密室殺人大百科(下)
講談社文庫

新本格作家たちの書下ろし密室殺人短篇集+狩久とホックの名作短篇+小森健太朗の「密室講義の系譜」+横井司「日本の密室ミステリ案内」
死への密室    
愛川晶
宮城県警警務部の警部八木沼新太郎は、婚約者を巡るゴタゴタから学生時代の友人中澤卓郎と賭けをした。中澤の目の前で壁を通り抜けるというのだ。その約束から2ヶ月後、八木沼が壁を通り抜ける日が来た。
変ないきさつからその現場に立ち会うことになった桐野義太刑事は、美少女探偵根津愛とともにイベントの場所である仙台市郊外の八木沼の新築の自宅に向った。
その八木沼邸は新築というわりには妙な具合だった。床が高かったり天井が低かったり、廊下の床もこぼこしていたり。外回りも壁の上部が白で、下部が赤と妙な色の塗り合わせだし、門柱と扉はあるのに塀はなかったりとこちらも妙であった。庭の片隅には大きなテントが張られ、その中から僧形の八木沼が現れたのには驚いた。
八木沼邸は母屋の2階屋と別棟ともいえる平屋がドッキングしたような形で、玄関も別々についていた。母屋と平屋は内部では行き来できなかった。
八木沼は新興宗教に凝り、平屋の部分は集会所用に急遽増築したものだと言った。そして行われたのが脱出イベント。母屋の一室から平屋の方にわずか60秒で移動したのだ。
その間母屋の一室には中澤や桐野、根津愛など複数の人間がいた。ただしアイマスクを付けさせられ、シェーの格好をさせられて左足で立たされた。だが、移動は正真正銘行われた。八木沼は中澤との賭けに勝ったのだ。

夏の雪、冬のサンバ    
歌野晶午
大都会の片隅にある木造モルタル、築数十年、風呂なし共同便所、しかも建物自体が大きくかしいでいる第一柏木荘。二階建てで1階と2階の入口は別になっており、それぞれ4室づつあった。
1階には1号室に中国人のドラゴン、2号室に日本人のショーグン、3号室はインドネシア人のバロン、4号室はブラジル人のペレ、2階は5号室から順にアルゼンチン人のゲバラ、ユダヤ人のダビデ、ペルー人のインティ、イラン人のアリババとほとんどが外人で占められていた。
雪の日、1号室で死体が発見された。発見者は2号室のバロン、殺されていたのは1号室のドラゴンだった。降りやんだ雪の上には2組の足跡があったが、それはどちらもアパートに来た跡だった。
しかも1組は外出から帰って来たバロンのものだった。それまで1階にいたのは被害者ドラゴン、2号室のショーグン、4号室にはダビデがいた。ダビデは昨夜遅くまでペレと飲み明かし、そのままペレの部屋で寝ていたのだ。
二日酔いのダビデを残し、ペレは仕事に行っていた。12時頃にダビデがトイレに行った時にドラゴンが外から戻り、同じくトイレから出てきたショーグンとも顔を合せている。
その時はまだ雪が降っていたらしく、ドラゴンは玄関で雪を払っていた。したがって事件があったのは12時から死体が見つかった12時半までの間に起きたことになる。
しかも足跡のもう1組がドラゴンのものとすると、犯人はショーグン、バロンそしてダビデの3人に限られてしまう。バロンは不法滞在者だし、ダビデは暴力団とも関係がありやばい仕事に手を出しているから安易に警察を呼ぶわけにもいかず…

縛り首の塔の館    
加賀美雅之
この地方の名士ヘンリー・グッドフェローズは、祖先と同じように政治に関わり、保守派の領袖として信頼を集めていたが、妻を亡くし自らも悪性カリエスに冒されて、今では車椅子によらなければならなかった。
子供がなかったために甥のシドニー・バレット青年がグッドフェローズの日常を見ていた。2年ほど前にフランソワ・マノリクスという心霊術師が、この地方にある縛り首の塔の館を購入して移り住んできた。
心霊術などというものはグッドフェローズにとっては虫酸の走る代物で、以来2人の間には険悪な関係が続いた。ついに我慢できなくなったマノリクスがグッドフェローズに挑戦をした。自分が霊体となって30マイル離れた屋敷のグッドフェローズを襲うというのだ。そして、その挑戦が行われた。
縛り首の塔の館の逆L字型の部屋にマノリクスは甲冑を着せられ、その上からロープで椅子に縛られて監禁される。部屋には3つのドアがあるが、直接表に出る2つのドアは施錠され、唯一の鍵は使用人に預けられた。
家の中へのただ一つのドアは外から施錠され、ドアの前の部屋には4人の男がいる。しかも4人は交代で常時ドアの上の覗き窓から、椅子に甲冑姿で縛られたマノリクスを監視する。
そして交代のつど声を掛け、返事を聞くのだ。グッドフェローズに傷を付ける短剣はダイアルのついた手提げ金庫に入れられ、鍵は男Aが預かり、ダイアルの設定は男Bが行う。
この状況で2時間半、その間にマリノクスは霊体になってグッドフェローズを襲うというのだ。2時間半の間、部屋の中の甲冑姿に動きはなく、返事もした。だが、時間が来てロープを解き甲冑を外すとマリノクスは死んでいた。
心臓を22口径の銃で撃たれていたのだ。一方、グッドフェローズの方も自宅で殺されていた。凶器は金庫に入っていたはずの短剣で、めった刺しにされていた。
金庫を開いてみると、そこにはグッドフェローズの血痕のついた短剣があった。そしてグッドフェローズの手にはマリノクスを撃った22口径の拳銃が握られていた。
つまりマリノクスは霊体となって30マイル離れたところにいるグッドフェローズを襲いに行き、瀕死のグッドフェローズに霊体を拳銃で撃たれ、その銃弾が30マイルを飛んで衆人環視の状況下のマリノクスの胸部に喰い込んだというのだった。

らくだ殺人事件    
霞流一
標高500mほどのトヨチチ山は日本のピラミッドではないかと思われた。その麓に作家であり古代研究家の猪玉光造の住いがあった。その住いを根城に、古代史番組のロケが行われた。番組は猪玉と仲がよく、古代史研究仲間の俳優宇麿優とタレントの宝腹亭蝶念天が出演し、3人のトークで進行する。
3人は古代史のほかに陶芸が共通する趣味で、猪玉の住いのそばには登り窯があり、3人の作品を展示している正倉院と呼ばれる建物があった。
正倉院は本物同様に4本の柱で立てられた高床式の建物で、ロケ終了後に半ば強制的に3人の作品を見学させられた。ロケスタッフにとってはこれが拷問に等しい苦痛だった。
その日もロケ終了後に正倉院見学があり、猪玉家で大宴会となった。翌朝、正倉院の中の陶器がめちゃくちゃに壊されて、その陶器の破片の中に死体が転がっていた。
その死体は包帯でぐるぐる巻きにされ、エジプトのミイラのようにされていた。問題は殺人犯がいつ正倉院で陶器を壊すほど暴れ、死体を持ち込んだ家であった。
正倉院の鍵はひとつしかなく、管理人の頑固な爺さんが鍵を閉めて、さらにその鍵を枕元の金庫に入れていたのだ。鍵を取ることは絶対に不可能であった。

答えのない密室    
斎藤肇
作詞家鹿崎永遠が自宅の地下にある核シェルターの中で死んでいるのが見つかった。シェルターはその性質上、入口はひとつしかなく、食料品や医薬品が詰まった倉庫がまずあり、その先に小さく厚く重いドアがあった。
このドアの向こう側が本当のシェルターだったが、それは容易には開けららなかった。中から厳重にロックされていたのだ。放射能を警戒して外側には鍵穴ひとつなく、開けるのも破壊作業に等しかった。
シェルターの狭いながらも一定期間生活できる空間で、汚物やごみの処理も可能だった。そこに鹿崎永遠の背中をナイフで刺された死体とワープロで作られた遺書があった。
遺書はあったが、どうやっても背中に自分でナイフを刺すことはできないから、鹿崎永遠の死は殺人であった。では犯人はどうやってシェルターから脱出したのだろうか…

時の結ぶ密室    
柄刀一
裏屋敷と通称されるその建物は、もともとこの地方の素封家緒宮家の蔵であった。緒宮家では戦後すぐに当主の兼松が婚礼の夜に殺され、それ以降家は没落し、敷地は売られ屋敷は朽ちはてていた。
蔵はその後数人の手を経て沢元泰史が所有し、書斎として使っていた。緒宮兼松の死は密室殺人であった。兼松は冬至のその日、伝統行事の季生節の儀式を行うために、新妻と立会人の村長とともに庭にある籠り堂に入った。
そこは出入口と明かりとりの欄間のほかは窓ひとつない建物で、出入口は中から施錠され、欄間は透かし彫りが入り人は出入りできない。そこの兼松は喉を銃弾で撃たれて即死したのだ。
室内にいた新妻と村長は頭を下げていたが、人の気配は感ぜず、また銃弾も至近距離から撃たれたものではなかった。この事件は結局迷宮入りになったが、今度は沢元泰史が同じような殺され方をした。
裏屋敷の扉を閉めようとして内側から扉を押していたとき、突然のけぞるように室内に倒れ込んだのだ。改造されて出入口のほかにはサッシの窓もあったが、窓は内側から施錠されていた。
そして扉側の様子は2人の人間によって目撃されていた。沢元の死因はやはり銃弾によるものであったが、犯人は沢元を正面から撃っていた。それも至近距離からではなかった。だが、その方向には誰一人いなかったのだ。

チープ・トリック    
西澤保彦
街の嫌われ者の高校生スパイク・フォールコンが首を切られて殺された。場所は街から車で1時間、荒野の中に立つ廃教会。だがスパイクは密室状態で殺されたのだった。
その夜、スパイクはいつものように愛車ピンク・キャデラックに舎弟分のブライアンとゲリーを乗せてレイプの相手を物色していた。引っかか同級生のナタリー・スレイド。キャデラックに引っ張り込んで教会に連れてきた。
ナタリーは隙を見て教会内に逃げ込んだ。この教会はスパイク達がいつもレイプに使う場所で、入口を除いて全ての窓やドアは外から釘づけにされており、中からは逃げ出せないようになっていた。
スパイクはいつも獲物を教会内に追い込んで袋の鼠にし、そこにキャデラックを乗り入れて獲物を追い詰めレイプするのだった。だが、この日は違った。
キャデラックは教会の祭壇にぶつかって停まり、唯一の光源のライトが消えてしまった。スパイクはナタリーを捜しまわり、教会の唯一の入口は舎弟が見張った。
さらに舎弟の一人がスパイクとともに教会内を捜しまわったが、ナタリーは発見できず代わりに首を切られたスパイクの死体が見つかったのだ。

虎よ、虎よ、爛爛と―101番目の密室    
狩久
密室専門の探偵小説作家江川蘭子の家は、戦時中の軍の地下貯蔵庫を利用したもので、地上にあるのは玄関にあたるドアがひとつだけ。その後には築山のようになっていて、主要部分は地下にあった。
蘭子の住居を作った大工の棟梁辰五郎はひとつの癖を持っており、自分の作った家には自分にしかわからない抜け穴を作っていた。それも鍵がかかって初めて機能する抜け穴であった。
江川蘭子の家のドアにもそれは作られていたが、辰五郎にとって誤算であったのはドアの表と裏を勘違いしていたことだった。辰五郎同様に蘭子の方も相当に代わりもので、ドアのカギは外にだけあればいいと考えていた。
つまり鍵というのは家が留守の時に勝手に侵入されないように必要なものだから、家に人がいるときにはなくても良いというのだ。だから蘭子の家のドアは外側だけに鍵穴があり、家の中からの施錠はできなかった。
ところが辰五郎は中からだけ施錠できるドアを作ってしまったのだ。そのためにドアは裏表を逆にして付けられた。だから辰五郎苦心の抜け穴もまったく役に立たないものと化したのだ。
さて、事件は深夜に起きた。江川蘭子の新刊用のヌード写真の撮影(蘭子は新刊を自分のヌード写真で装丁するのを常としていた)しにきた写真家の砂村喬が、蘭子の家から数分の場所で毒矢で殺されたのだ。
しかも指で土の上に「らんこにやら」とダイイングメッセージを残していた。常識的には江川蘭子に殺られたと言いたかったのだろう。
毒矢は蘭子の家にあったもので、マレー半島を旅行した時に土産として持って来たものだった。ところがその事件、蘭子の家のドアは外側から施錠されて蘭子が家の中に閉じ込められていることが判明した。
ひつしかないドアの鍵も外側の鍵穴に刺さっていて、その状態は蘭子を慕うサーカスの猛獣使いアルフォンゾ橘とパトロール中に船山巡査に確認されている。
しかも蘭子は家の中でアルフォンゾ橘が放った虎と素っ裸で戦っていた。蘭子に邪険にされたアルフォンゾ橘が虎をけしかけて、さらに外から鍵を掛け、蘭子と虎を閉じ込めたのだ。
砂村が殺された時間、蘭子の家は世にも稀なる犯人を閉じ込めた密室になっていたのだ。蘭子は密室を破って犯行に及べたのだろうか…

ブリキの鵞鳥の問題    
エドワード・D・ホック
飛行曲技団がノースモントにやってきた。町の郊外に出来た飛行学校での複葉機二機を使った曲技とその後の大型機での遊覧飛行が曲技団のプログラムだった。町中のと言ってもいいくらいの人間が飛行学校に集まり、その中にはホーソーン医師とエイプリルやレンズ保安官の姿もあった。
複葉機を使った団員による曲技が行われている間に、遊覧飛行用の飛行機が準備され、新聞記者と飛行学校の校長兼教官が二人だけ乗り込んでテスト飛行をすることになった。操縦するのは曲技団の団長ウィンズロー。テスト飛行と曲技の複葉機二機が観衆の頭上を飛び、観衆を魅了し、やがて曲技は無事に終わり複葉機二機は相次いで着陸した。
その直後に遊覧用大型機も着陸したが、大型機のパイロットであるウィンズローがいつまでたっても操縦室から出てこなかった。ホーソーン医師が機内に入ると、乗客だった記者と飛行学校長が操縦室への唯一の入り口であるドアを叩いていた。ドアには操縦席側からラッチがかかっていて開かなかったのだ。
仕方なくドアを壊して中に入るとそこにはウィンズローが血を流して倒れていたのだ。脇腹を刺され既に絶命していた。刺された場所から自殺は不可能。空の密室での殺人事件が起きたのだ。


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