原医師が突然亡くなったのは、僕がカルシウムの注射をした直後のことであった。それまで鼻風邪程度で元気であった阿津原医師は、注射をした数分後に目を剥き、カンフル剤など応急処置の効果もなく、それこそあっという間に死んでしまった。
阿津原医師の妻や盲目の息子もその場に居合わせた。そして家族の要望で、医師の遺体を解剖に付すことにした。だが僕は医師の旧悪を知っていた。ある女性を富豪のライ患者の人身御供に提供し、そのことをタネにライ患者を脅して研究所開設資金を提供させたのだった。
結局解剖では新たな事実は判明せず、僕は断腸の思いで最近旧悪に悩んでいた阿津原医師が、僕の注射でショックを受けて死んでしまったという推測を、旧悪の事実とともに阿津原医師の妻と息子に手紙で知らせたのだが…

振動魔    
海野十三
僕の友人柿丘秋郎は、世にも奇怪な企みを考えた。秋郎は恩師の白石博士の夫人雪子とただならぬ関係を持ち、雪子は秋郎の子供を孕んでしまった。秋郎は雪子に堕胎を迫ったが、雪子は頑として聞き入れない。
そこで秋郎は雪子のお腹の中の子供を共鳴振動を使って殺そうと考えたのだ。子宮はナス型の空洞だから、その空洞と同じ条件の物体を作り、その物体に振動を加えれれば子宮は共鳴し、子宮壁にへばりついている嬰児は振動によって壁からはがれおち堕胎するという理屈だった。
さっそく研究と見せかけて装置を購入し、雪子を誘って装置に振動を与えた。たちまち効果が現れ、嬰児は堕胎した。が、その直後、今度は秋郎が喀血した。急性結核だった。秋郎はそのまま2日後には帰らぬ人となってしまったのだが…

蔵の中    
横溝正史
雑誌「象徴」の編集長磯貝三四郎は、美少年蕗谷笛二が毛筆でしたためた小説「蔵の中」の原稿を読み始めた。
「蔵の中」の主人公は作者と同じ蕗谷笛二で、本郷のふきやという小間物屋の息子だった。笛二には姉が一人いたが、この姉は生まれついての聾唖者で、結核の病もあってふきやの蔵座敷で生活していた。
ある日のこと姉が大喀血して海辺の別荘に移され、半年もしないうちに死んでしまった。入れ替わるように今度は笛二が結核に侵されて蔵座敷に入った。笛二は蔵座敷から遠眼鏡で世間を覗くことで、蔵から外に出られない憂さを晴らしていた。
笛時の遠眼鏡に移る景色の中に、崖上の一軒の家が目に入った。ふきやからは谷一つ隔てた正面にその家はあり、清水の舞台のように崖からせり出していた。
そこに住んでいるのは30歳くらいの粋な年増女で、雑誌「象徴」の編集者磯貝三四郎氏の囲われ者であった。ときたま磯貝氏もやって来るのだが、ある時2人の間に恐ろしい会話がなされた。
笛二は姉が聾唖者だったこもあって読唇術の特技を身につけていて、それまでも2人の唇の動きから何が話されているか知っていたのだが、その日の会話は人目をはばかるものだったのだ。
磯貝氏の正体を知ったのも会話がきっかけで、それを元に笛二が調べていき磯貝氏に行き着いたのだった。そして世間をはばかる会話とは、磯貝氏の妻の不審死のことだった。どうやら磯貝氏は夫人の財産を目当てに、夫人を殺害し、そのことを妾が気づいたらしいのだ。

偽悪病患者    
大下宇陀児
喬子の兄は、妹から来た手紙で妹が佐治に好意を寄せているのを知った。喬子はすでに結婚し漆戸という夫がいるが、漆戸は病に伏せっていた。兄は喬子に手紙を書き佐治と親しむことを戒めた。
なぜ佐治と親しくしてはいけないのか、と喬子は納得がいかなかった。兄は、佐治は本心がまったくわからない男だから気をつけなければならないというのだった。
それから兄妹の間では幾通かの手紙がやり取りされたが、やがて喬子から夫の漆戸が殺されたという電報が来た。そして佐治が犯人として逮捕されたというのだ。
漆戸は停電の暗がりの中、ベッドで銃で撃たれて殺された。家には喬子と女中しかいなかったが、犯人は暗がりにまぎれて逃走していた。一方佐治は喬子と逢引するために公園にいたと主張したが、喬子はそんな約束をしていなかった。喬子はやっと兄の言うことがわかったと手紙をよこしたが…

ハムレット    
久生十蘭
空襲で一家が死んだ阪井有高の別荘に、祖父江という見るからに沈鬱な中年男と一緒に住んでいる人物がいた。鶴のように痩せているが、髪は美しい白髪で、荘厳な容貌の60歳くらいの老人だった。
その老人は500年位前に使われ、今では死語になった英語を話し、16世紀のヨーロッパ人の作法で食事をした。その作法がまた、いかにも家常的でぴったりと身についていた。
その老人の名は小松顕正といい、かつて祖父江や阪井とともに劇団をくみ、ハムレットを演じた男だったが、ある公演で小松が高所から転落して頭部を強打する事故が起きたのだった。それ以来小松はハムレットの記憶しかなくなり、30年間ずっとハムレットになりきっていたのだった。

幽霊妻    
大阪圭吉
立派で厳格な教育者の夫とよくできた妻。周りから見ても似合いの夫婦で、二人の間も円満だったが、ある日突然二人の間柄が急激に悪くなり、あっという間に離縁ということになった。妻は実家に戻りほどなく自ら命を絶った。
それから暫くして夫の様子がおかしくなり、ある夜のこと使用人たちを遠ざけた家の中で夫も自ら命を絶った。しかしその夫の手には長い黒髪がからまり、さらに亡き妻が使っていた兄弟の前に同じ髪が絡まった櫛が落ちていた。使用人はこの現場を見て、妻が幽霊となってうらみ重なる夫に自害を迫ったのだいうが…

天狗    
大坪砂男
交通不便な山中の宿で、わたしはひょんなことから喬子に誤解を受け、軽蔑されてしまった。何とか手を尽くして喬子の誤解を解こうとしたが、喬子はわたしを無視し取り合ってくれない。こうなっては仕方がない、わたしは喬子に死んでもらうことにした。
いくつか方法を考えたが、トリックを使って喬子を殺すことにした。渓流の崖に偽の黒百合を仕掛けておいて、その花を取りに行った喬子が罠にはまって死ぬ、これがわたしが考えたトリックだった。
具体的には喬子の散歩コースの近くの崖に黒百合の偽物を置き、黒い花の好きな喬子に花を取りに生かせる。花に手を伸ばして抜いた瞬間、喬子の足に綱が絡む。綱の先はしなわせた竹に結ばれパチンコの原理で喬子の体を飛ばし、水無沼に頭から落下させるのだ。そしてその結果は…

飛行する死人    
青池研吉
積もった雪の中に逆さに埋もれた女の死体。死体の周囲には足跡はまったくなく、首から胸にかけて大ダンビラのような鋭利な刃物でザックリと切られた大きな傷が死の原因だった。
巨大な人間がダンビラを振りかざし、そのまま死体を放り投げ、死体は頭から真っ逆さまに雪に突っ込んだというのが、その情景であった。いったい誰がどうやって被害者を殺害し、その死体を飛ばしたのだろうか…

三行広告    
横内正男
新聞の三行広告に「秘書 その他何でも可五時以降勤めたし高女卒十九 福水」というのを見つけたわたしは、ちょうど翻訳文の清書を頼もうと、かなりの好条件で連絡をした。
ところがそれっきりでなしのつぶて。これほどの条件が他にもあると思えず首をひねっていると、数日後の三行広告に「男谷様 今一度日劇地下でお逢いたし 副水」と載った。あきらかに同一人物だった。
わたしは俄然興味を抱き、日劇地下に向った。そこでは男谷と副水の2人が逢っていた。2人が喫茶店で話すところによると、男谷は副水に尾行の仕事を依頼していた。
2人で毎日落ち合ってデパートを歩き、男谷が指示した女性の後を副水が追けて、その女の住所氏名を後で男谷に報告するという簡単な仕事で、経費は全額請求払い、日当も高額だった。わたしはさっそく2人の後を尾行し、仕事の様子を探ることにした。

落石    
狩久
映画「落石」の主演女優華村杏子は、その役を得るために思い切ったことをした。役が右腕のない女と知ると、列車に自分の右腕を轢かせたのだ。
さいわい手当てが早くて助かったが、その思い切った行動とともに世間に注目され、一躍スターになった。そして撮影が終わった3ヶ月後、杏子は撮影現場の吊り橋から渓谷に飛び降りて自殺してしまった。
杏子の妹の葉子は姉が自殺した後、その現場近くに移り住み、杏子が飛び降りたときに体を打った大石を庭に据えた。葉子はその石を杏子と名付けた。
ある日の夕方、開業医の桑村医師の電話が鳴った。葉子からで、庭の杏子と名付けた大石に足を挟まれたというのだ。駆けつけてみると葉子の左足は血にまみれ歩行は困難な状態だった。
ちょうどそのころ、葉子の家から数分の渓谷の河原で矢口一という男が死んだ。渓谷の橋の袂から落ちたようだ。矢口氏は華村姉妹の父から事業を奪うように継承した男で、悪辣なことで有名だった。
矢口は社長であったが、毎日汽車で通勤しており、その夕方もいつも利用する汽車から駅に降りた姿が目撃されていた。したがって矢口が河原に落ちたのは駅から歩いてきて、ちょうど橋に掛った時と思われた。そこで足を滑らせたのか、それとも誰かが故意に突き落としたのか…

    
吉野賛十
大掛かりな贋札事件が起きた。贋札は千円札で北海道方面で大量に発見され、それが九州に飛び火しというように広がって行ったが、ある日北海道や九州から遠く離れたS市の豆腐屋が仕入れ代金として払った千円札から贋札が見つかった。
豆腐屋では最近不思議なことが起きていた。縁側に千円札が置かれているのである。仕入れ代金にもその千円札を使ったようだ。その話を聞いたS市に住む盲人は、豆腐屋から最近油揚げが盗まれていないか、さらに塀に穴が開いていないか、そして動物の糞が庭に落ちていないかと奇妙な質問を始めた。
盲人は贋札が豆腐屋に現れた経緯はもちろん、贋札造りの犯人もわかるというのだ。

心霊殺人事件    
坂口安吾
高利貸しで財を成した後閑仙七は、まさに血も涙もない男だった。他人ならいざ知らず、身内にも同様であった。長男は戦死、二男は熱海の宿の客引き、3人の娘のうち2人は縁づき、末娘はファッションモデルだったが、仙七は一切経済的な面倒は見ない。
娘のひとりの縁づいた先は熱海の旅館で、そこが資金繰りに苦しんだときも、がっちりと利息と担保を要求して世間を呆れさせたほどだ。その仙七が、およそ性格にはそぐわないことを言い出した。
枕元に長男の幽霊が立ち、自分はビルマで戦死する前に現地の娘に子供を産ませたと仙七に告げた。仙七は他にも長男と話をしたが、相手の女と子供の居場所を聞きそびれたので、高名な心霊術師に頼んでもう一度長男の霊を呼び出したいと言うのだ。
家族は驚いた。余計な事にはびた一文出さない仙七が心霊術師とは…だが仙七は聞かず、日本一と言われる心霊術師吉田八十松を呼んだ。場合によっては仙七は孫を探しにビルマにまで行くという。
一方家族の方は一致して反対した。そして心霊術のインチキを暴くために、奇術師伊勢崎九太夫を対抗させた。そこで仙七は霊を呼び出す前に心霊術師の実力を測る実験を行うことにした。だが、その実験会のさなか、暗闇の中で仙七は何者かに背中からナイフを突き立てられて殺されてしまったのだった。


Anthologyのメインページにもどる
Mystery Collection Mainへもどる


Last modified -