戦慄の十三楽章
講談社文庫(入手難)

クラシックのマニアでもある鮎川哲也氏編集による、音楽ミステリの傑作集。
彼は誰を殺したか    
浜尾四郎
音楽会や演奏会などに妻とともに始終出かけ、やたら妻と親しくなった吉田豊。彼は妻のいとこだというが、だからといって夫を差し置いて、いや夫以上に親しく、仲良くなるのは許されることではない。
夫中条直一は吉田豊を葬る決心をした。吉田豊を人の少ない房州のT海岸に海水浴に誘い出した中条は、旅館と海岸を行き来する途中の断崖から、事故に見せかけて吉田豊を殺す、それが中条の計画だった。
中条は断崖から足を滑らせて死んだ。中条が疑われることはなかったが、その日以来妻との会話は途絶え、日を追うごとに精神を病んだ中条はついに仕事も休み、静養を送ることになった。
毎朝散歩に出るのが中条の日課になったが、吉田豊の命日の日に中条は車に跳ねられて死んでしまった。車の運転手は中条がいきなり飛び込んで来た、自殺のようだったと証言したが…

深夜の音楽葬    
妹尾アキ夫
盲目のヴァイオリニスト十川は上海の下宿で日々ヴァイオリンを奏でる毎日だった。ある日、十川のもとに花が届けられ、入院中の重病の老婦人のためにヴァイオリンを奏でてくれるように依頼された。
老婦人は病室の窓から十川が毎日ヴァイオリンを弾くのを見ていたのだった。十川の弾くヴァイオリンに老婦人は感激し、翌日もまた来てくれるように懇願された。しかし、その夜に老婦人は容態が急変し死去した。
その知らせが十川のところに届けられたが、知らせにはその夜6階建てのビルの屋上で夜空に向かって送葬のヴァイオリンを奏でてくれるように、老婦人の最後の願いが綴られていた。

死の協和音   
北洋
音響学を研究していたエドワード・ボブソンはGの音叉で頭を強打されて殺された。ボブソンの死体はエディンバラ大学物理学教室の構内にある松林のはずれで発見された。
殺されたころに大学の小使が、松林の中から風を渡って女の声がするのを聞いていた。その声の主が犯人と思われるのだが…

悪魔の顫音    
氷川瓏
天才ヴァイオリニスト由利清彦の演奏旅行は、各地で喝さいをもって迎えられ大成功であった。N港を中心とする港町で演奏を終えた由利は、ふと夜の街に繰り出し、波止場近くの喧騒渦巻く酒場でひとり酒を飲み、少しふらつく足取りで酒場を出た。
そのときに由利の耳に届いたヴァイオリンの音。演奏は下手で聞いていられないが、その音色が凄かった。音色に誘われて行くと、そこには盲目のうらぶれた老人がひとりヴァイオリンを弾いていた。
そのヴァイオリンは決して上物とも思えないが、音色は天下一品で由利は絶対手にいれたくなった。由利は金はいくらでも出すからと、老人と交渉したが、老人はかたくなに拒み、ついに争いになってしまう。
由利は老人から強引にヴァイオリンを奪ったが、その拍子に老人は岸壁から夜の海に落ちてしまった。老人の行方は知れず、念願のヴァイオリンを手に入れた由利の演奏は神がかりになっていった。

アヴェ・マリア    
椿八郎
愛妻を失った音楽家知理礼一は、柳田夫人から女性の裸像がついたステッキを贈られる。そのステッキを突くと、不思議なことにアヴェ・マリアやラ・トラビアタの旋律が自然と醸しだされてきた。
礼一はそのステッキを柳田夫人に返そうとするが、忠実なマネージャーの益谷がそれを頑として拒み、やがてそのステッキが私を未知の体験に…柳田夫人が制作し、5人の友人に贈ったステッキが織りなすステッキ物語の第4話。

ワルドシュタインの呪い    
丘美丈二郎
黒田三吉、浅井弘三、星五郎の3人はシロイツァー教授門下のピアニストで、ソナタ同好会のメンバーであった。そのソナタ同好会に星五郎の遠縁にあたる星葉子が加入したことが、事件のそもそもの発端だった。
黒田、浅井の両名は名代の魚色家であり、すぐに葉子に眼を付けたが、五郎の手前遠慮していた。暫くして葉子がコンクールで入賞しその祝宴の後、皆が酔った隙に葉子は黒田に蹂躙された。
その後も暫くは2人の関係は続いたが、やがて葉子は捨てられた。それを待っていたように浅井が葉子に接近し、2人は婚約したが、わずか2週間で婚約は解消された。葉子は浅井にも捨てられたのだ。
そののち葉子は3人のもとを去り、やがて3人にテストコンクールのチャンスが巡ってきた。入賞すれば海外に派遣される。3人は申し合わせで、同じ曲を演奏することにした。だが、コンクールを前にして星は謎の自殺。
それから2週間してコンクールの直前に、黒田と浅井のもとに星からの脅迫状が届く。そしてコンクール当日、ピアノを弾く浅井は突然体をのけぞらせて急死した。これを見て震え上がった黒田は、探偵神志山醇に相談したが…

G線上のアリア    
村上信彦
資産家の加藤レイ子は若くして天涯孤独の身の上で、伯父だけが唯一の親戚だった。その伯父杉田元次郎がなかばレイ子を騙すようにしてお見合いをさせた。
見合いの相手は井上勝男といい、伯父の勧めで勝男の前でレイ子はヴァイオリンを弾くはめに。騙されたレイ子は悔しさの余りG線上のアリアをG線だけでなくDとGの2本を使って弾いてやった。
井上は音楽に詳しいといいながら、待ったく気づかずに拍手喝采。これにはレイ子もあきれたが、一方井上のほうも珍妙なG線上のアリアに内心あきれ返り、レイ子のヴァイオリンなど素人以下だと愛想を尽かしていた。

黒い木の葉    
多岐川恭
山の中の療養所と向かい合う画家の家。療養所には胸を悪くした少女が入院していたが、いつしか向かいの画家の息子と仲良くなった。
画家の息子は、よく少女の病室に遊びに来ていたが、ある日少女の母親から出入りを禁止された。それでも少女と少年は一計を案じて忍び合った。
少女の病室の窓に緑の木の葉が貼り付けてあれば、窓を使って忍び込み可、黒い葉ならば不可というのが、2人のしのびあいの合図だった。その合図はシューベルトの春の夢にヒントを得たものだったが…

逝ける王女のための    
笹沢左保
先天性股関節脱臼に加えて腰椎カリエスを病んで寝たきりの生活を送る宮武光晴は、毎晩隣家から聞こえるピアノに耳を傾けるのが習慣だった。
隣家には坂本由衣子という女性が住んでいるが、光晴はまだ姿を見たことはない。ここ数ヶ月奏でられるのは「逝ける王女のためのパヴァーヌ」に限られていたが、そのピアノを聞くたびに光晴は美しいであろう由衣子の姿を想像するのであった。
光晴の世話を焼いてくれる妹の美子に聞いても、由衣子は美しく、名前とは裏腹に醜女である美子は由衣子の名を出すたびに機嫌が悪くなるのだった。ある日、刑事が光晴を訪ねてきた。
近所で殺人事件があり由衣子も被疑者の一人だという。殺人推定時刻に由衣子は「逝ける王女のためのパヴァーヌ」を弾いていたというのだが…

灰色の楽章    
山村直樹
K市に一人住まいの女子大生上条志保の死体が発見されたのは朝のことだった。志保は津島家の離れに間借りしていたのだが、発見者は母屋の主人、つまり家主の津島丈吉で、離れからガスの臭いがするのに気づき、ドアを破って入ったのだ。
丈吉が部屋に入ったとき、風呂のガスが不完全燃焼しており、志保はそれに気がつかずに中毒死したものと考えられた。警察の見方は事故死であったが、その後処理をすることになった塚原刑事は、調べを進めるうちに他殺ではないかと疑問を抱く。

わらべは見たり    
鮎川哲也
岡田茂樹と明子の夫婦関係はすっかり冷え込んでいて、口をきかない日の方が多いくらいであった。ある晩テレビを見ていると、明子は茂樹に浮気は絶対に許さないといきなり押し殺した声で言い出し、さらに私立探偵に尾行させているとも言った。
茂樹はこの明子の言葉に怯えた。茂樹に愛人が出来て2年になる。すでに吉祥寺のマンションに住まわせて、明子と別れて結婚する約束までしていたが、最近はいつになったら別れてくれるのかとせっつかれて困っていたからだった。
だが、茂樹は簡単に明子と別れられなかった。というのは、茂樹は資産家で宮崎県に4億円という山林を所有していた。協議離婚ということになれば2億円は明子にもっていかれてしまう。
好きでもなく、結婚生活に少しも潤いを与えてもくれなかった明子に2億円もわたすなどとんでもないことだった。そして明子の茂樹に対する侮蔑的な発言である。茂樹にはもう我慢ならなかった。
明子はとても自然死するような女ではなく、事故死の可能性に賭けるわけにもいかない。そして茂樹に殺意が芽生えた。いや、茂樹を炊きつけたのはむしろ愛人の今村和江だった。
茂樹と和江は尾行を警戒して用心して会ったホテルで、明子殺しの相談に熱中した。基本線は茂樹にアリバイを作ることで、最終的に殺人があったと思われる時刻に茂樹は名古屋の友人を訪ねることにした。
それには事前準備が必要だった。茂樹は名古屋で質屋を営む学生時代のあまり親しくない友人橋本を訪ねた。名古屋に出向く理由は競輪通い。そのために茂樹は競輪に熱中する、競輪狂になった。
橋本の所を訪れるたびに明子のふりをした和江が電話をかける。これを繰り返し、橋本が和江の声を茂樹の妻の声として完全に覚えたときが実行の時だった。
本番では橋本が名古屋を訪れる1時間前に和江が橋本に電話を入れた。もちろん明子は茂樹が家を出るときに強盗に見せかけて殺しているから、和江が電話した時点ではとっくに死んでいるわけだ。
茂樹が橋本の所に顔をだすと、案の定橋本は1時間前に奥さんから電話があったと言った。ただ橋本は電話のときに「野ばら」が流れていたとも付け加えた。
茂樹はその日は終日橋本と行動し、夜は飲みすぎて橋本の紹介で名古屋のホテルに泊まった。これでアリバイができたが、どうも電話の時に流れていた「野ばら」が気になってしょうがない…

バイエルの八番    
戸板康二
「望みの港」という作品でS社の文芸新人賞を受けた大槌雄平には大きな秘密があった。「望みの港」は同人誌時代の仲間で、すでに鬼籍に入った松田という男が書いた作品で、完全な盗作だったのだ。
このことを知っている人間はいないはずだったが、松田は雄平のほかにもう一人、雄平の師匠に当たる吉岡景吉にも同じ原稿を送っていた。
吉岡は一度読んだきり忘れていたのが、書斎を整理したときに出てきた松田の原稿ですべてを知った。このころ雄平は吉岡の一人娘の葉子に結婚を申し込んでいた。
わるいことに雄平は結婚を望む相手の父親で師匠でもある人間に、盗作の事実を知られてしまったのだ。吉岡は雄平に絶縁を宣言し、もちろん葉子との結婚などできるはずもない。
聞けば松田の原稿のことを知っているのは吉岡一人であったし、吉岡は盗作の秘密自体は守ると言った。そこで雄平の取った行動は…

ニ長調のアリバイ    
天城一
上野駅近くの事務所で日曜の夜に死んだ男。犯人と目されるのは神保原という大学教授。しかし神保原にはアリバイがあった。
山形酒田の神保原の実家で前日の土曜日の夜、ある女との仲を精算するために、二人で睡眠薬を飲み無理心中を図ったというのだ。神保原もその女性も助かり、心中事件は二人だけの秘密だったが、殺人事件の犯人にされてはかなわぬと、神保原は警察にアリバイとして申し出た。
その女性の証言に拠れば、確かに土曜の夜10時に2人で睡眠薬を飲んだのは間違いなかった。土曜の夜10時に酒田にいたものはどんな手段を使っても日曜の夜に上野に着くことは不可能だった。神保原のアリバイは成立かと思えたが…


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